第七話
……今更だが、ガーランド王が来ると言うのと父上と母上は食堂でゆっくりしていて良いのか? しかし、なぜ、使用人達に話をして私達に言うのは最後なんだ?
食堂から出たラグシアは使用人達をまとめている者に兄からどれだけの情報を得ているか確認するために廊下を移動する。
途中ですれ違った者達の慌てようから、ガーランド王が屋敷を訪れる事は全員に知れ渡っているようであり、ラグシアは足早に歩く。
「ラグシア」
「……」
「ラグシアってば……ふぎゅう」
途中でリズが彼を見つけて手を振るが、彼女の相手をしている余裕のないラグシアは無視して進もうとする。
その様子にリズは不満のようで仕事を放り出してラグシアの後を追い、廊下ですれ違う使用人達はシーリング家の者達と同様に二人を恋仲と見ており、その様子を見て生温かい笑みを浮かべた。
使用人達にリズとの事を見守るように見られている事に恥ずかしいのか足を止めるとゆっくりと振り返り、リズへと視線を向ける。
ラグシアが突然、立ち止まったため、リズは急停止する事ができず、ラグシアの胸の中に飛び込んでしまう形になり、二人を生温かい目で見ていた使用人達からは歓声が上がるがラグシアに睨みつけられてそそくさと仕事に戻って行く。
「……お鼻、ぶつけた。痛い」
「リズ、お前は何をしているんだ」
「な、何!?」
リズはラグシアに夜這いをかけたいなどと口では言っているが、いざとなると恥ずかしいようで赤くなった顔を誤魔化すように鼻を押さえながらラグシアと距離を取った。
彼女の様子にラグシアはため息を吐くと彼女の手をつかむと不機嫌そうな表情でリズの鼻の様子を確認するように覗き込む。
リズは鼻からラグシアにぶつかって行ったようで鼻先は赤くなっており、ラグシアはどの程度のダメージを受けているのか確認するように距離を縮めて行く。
その行為にリズは飛び上がりそうになるが、何とか彼の行動の意味を聞くように言葉を絞り出した。
彼女が慌てている事にラグシアは気づく事無く、不機嫌そうな表情のまま、彼女の鼻先を指でさする。
ラグシアの指が触れた部分は淡い光を上げると鼻先の赤味は取れ、同時に痛みも消えたようでリズは小さく首を傾げた。
「……治癒魔法? ラグシアって魔法使えたんだ」
「……悪いか」
「誰も、悪いって言ってないじゃない。それより、なんで、黙っていたの? お義姉様みたいにどこかに魔法で飛べたりするの?」
自分の鼻先が淡い光を放っていたのは見えていたようでリズは何が起きたか理解したようだが、今までラグシアが魔法を使っているのを見た事がなかったのか、驚きを隠せないようで彼の胸ぐらをつかんで聞く。
ラグシアは鬱陶しいと言いたげに舌打ちをすると彼女の手を引きはがすと彼女の相手などしているヒマはないと廊下を進む。
リズは魔法の事を秘密にされていた事が面白くないようで彼の後ろを歩き、非難するように言うが、その言葉には魔法に対する興味もあるようで質問も混じっている。
この世界には魔法も存在するものの、それは一部の限られた人間のみが使える特殊な技能であり、魔法が使える者は王宮に召し抱えられたりもするのだが行動が制限される事も多く、魔法が使用できる事を隠している者も少なくはない。
ラグシアは身体が弱い代わりに天から魔法の才能を与えられていたようで魔法を使う事はできるものの、魔法の才能がある事を公言するよりも秘匿していた方が都合の良い事があると考えたようで公にせずにいた。
幼い頃から知っているリズにも隠し通せていると言う事はラグシアが隠す事に努力をしていた結果であり、質問の中にはリズは自分にだけは教えて欲しかったと言う嫉妬も含まれている。
「……仕事に戻れ。私は忙しいんだ」
リズの質問を鬱陶しく思いながらもラグシア自身、なぜ、今まで秘密にしていた魔法を彼女の前や使用人達の目もある場所で使ってしまったかわからないようで眉間にしわを寄せた。
それを誤魔化すように不機嫌そうな表情でリズを追い払うように言うが、彼女は諦める事無く、騒ぎ立てている。
「……魔法が使えると言ってもわずかな痛みを和らげたりする程度だ。義姉上のような魔法などできるわけもない」
「お義姉様、凄い魔法使いなのね。流石、魔王と言われている人の一人娘」
「魔王と言うのは魔法が使えたからつけられたわけではないぞ」
リズがしつこく騒ぎ立てる事に、諦めが入ったようでラグシアは簡単な説明をする。
その説明に自分達を隣国まで屋敷と一緒に移動させたユフィの凄さを理解したようでリズは驚きの声を上げているがその発言は根本から外れており、ラグシアの眉間のしわは深くなって行く。
「し、知っているわよ。冗談に決まっているでしょ」
「そうか。それなら、仕事に戻れ。私は忙しい。ガーランド王が来ると言うのだ。何か不手際があっては申し訳ないからな」
リズもラグシア達シーリング家と同様に二国間の密約を知っていたラミリーズ家の血を引いているため、知っていても良い話のはずだが彼女の頭の中からはすっかり抜け落ちていたようである。
ラグシアの様子にリズは何とか誤魔化そうとするが、その声は裏返っており、誰の目から見ても彼女が本気で言っていた事はわかるのだがラグシアは突っ込むのも面倒なようでもう一度、仕事に戻るように指示を出す。
「……ガーランド王がこの屋敷に来るの? 冗談でしょ」
「私も先ほどまで兄上の悪質な冗談だと思っていたな」
「それで執事長、なんとなくピリピリしていたのか。ラグシア、執事長を探しているんでしょ。たぶん、こっち」
ガーランド王が訪問すると聞き、くだらない冗談は止めてくれと言いたいのか大袈裟に肩を落とすリズだが、冗談だと思いたいのはラグシアも同じであり、どこか遠くを見つめて言う。
彼の様子にリズは冗談ではない事を悟ったようでうんうんと頷くとラグシアを先導すると言いたいのか彼の腕を引っ張り、時間もないためか彼は素直に頷くとリズの後を付いて歩く。