第九話
兄がガーランド王に迷惑をかけてしまった事を謝る事ができるとラグシアの胸につかえていた物が取れたようで表情は柔らかくなった。
それを感じ取ったガーランド王は表情を和らげた後、リズに詰め寄っていた二人を制止する。
その表情は真剣な物に変わっており、今から重要な話をすると悟ったユフィとユミルはしぶしぶ頷き、解放されたリズは恨み言を言いたいようでラグシアへと視線を向けた。
「……少し黙っていろ。ガーランド王が重要な話をしてくれる」
「わかったわよ。その代り、後でこの借りは返して貰うからね」
「わかった」
ラグシアは目を合わせる事無く、リズに黙るように言うと彼女は頬を膨らませた。
彼女の言葉にラグシアは口先だけで返事をするが、リズは言質を取ったと言いたいのか、ラグシアにする頼み事を考え始めたようで嬉しそうに表情を緩ませる。
二人の様子にガーランド王は頬を緩ませた後、緊張感を持って欲しいと考えたのか一つ咳をすると表情を引き締めた。
ガーランド王の咳に食堂にいた人間は釣られるように真剣な表情をし、ガーランド王は食堂に居た人間の顔を見回した後、ラグシア達シーリング家に関係する者達のこの国で暮らすための条件を説明する。
その条件はラグシアと父親を迎え入れるだけではなく、かなりの好条件であった。
条件の提示だけではなく、拒否した場合にはそれ相応の手段に出ると言う脅しも含まれており、ラグシアと父親は使用人達の安全を守るために頷いた。
ラグシア達が条件を飲んだ理由が理解できたガーランド王は満足そうに笑うと王族の姻戚関係として朝食を済ませる。
朝食を済ませるとガーランド王は四人で王城に帰ってしまう。
……城下町の様子が気になるな。ガーランド王は安全を保障すると言っていたが本当だろうか? 国の政を手伝えと言っていたんだ。国の状況を見ておくのは必要だろうし。どこの国でも自分達の都合の悪い事は話さないだろうからな。この国の話は知識としては知っているが実際に目で見なければわからない物もあるからな。
ラグシアは見送りを済ませると王都の様子を見ておきたいと考えた。
現状でラグシア達のこの国の知識は書物でのみ手に入れた物であり、ラグシアは統治を手伝う上で他の者達にもバカにされない程度の前情報をつかんでおく必要があると考えている。
王都に出ると決めたものの、何かあっては困るため、勝手に出て行くわけにはいかず、父親に許可を得る。
父親も同様の事を考えていたようだが、危険性があるため、すぐに頷かなかったのだがラグシアは何とか説得を行い、許可が出ると平素な服に着替えると城下町へ向かう。
……本当に遠くに来たんだな。
肌の色が違うため、城下町に出てしまっては敵国の人間だと領民に気づかれるのではないかと考えたのだがガーランド王は国を捨ててきた人間も手厚く保護しているようでラグシア達と同じ肌をした民も城下町には溢れており、目立つ事はなかった。
ガーランド王の治める国の情報は書斎や王立図書館などに書かれていた物もあり、目に映る異国の景色に改めて、自分が異国に来てしまったと実感する。
城下町は多くの人で賑わっており、それはこの国の政が上手く行っている事は簡単に想像がつく。
国を潤す事無く、自分の私利私欲に走った自分達の王の事を思い出し、ため息しか出てこない。
「ねえねえ。ラグシア、この国は平和そうね。戦争中って嘘みたい」
「……リズ、なんで、お前がここに居る?」
「もちろん、デートのため」
その時、ラグシアの背後から聞きなれた声が聞こえる。
ラグシアの眉間には深いしわがよるが声の主は気にする事無く、彼の服を引っ張った。
リズはメイド服に着替えており、姿を確認した事でラグシアの眉間のしわはさらに深くなって行くが彼女は気にする事無く、彼の腕に抱き付く。
彼女は完全にデートをする気であるが、ガーランド王から安全だとは言われたものの、実際の治安はわからない。
そのため、彼女の事を心配しているのだが、リズはまったく気にしておらず、速く行こうと腕を引っ張る。
「他人の話を聞いているか?」
「良いから、行こうよ。買い物も頼まれているし」
「……お前、曲がりなりにも」
「良いから、それにこの国の言葉を使える人間ってあんまりいないんだから、通訳できる人間が必要じゃない」
ラグシアは引っ張られるのに抗うとように腕を引き抜くと眉間にしわを寄せたままリズに屋敷に戻れと指差す。
しかし、リズは使用人達に買い物を頼まれたとメモを取り出して見せる。
メモには使用人達からラグシアへの言葉も書かれており、ラグシアは自分を主筋だと思っていない使用人達の顔を思い浮かべたようで彼の眉間にしわはさらに深くなっているがリズは気にする事はなく、使用人達は異国の言葉はわからないからわかる人間がするものだと言うと彼の腕を引っ張った。
彼女の言い分も確かにあり、ラグシアは頷くと二人で歩き出そうとするがすぐに何かに気が付いて足を止める。
「何よ? 行かないの?」
「……行くが言葉ならお前もわかるだろう。ラミリーズ家だって、それくらいは教えていただろう。シーリング家もラミリーズ家も密約の事を知っていたんだ交渉役を受けた事だってあるんだ」
「……」
「目をそらすな」
再び、動かなくなってしまったラグシアの姿にリズは頬を膨らませた。
言葉がわからない使用人がいるのは理解できるのだが、元々、リズはシーリング家と同様に密約を知る家の娘であり、彼女も言葉がわかるはずである。
指摘されたリズは気まずそうに視線をそらし、彼女の様子から彼女がこの国の言葉を勉強していなかった事は容易に想像がついた。
「ほ、ほら、机に座っているのってつまらないじゃない。本とか読んでいると頭痛くなってくるし」
「……それはお前だけだ。良いか。書物は先人の知識を後世に伝えるために」
「そう言う話は要らないの。良いから、行くよ」
ため息を吐くラグシアの様子にリズは頬を膨らませるが、身体が弱く本の虫であったラグシアには彼女の言葉を聞き入れる事はできない。
ラグシアは本の素晴らしさをリズに伝えようと思ったようで熱く語り出そうとするが、長くなりそうだと察知したようで彼の手を引いて駆け出す。