第五四話
「……なぜ、このような事になったんだ?」
「俺に聞かないでください。後、せっかくのデートみたいですから、俺は付いて行きませんよ」
「いや、アル殿は私の護衛だろう」
リズに丸め込まれたラグシアは翌日、直属の上司となっているユフィに領地を見て回ると報告した後、屋敷の前でリズを待っている。
ラグシアは領地に戻って直ぐに市場に行きたかったのだが使用人達はデートだと決めつけたせいか、リズは使用人やラグシアの母親に拉致されてしまい、準備と名の着せ替え人形になっている。
そのため、一人時間を余らせたラグシアはアルを捕まえて愚痴を漏らしているのだが、彼は彼で忙しいようで仕事に戻りたいと言う。
それでもラグシアは一人で待っているのもつらいようだが、何より、デートと言われているのが気まずいようであくまで領地視察としてアルにも付いてきて欲しいようである。
「……確かにそうかも知れませんけど、俺はデートの邪魔をするような事はできませんよ。リズさんに睨まれたくもないですし」
「睨まれると言うのは無いだろう」
「ラグシア様はもう少し、乙女心と言う物を学んでください……まあ、俺もあまりわかっていませんけど、デートなんてした事もありませんし」
しかし、アルはせっかくのデートなのだから二人の方が良いと苦笑いを浮かべた。
それは先日、彼女を置いて田畑の病気の調査を行った後にリズに睨まれていた事を思いだしたようである。
彼の言葉にラグシアは心当たりがあるようだが、昨日、話をした限りではリズは国を超えた時に感じた不安は落ち着いてきたと考えており、心配はないと言う。
それでも、誰が見ても今回はラグシアとリズのデートであり、アルはそんな不仕付けな事はできないと首を振る。
「……乙女心?」
「難しい顔をしないでください」
「そんな事はない。それより、実際問題、デートではないのだが市場調査と言うか、必要な物を買いに行くだけなのだが」
「それをリズさんの前で言ったらダメですからね」
乙女心と聞いても理解ができないのか、ラグシアは眉間にしわを寄せており、アルは大きく肩を落とす。
彼の様子にこの状況は不利と察したのかラグシアはデートではないと言うのだが、それはデート未経験者のアルでもリズの前で言ってはいけない事だとわかり、ラグシアに強く言う。
ラグシアはどう反応して良いのかわからずに眉間のしわをさらに深いものにしている。
「……ラグシア様、俺と違って頭が良いんですから、もう少しいろいろと人の気持ちを考えてください」
「人の気持ちは考えているつもりだが……向上心や名誉欲を計算に入れないと策を弄する事は難しい」
「それがわかるんですから、身近な人の気持ちを持ってくんで上げてください。俺はもう行きますからね」
人の感情をあおり、ゼノン達を使って野盗になった者達を殺さずに捕らえたラグシアだが自分に向けられた好意などを読み取るのは本当に苦手のようであり、眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
アルは彼の様子に大きく肩を落とすとラグシアを置いて屋敷の中に戻って行ってしまう。
ラグシアは彼の忠告の意味がわからずに首を傾げたままであるが、一人で屋敷の前にいるのもおかしいと思ったのか屋敷の中に戻る。
「……なぜ、ここに居るんですか?」
「リズとデートと聞いたから、冷やかしに来たんだ」
リズが捕まっている部屋に顔を出すと彼女はまだ解放されそうになく、使用人の一人に父親の仕事を手伝っている旨を伝えたラグシアはシーリング家当主の書斎のドアを叩いた。
返事はすぐに返ってきたため、ドアを開けると楽しそうに口元を緩ませているデュメルとシーリング家当主、そして、申し訳なさそうな表情をしているユフィがおり、デュメルの顔を見つけた瞬間にラグシアの眉間には深いしわが寄ってしまう。
「デートなどではありません。義姉上にも報告しましたが、ロクシード家の情報をつかむために必要な事をするだけです。私だけでは手が足りないため、リズに協力して貰うだけです」
「何を言っているんだ? デートだろ。ラグシア、きちんとデートコースを考えるんだぞ。エスコートするのは男であるお前の役目だ」
「デュ、デュメル、お父様、ダメですよ。ラグシアはそのような事を言うと意固地になってしまいます」
ラグシアはデュメルの相手をしたくないようで平静を努めようとしているのだが、デュメルはラグシアにリズをエスコートできないと思っているようであり、父親とともに領地内で女性に人気が出そうなお菓子やアクセサリを売っているお店の名前を挙げて行く。
その様子にラグシアの額には青筋が浮かび上がり始め、ユフィはこのままではラグシアとユフィのデートが流れてしまうのではないかと思ったようで必死に二人を止めようとしている。
「……兄上、公務はどうしたのですか? あまり、義姉上を困らせないでいただきたい。兄上がおかしな事をすればガーランド王に求心力が無いと見られる可能性だってあるのですよ」
「何を言っている。私がラグシアをからかうためだけに領地に戻ってきたとでも言いたいのか?」
「誰の目から見てもその通りでしょう」
怒りを抑えつけたまま、ラグシアはデュメルに立場に付いて考えて欲しいと話す。
彼がこのままであれば後継者として選んだガーランド王は娘可愛さに才の無い人間を後継者にしたと思われ、臣下の者達に愛想を尽かされる可能性が大きい。
そのため、厳しく言っているつもりなのだが、当のデュメルはあまり深く考えていないようでそれがラグシアの怒りに火を点けているのだが、デュメルは一向に気にする事はない。
「あの、ラグシア、今回は公務です。以前から領地内に魔獣の目撃がありまして、それの調査、可能なら討伐をデュメルの隊と私の魔導士隊で、それで今日はお義父様とその件の打ち合わせを」
「……あの報告の後に決まったのですか?」
「デュメルの隊が派遣されると決まったのは先日です。元々はゼノンの隊だったのですけど、シーリング家の領地と言う事もあり」
「そうですか……」
ユフィは気まずそうに自分達がシーリング家の領地を訪れた理由を説明する。
ラグシアは頭には来ていてもユフィ相手に怒鳴りつけるわけにはいかないため、冷静に状況を整理しようとしている。
「し、失礼します」
「リズの準備ができたようですね。ラグシア、ここは私に任せて行ってください」
「……申し訳ありません」
その時、リズの準備ができたようでドアがノックされ、遠慮がちな彼女の声が書斎に響く。
デュメルと父親はリズを加えてラグシアをからかおうと目を輝かせるがユフィはこれ以上は不味いと判断してラグシアを逃がす。




