第三六話
「ラグシア様、やっぱり止めませんか?」
「……なぜだ?」
「ちょっと歩いただけで息も絶え絶えだからです」
時間ができた事でたまたま村に立ち寄っていた冒険者達がつかまった。
護衛と言う事でいくばくかの依頼料が発生している。
依頼料は相場よりは安いのだが冒険者達はラグシアが新領主のシーリング家の子息だと知り、縁を結んでおいた方が良いと判断し、請け負ってくれたのである。
護衛を得た事で村を出てラグシアが示す通りに森の中を進んでいるのだが、体力の無いラグシアは早々に肩で息をしており、アルは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
ラグシアは心配する事などないと言うが誰の目から見ても、体力的に彼が先を進むのは無理であり、雇い入れた冒険者達も困ったと言いたいのか眉間にしわを寄せている。
「……問題ない。それにあまり時間はかけていられない。この病気を広めた者達の痕跡を見つけなければ他の場所でも被害が出るかも知れないからな」
「でも、この病気の対策はラグシア様が知っているわけですし、ガーランド王への報告で他の領地を持っている方々にも対策を伝えたんですよね?」
「同じ病気を広めるとは限らないだろう。私が推測するにガーランド王のすぐそばに裏切り者がいるわけだからな」
肺に酸素を取り込もうとラグシアは大きく深呼吸をすると消え去りそうな声で言う。
アルは当面の危機は去ったと判断しているようで無理をする必要などないのではと首を傾げるがラグシアは時間がないと考えているようでふらふらと歩き出す。
二人の話を聞いていたのか冒険者や村から同行している村人達は驚いたような表情をする。
彼らの表情からは異国の地で暮らしていたラグシアが領地を得たとしてもこの国の事を思っているわけがないとも思っていたようにも見える。
その様子にアルは面白くないようで表情をしかめるがラグシアを一人で行かせるわけにも行かないため、彼の後を追いかけて行く。
「……木々の葉の色が変わってきていますね」
ラグシアの指示で森の中を進んでいるとアルが周囲の木々の様子が変わってきた事に気づく。
彼の言葉で同行していた冒険者達も足を止め、近くに生えている木の葉をつかむと手に取っただけで葉は砂のように崩れ落ちてしまう。
「あまり、良い状況ではないな」
「どういう事ですか? これは俺達の村より、酷いですよ」
その様子にラグシアは眉間に深いしわを寄せるとアルは自分達の村の被害より、被害が大きい様子に声を上げた。
同行していた狩りをして生計を立てている者はこのまま森が枯れてしまえばこの場所で狩りができなくなってしまうため、不安そうな表情をする。
ラグシアはその声に何か言うわけでも無く、まだ進む気のようで周囲を見回す。
「ここが目的の場所と言うわけではないんですね?」
「まだだな。どうやら、あまり考えたくなかった状況らしい……」
その様子にアルは首を傾げるとラグシアは進む方向を決めたようでゆっくりと歩き出そうとするが冒険者の一人が何かに気が付いたようでラグシアの腕をつかむ。
腕をつかまれたラグシアは足を止めると冒険者の一人がラグシアの前に立ち、地面を覗き込むと土を掘り始める。
何が起きたかわからないようでラグシアは怪訝そうな表情をしているが冒険者は土に埋もれていた罠を見つけだし、表情を緩ませた後、警戒するように指示を出すと取り出した罠を村人へと見せる。
その罠は獲物を取るような物より大きく、明らかに人へ対しての罠であり、村人は自分達が設置した物ではないと首を横に振った。
それはこの先に進むと荒事に巻き込まれる可能性が高く、村人は表情を強張らせてしまう。
「……ラグシア様、この場所に病気をまき散らした人間がいると言う事でしょうか?」
「いや、もういないだろう。ただ、まき散らしている原因は近くにあるな」
罠があると言う事はこの先に罠を仕掛けた人間がいると予想でき、アルは表情を引き締める。
しかし、ラグシアはこの先には誰もいないと考えているようで先に進もうとするが罠がこの先にないとは言えないため、アルや冒険者達に止められてしまう。
冒険者の一人が先を歩き、守りやすいと言う理由でラグシアと村人は列の真ん中に位置されてしまい、ラグシアは先に進みたいようで身体を伸ばして先を見ている。
その様子にアルはため息を吐くが病気をまき散らしている物はラグシアにしか判断できないため、強く出る事はできない。
しばらく進むと崖を見つけ、遠回りしなければ進めない場所についてしまう。
先頭を歩いていた冒険者達はどのように進むか考え始めるが、ラグシアの視線は崖の上に釘付けであり、崖を上るしかないと考えた冒険者達は予想以上に面倒な仕事を受けてしまった事にため息を吐いた。
「ラグシア様、どうしますか? 正直、崖を上る体力なんかないですよね」
「そうだな……誰かが上って引っ張り上げて貰うか」
「無茶を言わないでください。今日は戻りませんか? そろそろ、戻らないと日が暮れてしまいます」
ラグシアは知的好奇心を満たすために何かおかしな状況に入ったようで顔色は元に戻ってきている。
しかし、すでに体力が底をついている事は足取りからもわかり、アルは戻る事を提案する。
彼の提案に冒険者と村人は頷くがラグシアはまだ戻る気が無いようで崖の上を見上げると目を閉じた。
それは彼が魔法を使う上で行う、一種の精神統一であり、その様子に魔法を見た事の無い村人は首を傾げ、冒険者達はざわつき始める。
「ラグシア様?」
「……様子を見てくる。転移魔法で移動できるようにすれば明日にでも崖の上から探索が始められる」
「へ? ま、待ってください!? 一人で行かないでください!?」
「少し待っていろ。すぐに戻る」
目を閉じたラグシアはぶつぶつと魔法の詠唱を始め出し、彼の足元には小さな魔法陣が浮かび上がった。
ラグシアが何をするつもりかわからないアルは彼の考えを聞こうとするが、話しの途中でラグシアの身体はゆっくりと空中に浮かび上がる。
その様子にアルは慌てて手を伸ばすがラグシアの身体をつかむ事はできず、ラグシアの身体は崖の上に向かって飛んで行ってしまう。
取り残された冒険者達はどうして良いのかわからないようで唖然としていると彼らの耳にはラグシアの声が届く。




