第四六話
「ラグシア」
「……抱き付くな」
「ラグシア殿も動じませんね」
一日の宮廷魔術師の仕事を終えたラグシアはシーリング家の屋敷に戻るために書庫に顔を出す。
リズは離れていた時間を埋める気なのか彼の背中に飛びつくとラグシアはその突撃を交わしきる事はできず、バランスを崩した。
人一人が突進してきた衝撃はかなりのものであり、背中に走る衝撃にラグシアは苦しそうだが彼女を責める事はない。
その様子にリアは苦笑いを浮かべて、ラグシアへと手を伸ばした。
「……なぜ、リアを威嚇する?」
「気にしないでください。私が悪いんですから」
リズはラグシアから離れていたためか、彼を独占したいようであり、リアを威嚇する。
その様子にリアは慌てて手を引き、ラグシアは眉間に深いしわを寄せるとゆっくりと立ち上がった。
「何かわかりましたか? ……いえ、何でもありません」
「……どうかしたのか?」
「兄上にラグシア殿の足を引っ張るなと言われましたので、他人の目がある場所では余計な事を聞いてはいけないと」
彼の背中から離れようともしないリズを放置しながら、リアは宮廷魔術師になってまでラグシアが調査しようとしている事の進捗状況を聞く。
しかし、すぐにゼノンに言われた事を思い出してしまい、余計な事を言ってはいけないと誤魔化そうとする。
その様子にラグシアは首を傾げるとリアはゼノンから注意されたと白状し、その言葉で納得がいったようでラグシアは小さく頷く。
二人で話をしている姿にリズは蔑ろにされている気がしたのかラグシアの身体に回していた手に力を込め、ラグシアの顔はゆっくりと引きつり出す。
「……放せ」
「いや」
「ラグシア殿、私は席を外しましょうか? 今日のリズさんでは他の話は出来ないでしょうし。わ、わかりました。一先ず、座りましょうか? それなら、リズさんも離れるでしょうし」
ラグシアの顔からは血の気が引いており、リズの腕力に完全に負けている。
このままではラグシアの背骨が折れてしまうのではないかと考えたリアは解散を提案するがラグシアは何か話す事があるようで顔を青くしたまま首を横に振った。
立ち話ではラグシアの身体へのダメージが蓄積されて行くため、席に座る事を提案するとラグシアはリズを背中に張り付けたままイスに向かって歩く。
「……リズ、いい加減にしてくれないか?」
「ラグシアが悪いんだから、このままで良いの」
「リズ、あまり、ラグシアを困らせると嫌われてしまいますよ」
リズも流石に背中とイスの背もたれに挟まれるような事はなく、ラグシアから一度、離れると彼の膝の上に座る。
ラグシアはリアに話しておきたい事もあるようだが、リズがこの調子では話もできない。
そのため、彼女を叱りつけるがリズはラグシアに抱き付いていたいため、離れようとしない。
困り顔の二人だが、リズはご満悦である。
このままでは話にならない事もあり、どうするかと目線でラグシアとリアが合図を送った時、ユフィが三人に声をかけた。
彼女は書庫に資料を取りに来たようで数冊の資料を抱えている。
「ラグシアは私の事を嫌う事は無いから、大丈夫です」
「でも、リズは現状、ただのシーリング家のメイドですよね。ラグシアはシーリング家の後継者となるでしょうし。私としてはラグシアには良縁を探してあげたいと思うんですけど」
「ユ、ユフィ様、突然、何を?」
リズはラグシアが自分を嫌いことなどないと自信を持っているようで胸を張る。
その様子にユフィは主と使用人の関係でしかないときっぱりと言い、彼女の考えがわからないリアは驚きの声を上げるがユフィには考えがあるようで持っていた資料をテーブルの上に下ろすと空いていた席に腰を下ろす。
リズはユフィ達がラグシアに良縁を運んできても、ラグシアは断ると思っているがどこか不安はあるようで彼の服をつかんでいる手に力を込める。
「……義姉上、リズをからかって何が楽しいのですか?」
「楽しくはありませんけど、ラグシアが困っているようですから、リズ、いくら、ラグシアがあなたに優しいとは言え、自分のわがままばかり、押し付けていては愛想を尽かされてしまいますよ」
「わかりました……ラグシア、ごめんね」
ユフィはリズに言い聞かせるように言うとリズも寂しさから、ラグシアに甘え過ぎていたのは自覚があるようで肩を落とすと膝の上からおり、ラグシアの隣のイスに腰を下ろす。
「義姉上、助かりました」
「義弟を助けるのと義妹を叱りつけるのは義姉の役目じゃないですか」
「そうですか……」
ラグシアがユフィに礼を言うと彼女は義姉として当然の事をしたと胸を張った。
彼女の様子にどこか面倒な人間が増えたと思いながらも、口に出す事は無いがリアは彼の考えている事がなんとなくわかったようで苦笑いを浮かべている。
「それで、ラグシア殿、私に何かお話があるのですか?」
「ああ、しばらくは宮廷魔術師の仕事で忙しいからな。落ち着くまで私とリズの警護は必要ない」
「そうなのですか? 警護が必要ないと言う事はリズさんには魔術師の仕事を手伝って貰うと言う事でしょうか?」
「いや、しばらく、リズを王城に連れてくる気は無い。わざわざ、危険を増やす必要性もないからな」
リアは話が始められると考えてラグシアに自分を引き止めた理由を聞く。
しばらくは魔術師や魔導士達と一緒に行動すると言い、宮廷魔術師達の中には騎士達を脳筋と思って侮辱しているため、彼女はラグシアの警護をできる状況にはない。
魔術師達が騎士や兵士達と険悪なのはリアも知っているため、頷くものの、書庫に通っているリズの警護が必要ではないかと首を捻った。
ラグシアはリズをしばらく、王城に連れてくるつもりはないときっぱりと言うが、その言葉にリズの表情は再び、不機嫌そうに変わり始める。
「いや」
「……イヤではない。お前が捕まりでもしたら、面倒な事になるんだ。それくらい考えろ」
リズはラグシアに付いて王城に来ると主張するが、ラグシアは先ほどとは違い、彼女の言葉を聞く気は無いようで決定事項だと言い切ってしまう。




