第三七話
「……まだ先か?」
崖の上まで移動したラグシアは周囲を見回す。
病気の原因となっている物はまだ見つからない。
自分一人で先に進む事の危険性は理解できており、目を閉じて魔法の詠唱に移った。
魔法の詠唱に同調するように足元には小さな魔法陣が浮かび上がり、光の柱が立ち上がる。
「これで探索が可能か……」
しばらくすると転移魔法の移動場所に登録を終えたようで光の柱は消え去ってしまう。
ラグシアはゆっくりと目を開くともう一度、周囲を見回した後、崖に向かって歩き出す。
崖のギリギリに立ち、下を覗くとアル達が何か叫んでいるがラグシアは気にする事はなく、崖の下に飛び降りる。
「……ラグシア様、心臓に悪いんで止めてください」
「何を言っている。魔法で私が飛行魔法を使えるのは見ただろう」
「そ、そうかも知れませんけど」
崖から飛び降りたラグシアはゆっくりと地面に着地したのだが、それを見ていたアルは気が気でなかったようで顔を青くして言う。
彼の心配を余所にラグシアは崖の上を見上げており、ラグシアとアルの様子に冒険者達は苦笑いを浮かべている。
「とりあえず、屋敷に戻るか」
「ラグシア様、先に村です。リズさんを迎えに行かなければいけません」
「……」
アルからの小言に答える気のないラグシアは探索の中断を口にする。
彼の様子からは村にリズを置いてきている事をすっかりと忘れているように見え、アルが村への帰還するように言う。
ラグシアは小さく頷くと冒険者と村人を呼び寄せる。
彼らはラグシアが何をするつもりかわからないようで首を傾げているがラグシアが魔導士である事はすでに理解しているため、警戒しながらも彼の指示に従う。
転移魔法の効果範囲に全員が集まったのを見て、ラグシアは再び、目を閉じると魔法の詠唱を開始する。
魔法の詠唱に同調するように全員を囲むように足元には魔法陣が浮かび上がった。
転移魔法での移動を経験した事の無い冒険者と村人は驚きの声を上げており、アルは落ち着くように声をかける。
「お帰りなさい……どうしたの?」
「転移魔法で酔ったみたいです」
「揺れるから、始めての人には辛いかもね。ほら、ラグシア、治癒魔法」
転移魔法で村に戻ったラグシア達を村長の屋敷でリズが出迎えるが、彼女の目には具合が悪そうな冒険者と村人が映った。
アルは苦笑いを浮かべると彼らが体調を崩した原因を転移魔法と言い、リズは苦笑いを浮かべるとラグシアに治癒魔法を使うように言う。
メイド姿の彼女が領主の子息であるラグシアに指示を出す姿に冒険者は首を傾げるが村に住む者達にはすでに当たり前の光景である。
「……お前は私を労うと言う気はないのか?」
「ベッドの中でなら、いくらでも労うけど」
「おかしな事を言うな。治癒魔法は無理だ。魔力は残り少ない。それにケガを負ったわけではないのだ。すぐに回復する」
ラグシアの魔力は尽きかけているようで首を横に振ると冒険者達は何ともないから気にしないように言う。
リズは魔法が使えないと聞くと役立たずと言いたげにため息を吐くと村長の屋敷の中に入って行き、ラグシアに付き合った者達を労うために飲み物や汗を拭くものを運んでくる。
冒険者達はそれを受け取ると地面に腰を下ろし、体調の回復を待つ。
「それで何かわかったの?」
「目的地が崖の上だったようで途中で断念をしました」
「どうかしたの? ……アルさん、ラグシアがおかしい」
リズは病気の原因について聞くがアルは何もわからなかった首を横に振った。
進展がないと聞き、リズは呆れたと言いたげにため息を吐くがラグシアは何か考える事があるのか眉間にしわを寄せている。
その様子にリズは彼の顔を覗き込むがラグシアは反応する事はなく、目の前で手を振ってみたり、頬を指で押してみたりする。
しかし、ラグシアの表情はピクリとも動かず、リズは真剣な表情でアルに聞く。
「えーと、俺から見ると、いつもこんな感じなのでなんと言って良いかわかりません」
「そうか。確かにそうね」
「……どうして、嬉しそうなんですか?」
「な、何でもないです」
警護の任を受けてからの時間が浅いアルにはラグシアの様子はいつも通りにしか見えず、困ったように笑う。
ラグシアの変化を自分だけ識別できると思ったようでリズは嬉しそうに表情を緩ませるがアルは彼女の心境の機微を理解できないようで首を捻る。
リズは首を大きく横に振るがその表情は緩みっぱなしであり、アルは追及してはいけないと思ったのか少し距離を取った。
「……ふむ。やはり、この村で解散するよりは屋敷についてきて貰った方が良いな」
「ラグシア様、何かわかったんですか?」
「いや、明日も同様に森の中を進む。この村に一度、立ち寄ってから転移魔法で先ほどの位置まで戻るには無駄に魔力を使う。それならば、屋敷に泊まって貰って屋敷から転移魔法で移動すれば魔力を無駄にしないと思ったんだ」
その時、考え事が終わったのかラグシアは小さくつぶやく。
彼は魔力の無駄遣いをなくすために明日からの探索の予定を考えていたようで同行してくれた冒険者と村人をシーリング家に招き入れると言う。
その言葉は領主の子息の言葉には聞こえず、地面に座っていた冒険者達の顔は引きつるがラグシアはまったく気にした様子はない。
「それは問題がありませんか?」
「問題? 今は私が雇い主だ。従って貰わなければ困る。それに現在、私には手持ちがないからな。屋敷まで戻らないと充分な報酬が準備できない。それなら、取りに来て貰った方が一度で済むだろう」
「普通、報酬と言うのは依頼が達成した後ではないですかね?」
「何を言っている。私の魔力が不足した事で迷惑をかけているんだ。それぐらい、しなければ申し訳が立たないだろ」
協力はして貰ったものの、冒険者達の素性ははっきりしておらず、アルは冒険者を屋敷に招き入れる事に反対するがラグシアはすでに決めたようで話を聞き入れる事はない。
その様子にリズに助けを求めようとするが彼女はまだ顔を緩ませたままであり、味方になってくれそうもなく、冒険者達へと視線を向ける。
彼らもラグシアの言葉に戸惑っているようでどのように答えて良いのかわからないのか、眉間にしわを寄せている者、顔を引きつらせている者、シーリング家との縁を結べる事に利を見出している者と様々である。




