第四話
「……そうか。使用人達は無事か。それも誰一人欠ける事なく、このような遠方の地に付いてきてくれるとは有り難い物だな」
「そうですね」
リズとともに使用人や屋敷の様子を確認したラグシアは食堂に戻り、父親に現状の報告をする。
使用人達は屋敷がどこに移動しようと自分達の仕事をするだけだと言っており、すぐに人数分の紅茶とお茶菓子が並べられて行く。
母親は父親の説得とラグシアからの報告でどこかほっとしたようであり、顔色は元に戻り始めており、その様子にラグシアはほっとしたものの問題は多く、すぐに眉間にしわを寄せた。
「ねえ。ラグシア、何を難しそうな顔をしているの?」
「……だから、様を付けろ」
「良いじゃない。身内しかいないんだし」
ラグシアの表情の変化に隣に座っていたリズは不思議そうに首を傾げる。
リズの態度はメイドとしての態度からは大いに外れており、ラグシアの眉間のしわは深くなるが彼女は気にした様子はない。
当主である父親の前のため、分別は必要だと考えているラグシアは眉間にしわを寄せているが、父親は彼をなだめると彼もまたラグシアと同様にこれからの事をどうするか考え始めたようで眉間に深いしわを寄せた。
「何で、頭を抱えているのよ?」
「……むしろ。この状況で何も考えていないんだ?」
「そりゃ、私は貴族の令嬢からメイドに身を落とした人間だもの、これくらいじゃ、動じないわよ」
頭を抱えるラグシア達の様子にため息を吐くリズだが、その様子はラグシアには何も考えていないように見え、小バカにする様な視線を彼女に向かる。
しかし、彼女は没落した時に比べれば何ともないと言いたいようで自分の前に置かれた紅茶へと手を伸ばす。
「……お前は自分の立場がわかっているのか?」
「わかっているわよ。お義兄様がお義姉様の家に入るのなら、私はラグシアの伴侶としてしっかりとシーリング家を守って行きたいと思います」
元は名家の令嬢であるとは言え、彼女はメイドであり、この場に居て良い人間ではなく、ラグシアは出て行けと言いたいようでドアを指差した。
リズはラグシアの言葉を無視するだけではなく、ラグシアに嫁ぐ者としてこの場にいる意味があると言い、彼はイスから立ち上がると彼女の首根っこをつかみ、ドアまで引きずって歩き出そうとする。
当然、リズは抵抗を始め、二人の間で睨み合いが始まり始め、母親はリズの味方のようでラグシアをなだめ、二人を席に戻す。
納得のいかないラグシアは不機嫌そうな表情をしているがいつまでもリズの相手をしていられない事もあり、表情を引き締めた。
「……まずはイオリス=ガーランド様がどのような考えを持っているかでしょうか?」
ラグシアはこの国の王であるイオリスの本心が気になるとつぶやくと父親も同じ考えのようで小さく頷く。
兄がガーランド家に婿入りするとしても茶番だとは言え、現在は戦争中であり、第一線で戦闘を繰り広げていた男を自分の後継者にするのだろうか?
ユフィやイオリス本人が納得したと言っても、兄の手で傷つけられた者達や自分達の私腹を肥やすために国王の一人娘を狙っていた者達からは兄の存在は邪魔でしかなく、その者達から見れば兄や自分達も排除の対象である事は明らかである。
この国でも王家の人間やそれに近い者達は密約について知っているであろう。
密約を知っているなかで家を保ってきた者達が一筋縄でいくわけもなく、ユフィやイオリスが自分達を歓迎してくれていてもこの国で歓迎されているとは思いない。
「それに……現状で言えば、領地から無理やり引き離されてしまったため、収入がまったくありません。使用人達が付いてきてくれたのはありがたいのですが、このままでは路頭に迷わせてしまう可能性もあります」
「収入がない? ……それは不味いわ。お給金が出ないじゃない」
無理やり、隣国に連れられてきたため、この国には領地もなく、収入は期待できない。
屋敷の中にある調度品などには破損がなかったため、調度品に付いての価値観が同程度であればしばらくは食いつなぐ事はできる物の使用人達を養って行けるだけの余裕はない。
密約の全容を知っているのは王族と一部の者達だけであり、この国の者達から見れば、自分達は魔族と言われて殺される可能性がある。
ついてきてくれた使用人達の安全を考えると絶対に譲れない所でラグシアと父親は彼らの安全のためにどのようにするのが最善か考えるのは重要であり、二人の眉間のしわは深くなっているがリズは給金が心配だとつぶやいた。
「……その重要なところを話さずに逃げやがって。だいたい、この密約を終わらせたいって言うなら、両陣営に協力者がいた方が良いに決まっているのにわざわざ、この国に俺達がくる必要がないじゃないか」
「ラグシア、本音が駄々漏れよ」
「そんな事はない……まったく、もう少し頭を使ってくれれば良い物の」
使用人達を巻き込んだ兄の行動に恨み言しか出てこないようで舌打ちをするラグシア。
彼の様子にリズは苦笑いを浮かべながら指摘するとラグシアは一つ咳をした後、リズに指摘された事に気まずくなったようで視線をそらすと兄が考えなしで動いた事の尻拭いについて考え込むふりをする。
「でも、お義兄様の気持ちも少しわかるな……やっぱり、離れ離れは寂しいもの」
「……リズ」
「だから、一緒に居てね」
リズはシーリング家の人達の事は好きだけどやっぱり、本当の家族と離れているのは寂しいようで小さな声でつぶやいた。
彼女のつぶやきが聞こえてしまったラグシアはなんと声をかけて良いかわからないようで険しい表情をするとリズはつぶやいた言葉が聞かれてしまった事が恥ずかしかったのか誤魔化すように笑顔を作るとラグシアの腕に抱き付こうとする。
「……一先ずは売却しても良い物や現金化できそうなものの選別でもしてきましょう」
「私も手伝う」
ラグシアは彼女の突撃を席から立ち上がって交わすと両親に頭を下げて食堂を出て行く。
リズはラグシアの手伝いを買って出ると言い、彼の後を追いかけて行き、シーリング家の当主は二人の様子を温かい笑みを浮かべて見送った。




