第八話
執事長のところに到着したラグシアは状況の確認を行ったのだが、突然の事で執事長も浮き足立っているようで指揮系とは完全とは言えない。
ラグシアはシーリング家の安全確保のために執事長を簡単な相談を済ませて使用人達に指示を飛ばしていたのだが訪問は当然の事であり、間に合わず、準備が終わる前にイオリス=ガーランド王とその妃である『ユミル=ガーランド』が警護兵に連れずに屋敷を訪れてしまう。
屋敷の前に二人が現れた時、タイミング悪くラグシアはリズとともに使用人達に指示を出しており、二人はその姿を興味深そうに観察していた。
指示をしているなか、ラグシアは何か感じたようでゆっくりと振り返ると見なれない二人に気づく。
彼の頭は二人がこの国の王とその妃だと気づき、先ほどまで出していた指示を止め、すぐに使用人達すべてに新しい指示を飛ばすと使用人達はリズを含めて全員がラグシアの指示に従い、二人を向かい入れる。
「ほう。婿殿が言っていた通り、なかなか」
「光栄です」
一糸乱れず、ラグシアの指示に従う使用人達の姿にガーランド王は感心したと頷く。
良い物を見たと彼の表情は綻んでいるがその視線には人を射抜くほどの鋭さがあり、背中には冷たい物が伝うがラグシアは表情に出す事無く、平静を務めて頭を下げた。
ガーランド王はラグシアに声をかけるとすぐに意味を理解した彼は執事長に視線を送り、彼に残りの指示を任せると二人を先導して食堂に案内する。
「ラグシア、リズと言う婚約者は一緒ではないのですか?」
「……誰がそのような事を」
「本当にデュメルさんが言っていた通りの人ですね」
廊下を歩く途中、ユミルがリズの事を聞く。
リズを婚約者と言われた事にラグシアの眉間には深いしわが寄る。
彼女を自分の婚約者と話をしたのは間違いなく兄であるデュメルなのだが、ラグシアは平静を務めようとしているのかユミルに聞き返す。
彼の反応を見て、ガーランド王とユミルは楽しそうに笑っており、ラグシアは余計な事を二人に吹き込んだ兄の顔を思い出し、はらわたが煮えくり返っているようだが顔に出す事はない。
……どうしてこうなった?
二人を食堂に案内すると両家の両親は話があったようで気が付けば旧友のように楽しそうに会食をしている。
そこに至るにはデュメルとユフィの仲介があったのだが、ラグシアはこの輪に入って行く事ができずにいるのだが状況を整理しようと食事の様子を眺めている。
会話の流れでこちらに話も振られてくるのだが、状況に飲まれてしまっているのかラグシアは気の利いた事も言えず、相づちを打つ事しかできない。
その様子にデュメルは気が付いたようでそばに控えていた使用人に声をかけた。
使用人は頭を下げると食堂を出て行き、しばらくするとリズを連れて戻ってくる。
彼女はメイド服ではなく、しっかりとドレスアップされており、ラグシアと目が合うと照れくさそうに笑うと彼の隣に用意されていた席に腰を下ろした。
その笑顔にラグシアはどう反応して良いのかわからないようで彼女から視線をそらす。
彼の反応は食堂にいた全員に見られており、生温かい視線が向けられている。
その視線に気が付いたラグシアは誤魔化すように咳をすると表情を引き締めた。
それはリズの事についてはこれ以上触れないと言う意志表明であり、彼の事を育ててきた母親はこれ以上の追及は無理だと考えて苦笑いを浮かべるが、ユフィとユミルは止める気などないようで目を輝かせている。
「……」
「諦めろ」
「ガーランド王」
ユフィとユミルはラグシアとリズの進展状況を聞きたいようで質問が飛び交い、ラグシアはリズを呼び寄せた兄へと非難の視線を向けた。
ここまでなるとは考えていなかったようでデュメルは苦笑いを浮かべると甘んじて質問を受けろと言うがラグシアはこれ以上、付き合う気はないと言いたいようでガーランド王へと視線を向ける。
ガーランド王はその視線の意味を感じ取ったようで小さく頷くとユフィとユミルへと視線を向けるが二人は止まる事はなく、ガーランド王は申し訳ないと苦笑いを浮かべた。
「……男とはこのような場合に無力な物だ」
「まったくです」
「……」
ラグシアのガーランド王へと向けられる視線に彼は少し遠くを見つめて言う。
その言葉に賛成だと言いたいのか父親は大きく頷き、役立たずと思いながらも直接口に出す事のできないラグシアの眉間のしわは深くなって行く。
「……リズ、後は任せた」
「ちょ、ちょっと、ラグシア!?」
「ガーランド王、お聞きしたい事があります」
ラグシアは質問に耐え切れないようでリズの肩を叩く。
その行動はユフィとユミルの口撃を押し付けると言う意味が込められており、リズは声を上げるが彼は彼女の助けを無視すると表情を引き締めた。
ガーランド王はデュメルから聞いていた家族の話からこれからの事を切り出して来るのはラグシアだと思っていたようで真剣な表情をする。
「……今後のシーリング家の事か?」
「はい……今回、突然の事でこの国に訪れる事になりましたが私達はこの国の人間にとっては敵でしかありません。肌の色も違いますし、すぐにこの国の者でない事は民達にも気づかれましょう。そのような者達が国の中を歩き回れば最悪の場合」
「おかしな手段を取ろうとする者も出てくるであろうな」
ガーランド王はラグシアが切り出す前に彼の心配事について聞く。
その声にラグシアは小さく頷くとガーランド王は眉間にしわを寄せ、領民達の行動を危惧するように頷いた。
「……婿殿が皆を迎え入れたいと言うのは理解できたのだが、迎え入れるのであればすべてが片付いた後だと思っていたのでな」
「そうですね。言い分はわかりますが、密約の終焉を希望するように上手くまとめ上げるなら、両陣営に協力者がいた方が上手く進めそうですから」
ガーランド王は婿と娘がシーリング家に帰る事を止められなかった事を謝り、ラグシアは兄の暴走についてガーランド王に向かって謝罪したいようで深々と頭を下げる。