第三一話
「お、俺が入っても良いんですか?」
「仕方ないだろう。説明しろと言ったのはお前達だ」
「……本当に俺がこんなところに居て良いんですか? 俺は字もまともに読めないんですけど」
ラグシアはリズとアルを連れて転移魔法で王都に移動すると一直線に書庫に向かう。
ラグシアと同伴しているため、アルは衛兵に止められる事は無いのだが元々、小さな村の出身であり、野盗に身を落とした彼は居心地が悪そうで顔を引きつらせている。
アルの不安など気にした様子もなく、ラグシアは書庫の扉を開く。
目の前に広がる膨大な書物の量にアルは自分に学がない事を恥ずかしく思ったようで大きく肩を落とした。
「そう思うのなら、覚えれば良い。アル殿は数少ないこの国でのシーリング家の兵だ。伝令や密書を預ける事だってある。ある程度の礼儀作法や文字の読み書きくらいは覚えて貰う必要があるぞ」
「……が、頑張ります」
「そうしてくれ」
ラグシアはアルを励ます事はなく、それどころか更なる問題を押し付ける。
押し付けられた本人はこの年になってなれない勉強をしないといけない事に大きく肩を落とすがラグシアに仕えると決めたのは自分であり、泣き言などは言っていられない。
その様子にラグシアは小さく笑みを浮かべると視線で最近はラグシア専用と化しているテーブルに座るように指示を出して一人で奥に進んで行ってしまう。
「リズ様、あの……」
「とりあえず、座っていたら良いと思うけど、何か探しに行ったみたいだから」
置いて行かれたアルはどうして良いのかわからずにリズに助けを求めるが彼女はまったく気にした様子もなく、イスに腰を下ろす。
王城と言う事で居心地が悪い事もあり、下手に動き回るよりは知り合いであるリズの側の方が安心するようでアルは彼女の隣の席に座った。
「……ラグシア様、これを俺にどうしろと?」
「ラグシア、アルさん、文字が読めないんだよ。私もこの国の字はまだ読めないけど、そのうち、覚えないといけないかも知れないけど、今は口で説明してよ」
しばらくするとラグシアは書物を運んでくるが、文字を読めないアルは困ったように笑う。
ラグシアが持ってきた書物はリズにとっては今まで慣れ親しんできた文字とは違うため、読む事ができないと肩を落とすとラグシアの手が止まる。
「……」
「忘れていたわね」
「そう言うわけではないが、だいたい、会話はすぐにできるようになったんだ。文字の読み書きくらい直ぐだろ」
「別に文字が書けなくても、苦労はしないだろ。俺はまだできないぞ」
その様子をリズは見逃しておらず、呆れ顔だがラグシアは誤魔化すように覚える事だと言う。
文字の読み書きができないのは確かに不憫であり、リズは観念したのか小さく頷いた時、リズとアルの背後からデュメルが顔を覗かせた。
デュメルはまだ文字の読み書きができないようで気にする必要はないと笑うとアルはどこか安心したのか胸をなで下ろすがラグシアの額には青筋が浮かび上がり始める。
爆発の寸前まで来ている事はリズの目にはすぐにわかり、リズは席から立ち上がるとゆっくりとラグシアから距離を開けた。
「……兄上、あなたは曲がりなりにもガーランド王の一人娘である義姉上と婚約しているのですから、覚えないとダメでしょう」
「曲りなりではなく、正式にそう言うのはラグシアに押し付けるから問題ない」
「バカな事を言わないでください。私はいつも王城にいるわけではありません。それに私達は臣下でしかないのです。そんな私が王に宛てられた文書に目を通すわけにはいきません」
ラグシアは何とか怒りを抑え込んでいるようで怒鳴り散らさないようにゆっくりと放し始める。
デュメルは文字の読み書きなど覚える気はないのか、清々しいまでの笑顔で言いきった。
兄の無責任な態度にラグシアの額の青筋はさらにくっきりとした物になって行くが原因であるデュメルはまったく気にした様子はない。
この状況にアルも自分が危険な場所にいる事は理解できたようで顔を引きつらせるが、今にも勃発しそうな兄弟喧嘩に何をして良いのかわからずに助けを求めるようにリズへと視線を移す。
しかし、長年、この二人のやり取りを見ていたリズは止める方法などないと言いたいのか首を横に振っている。
「ラ、ラグシア様、落ち着きましょう。俺、文字の読み書きができるようになりますから、先ほどの田畑の病気をまき散らしている人間の話に戻しましょう」
「……そうだな。兄上、邪魔なので公務に戻っていただけませんか? 私は領地運営でやらなければいけない事がありますので」
「ラグシアは相変わらず、口が悪いな。それで領地で何かあったのか?」
アルはここで喧嘩になられても困るため、理性的なラグシアを説得しようとする。
相手をしていても血圧が上がるだけのため、ラグシアは深呼吸をするとデュメルを追い払うように手を払った。
それでも、デュメルは気にする様子は見せず、イスに腰を下ろして何をする気かと聞く。
「……デュメル様、話を聞く気がありますか? ラグシア様も多忙のため、あまりご迷惑をかけては」
「領地運営の事なら、私だって聞かないといけないだろう。まだ、正式に婿入りしたわけでも無いんだ。現状で言えば、私が次期シーリング家当主だぞ」
「どうしよう。お義兄様が後を継いだシーリング家は取り潰される未来しか見えない」
「今はシーリング家だけの問題ではないんだ。少しでもまともにしなければ義姉上とガーランド王に申し訳が立たない」
深呼吸をして自分を落ち着かせようと努力しているラグシアだが額の青筋は深くなる一方でアルは特に用のなさそうなデュメルに帰って貰おうとする。
領地運営と聞き、デュメルもシーリング家の領地で起きている事は気になるようで話に移るように言う。
その態度はシーリング家の長兄として聞く義務があると言いたげではあるが、彼に領地運営をするような能力は皆無であり、リズは大きく肩を落とすと席に戻った。
ラグシアも話すのは無駄だと考えながらも少しでもデュメルに領地運営の事を考えて欲しいため、しぶしぶ、本題に移ろうとする。




