第三九話
……なぜ、状況を理解しようとしない。
シーリング家当主の書斎を出たラグシアは苛立ちを抑え込められないようで廊下を早足で進む。
次期国王としての自覚のない兄の態度に怒りが治まらないようで眉間に深いしわが寄って降り、彼を見つけた使用人達はまたデュメルと喧嘩したとすぐに理解したようで声をかける事はない。
「ラグシアってば、待ってよ……ラグシア、大丈夫?」
「……飛びつくな。お前は何がやりたいんだ」
そんなラグシアの後方から体当たりを食らわせる少女が一人。
元々、ラグシアは魔導士と言う事もあるのか体力はないため、女性であるリズは簡単に追いつくと彼の背中に飛びつく。
その勢いに負けてしまったラグシアは見事に廊下に倒れ込んでしまう。
廊下に倒れ込んだラグシアを見て、リズはバツが悪そうに笑うとラグシアはゆっくりと立ち上がると振り返り、ゆっくりと彼女を睨み付ける。
突撃の衝撃でラグシアのデュメルへの怒りは完全にリズに向けられたようでこめかみに青筋が浮かんでおり、リズは失敗したと思ったようで苦笑いを浮かべながら後ずさりをするが彼は彼女の肩をがっしりとつかみ、逃がす事はない。
「ほ、ほら、ラグシアが怒っていたから気になって」
「……そう言って人の怒りに油を注ぐのはどうにかならないのか?」
「仕方ないでしょ。私が呼んだって、ラグシアが止まってくれないんだから、だいたい、お義兄様は放っておいても良いとして、お義姉様を放っておいたら不味いんじゃないの?」
逃げられない状況にリズは視線を泳がせながらラグシアを落ち着かせようとしたと言うが、ラグシアの怒りは彼女に向かっただけではなく、怒りは確実に蓄積されている。
その様子にリズは怒らせたのは悪いと思いながらも、怒られる理由はないと考え直したようで彼に食ってかかった。
彼女が言うように兄に振り回されているユフィには申し訳ないと言う気持ちもあるようでラグシアは腕を組み、考え込む。
その様子にリズは彼が冷静になってきたと思ったようで胸をなで下ろすがラグシアはユフィの事は気になるようだがデュメルの相手はしたくないようで眉間に深いしわを寄せている。
「……現状で言えば、義姉上は私の話を理解してくれていた。あのバカの相手をする必要はない」
「結局、そこに行きつくんだ」
「今の状況で言えば、義姉上に報告するような事ではない。義姉上からガーランド王に進言して貰っても良いが、証拠隠滅に走られては困るからな」
ユフィがデュメルに王城への帰還に付いて話していた事を思いだしたラグシアは書斎に戻る必要はないと判断するとリズは呆れたようにため息を吐く。
ラグシアは証拠をつかむまでガーランド王に自分達が調査している事を伝える気はないようであり、小さく頷くと冒険者達と打ち合わせをして来ようと決めたようで廊下を歩きだす。
その様子にリズは慌てて彼を追いかけて廊下を進む。
「アル殿、父上はなんと言っていた?」
「えーと、それがですね」
「何? 交渉は決裂したの?」
冒険者達に当てられた部屋に向かう途中でラグシアとリズはアルを見つける。
デュメルと睨み合いをしている間に父親が冒険者達と直接交渉しに行った事は覚えていたようでアルに状況を聞く。
アルは深々と頭を下げた後、なんと答えて良いのかわからないように困ったように笑っており、リズは首を傾げた。
「そう言うわけではなくてですね……思っていたより、好条件だったようでシーリング家に仕官したいと言う話になりまして、ご当主様もすぐに了承してしまいました?」
「そうなの? でも、それなら、どうして困り顔なの? シーリング家は今、人手不足だし、良い事じゃないの?」
「そうなんですが……なぜか、俺が預かる事に彼らは冒険者として生きていたんですから、俺よりも経験豊かなはずなのに皆さん、俺より、年上ですし、その人達に命令とかと考えるとどうして良いかわかりません」
冒険者に提示された条件は彼らが考えていた物以上であり、冒険者達はシーリング家に仕官してしまったと言う。
シーリング家は領主になってから日が浅く、動かせる部下が少ない。
リズは良い事だと思ったようだが、アルの表情は優れないため、首を傾げたまま聞く。
シーリング家の当主は仕官した冒険者達をアルの部下と決めたようでアルは突然の事にどうして良いのかわからないようで大きく肩を落とす。
話を聞いてリズは彼の苦労が理解できたようで苦笑いを浮かべるが、ラグシアはあまり感心がないようである。
その様子にリズはアルに気が利いた事を言えと言いたいのか、ラグシアの腕を肘で突く。
「……何だ?」
「ほら、アルさんに何か言ってやる気にさせてよ」
「やる気に?」
「……いえ、ラグシア様にそういう事は求めていません」
リズの行動の意味がわからずに首を傾げるラグシア。
その様子に何もわかっていないと思ったリズはアルに何か言ってやれと耳打ちをするがそれでもラグシアにはピンと来ないようである。
二人の会話はしっかりとアルの耳にも届いており、首を横に振った。
「……バカにされている気がするんだが」
「そ、そんな事はありません!?」
「そうか……一先ずは年上の者もいるようだから、多くを学べば良い。それが長い時を経て、シーリング家の力になるからな」
ラグシアは何かを思ったようで眉間にしわを寄せていると怒らせてしまったと思い、アルは慌てて大きく首を横に振る。
彼の態度にラグシアは眉間にしわを寄せたまま頷くと当主にも考えがある上でアルの下に人を付けたのだと言うがアルは理解できないようで大きく肩を落とす。
「一先ずは、アル、彼らの元に案内してくれ。明日の事の打ち合わせをしなければいけないからな」
「は、はい。わかりました。こちらです」
「……ラグシアもお義兄様に少し学んだ方が良いと思う」
ラグシアはアルの心境などより、田畑の病気の原因を探す事の方を優先にしており、アルに案内するように言う。
アルは慌てて頷くと先を歩き、ラグシアは彼の後に続いて歩き出した。
二人の様子にリズはため息を吐くと後に続いて歩き出す。




