第五二話
「そ、それでラグシアは何を調べていたの? ……今の無し。私はラグシアが何を調べていても気にしない」
「そうしておいた方が良い。お前の場合、わかる、わからないに限らず、話を聞くと首を突っ込みたくなるだろう」
自分が照れていてもラグシアの表情が変わらないためか、リズは少し恥ずかしくなったのか話を変えようとする。
しかし、ユフィからあまりラグシアの邪魔をするなと注意された事を思い出して大きく首を横に振り、発言を無かった事にしようとする。
その様子に彼女の性格を熟知しているラグシアは頷くと机に並べていた資料へと視線を向けた。
「……」
「……まだ用があるのか?」
ラグシアは調査を続けようとはするのだが、リズは書斎を出て行かずにいる。
いつもラグシアが調べ物をしている間のリズは彼の側にはいるものの、いつも掃除なりの仕事をしているかラグシアの横を陣取り、ラグシアの調べ物の邪魔をしている。
彼女の態度にラグシアは疑問を抱いたようで小さく首を傾げた。
「そうじゃないけど……紅茶、飲まないの?」
「ん? 途中で息抜きに飲ませて貰う」
「そう……」
「言いたい事があるなら、はっきり言え、私はリズも知っている通り、察する事は苦手だ」
ラグシアは彼女が運んできた紅茶とクッキーに視線を移すが、今は特に口にする気にならないようで断る。
その返事にリズは大きく肩を落とし、彼女の様子にラグシアは言いたい事があるならはっきり言って欲しいと告げた。
リズは小さく頷くものの、どうするか迷っているのか言葉を詰まらせている。
「べ、別に飲んでくれるなら、良いんだけど」
「リズ」
「えーと、その紅茶ね。目の疲れが取れるって言うから、ラグシアは目が疲れても魔法で治しちゃうかも知れないけど」
「……治癒魔法は術者には効果がない。それにケガなどと違って疲労には効果はない」
彼女の様子にラグシアは彼にしては珍しく、優しげな声で名前を呼ぶ。
リズはラグシアのために紅茶の種類を選んだんだと言うのだが、いざ、自分で言うのは恥ずかしかったようで目を伏せる。
ラグシアは小さくため息を吐くとクッキーと紅茶へと手を伸ばす。
「そ、そうだったね」
「……ふむ。確かに飲んだ事のない味だな。ロクシードにはなかった味だ」
「でしょ。やっぱり、異国だよね。紅茶もだけど食材も見た事ない物が多いの。お義姉様が持ってきてくれたドレスもロクシードとは違ったし」
紅茶を一口飲んだラグシアは記憶の中にない味だと小さく頬を緩ませた。
リズはガーランド王国にきて、買い物をする上で異国の食材に触れた事に興奮しているようで笑顔を見せる。
その笑顔にラグシアは釣られるように笑うが、不意に何かを思いついたようであり、悪い笑みを浮かべた。
「ラグシア?」
「リズ、見た事が無い食材はどれくらいある? わかる範囲で良い。教えてくれ」
「お、教えてくれって、どうしたの?」
彼の表情にリズは少しだけイヤな予感がしたのか、頬を引きつらせるのだがラグシアはペンを手に取り、リズの言葉を待つ。
それでもリズは要領を得ないようであり、どうして良いのかわからないのか苦笑いを浮かべている。
「……ロクシードで情報収集をして来ようと思っている。立場上、あまり大袈裟に動けない。そのために協力者を作らないといけないからな」
「ラグシア、悪い笑みを浮かべているよ。それにシーリング家はお義兄様の件でガーランド王に制裁されて屋敷事、消し飛ばされたってなっているんでしょ。協力者なんてできるの?」
ラグシアはロクシードの知り合いを味方に引き入れる気のようであり、口元を緩ませたままである。
その笑みは人々の事を思う善人と言うよりは悪人よりの表情をしており、リズは大きく肩を落とした後、素朴な疑問を口に出す。
「シーリング家が本当に消し飛んだと思っている者など密約を知っている者なら、疑ってかかるだろう。それにロクシード王の側にはこの国の情報を探っている者もいる」
「裏切り者がいるっていう事? 本当に?」
「……居てもおかしくはないだろう。それに言ってしまえば、私達だって裏切り者だ」
ラグシアは両国に裏切り者がいる前提で物事を考えているのだが、リズはそこまで考えていなかったようで驚きの声を上げた。
彼女の反応にラグシアは小さくため息を吐くと自分達も裏切り者だと言い切り、リズは少し納得がいかないようで不満そうな表情をする。
その様子を見ても、ラグシアは表情を変える事はない。
「……そうかも知れないけど、裏切り者って言うのは」
「事実だ。それに二心を持って王に仕えている人間などいくらでもいる。そして、自分の利や欲望のために動く人間もな」
「そ、そんな事はないよ。ラグシアや叔父様は民のために働いているわけだし」
「……私も父上も全ての民のために働いているわけではない。自分の周りの者が第一であり、その他の者は行ってしまえば、そのついでだ。だいたい、私にはそこまで多くの民を守れるだけの才覚は無い。シーリング家がガーランド王国に仕える気になったのは状況が理解できないにも関わらず、異国まで付いてきてくれた者達のため、悔しいが兄上は私や父上の性格を良く心得ている。周囲を味方にすれば断れない事を知っているからな」
それでも、リズはラグシアや彼の父親が民のために働いていたと思っているため、彼の言葉を否定して欲しいと言う。
ラグシアは首を横に振ると使用人達すべてを巻き込んだ事で自分達に拒否権をなくしたデュメルの顔を思い浮かべたのか舌打ちをする。
リズはラグシアの舌打ちに何も考えずにラグシア達を振り回す、デュメルの顔が思い浮かんだようで困ったと言いたいのか大きく肩を落とした。
「……お義兄様は何も考えていないと思うけど」
「考えてはいないだろうな。それでも二者択一の問題が押し迫った時に答えを導き出せる事は才能だ。私はその時に熟慮してしまい、時を見逃す。そして、手遅れになる」
リズはぽつりとつぶやくとその声はラグシアの耳に届いていたようで彼は険しい表情をする。
それでもデュメルには自分にない何かを持っている事は認めており、小さく頷いた後、何かを思いだしたのか少しだけ悲しそうに笑う。
その笑みをリズは知っているのか、彼の後ろまで歩くと彼の背中を抱きしめた。




