不可思議なる石の仔についての覚書
黒の森の奥深くに生息する石の仔は、私が知る中でも五指に入る特異な種族だ。
第一に、どのようにして生まれてくるのかからして定かではない。気がつくとそこに生まれている。存在を知った当初は卵生を疑っていたが、十数年にわたる観察を経ても卵や巣のようなものは見つけられず、交尾をしている様子すら見られなかった。
幼生体の彼らは小さな野の獣と大した違いはない。四足で歩き、全身を覆う銀の体毛を持ち、長めの尻尾を生やしている。顔つきは狼に近い。鳴き声はふにゃろふにゃろと不明瞭かつ複雑で、どうやら会話らしきものを行っているふしがあった。
成体となると、まず尻尾が失われる。断尾などではなく、消えてしまうのだという。その日から彼らは二足歩行を行い、前肢で道具を扱うようになる。時間の経過と共に、体が大きくなり、体毛が薄くなり、耳の位置が下がり、鼻面が引っ込む。人間とさほど変わらぬ身の丈・顔つきになる頃には、衣服を纏いはじめる。そうして「相棒」となる道具を探しに、一生に一度の旅に出ていくのだ。これはいわゆる成人のための通過儀礼のようなものらしいが、森に戻ってくるもののほうが希なのだという。
相棒は鉱石の類でできている。彼らは火も鎚も使わずに、素手でこれを粘土のようにこねあげて、道具の形に作りかえるのだそうだ。森へと戻ってきた石の仔の相棒の例を挙げるなら、レイカルの打つ金将棋、フリューカの羽織る銀糸の羽衣、フェイの携える虹色の弓などがある。いずれも精緻で、熟練の職人の業物としか思えぬ代物だった。
そんな彼らの性質は、極めて素直だ。純真と言い換えてもいい。疑うことを知らず、なんでも信じ、たとえ騙され、傷つけられても、相手を許してしまう。旅に出た石の仔のほとんどが戻らぬ理由のひとつだろうことは疑いない。
私はかつて、黒の森からやってきた一人の石の仔に、人間が扱う言葉や、人間の世界で生きていくための心得を教えたことがある。彼の身を案じてのことだった。
さておき。
そもそも、なぜ彼らが石の仔と呼ばれるかといえば、石の王を崇拝しているからだ。彼らの宗教観によると、石の王は祖先であり、母であり、死した後の姿であるという。荒唐無稽な話だ。しかも彼らは石の王と話すことさえできないらしい。それでもなお、日々石の王の表面を磨き上げ、供え物をし、周囲を聖域として守っているのである。