第三話
「……これは夢だ。そうに違いない」
しばらくすると揺れは収まり、ラグシアは悪い冗談だと思いながらも自分の考えを否定しようと窓に駆け寄って外の景色を確認する。
しかし、そこにある景色は一八年間慣れ親しんだ物ではなく、見なれない景色が広がっていた。
信じられない状況に身体からは力が抜けてしまったようで床にへたり込んでしまうが彼の頭はすぐに対処しようと動き出したようで壁に手をつくとゆっくりと立ち上がる。
家族が囲んでいるテーブルへと視線を戻すと母親は状況がつかめないようで周囲を見回しており、父親はどうにか平静を保っているようで母親を気づかって声をかけている。
そんな二人を見て義姉は申し訳なさそうな表情をしているが騒ぎの張本人である兄は特に何も考えていないのか紅茶をすすっており、その様子にラグシアの眉間には深いしわが寄った。
「兄上」
「落ち着いたらどうだ。とりあえずは転移で時間もたったようだし、今日はゆっくりと休んだ方が良い。義父上には明日、会えるようにしておく」
文句を言おうと鼻息を荒げて歩くラグシアの様子に兄はやりすぎたと思ったのか苦笑いを浮かべると逃げるように食堂を出て行ってしまう。
義姉は困ったように笑うとラグシアと義理の両親になる二人に深々と頭を下げた後、食堂を出て行き、取り残された三人はどうして良いのかわからないようで次の言葉が出てこなく、食堂の中は沈黙に陥った。
「……とりあえず、使用人達の様子を見てきます。混乱しているようなら指示を出さなければいけませんし。屋敷の中の状態も気になりますから、」
このまま呆然としていても何も始まらないと考え直し、ラグシアはこの屋敷で働いている者達の安否を確認する事を決める。
母親は不安そうな表情で彼を引き止めようとするが父親は妻をなだめ、その姿にラグシアは深々と頭を下げると食堂を出て行く。
……転移魔法で屋敷を移動? 規模が大きすぎて反応に困るな。
廊下に出たラグシアは周囲を見回すが特に建物や調度品などには破損はないように見える。
一人になり、冷静に考えられるようになったようで廊下に飾ってあった誰が作ったかもわからないが高価なツボを眺めて転移魔法について考え出す。
彼の知識の中にも義姉であるユフィが使った転移魔法の知識は確かに存在していたのだが、彼の知る転移魔法で移動させられる物はせいぜい大人五人程度であり、屋敷事と言う信じられない状況にため息が漏れる。
「ラグシア」
「……様はどうした?」
「別に良いじゃない。周りに誰もいないんだし」
その時、ラグシアの背後から彼を呼ぶ声が聞こえた。
その声は聞き覚えのある声であり、ラグシアはため息を吐きながら、振り返ると長い赤い髪を後ろに束ねてメイド服を着た少女『リズ』が立っている。
リズはシーリング家のメイドに身を落としてはいるが元々は『ラミリーズ家』と言うシーリング家と同様に密約を知っている家の一人娘であったが父親が今回の茶番を行う事に反対したために愚王の怒りを買ってしまい、ラミリーズ家は没落をしてしまった。
没落の際に交友関係のあった父親同士は何とかリズの安全だけは確保しようと身分を隠してシーリング家のメイドとして迎え入れた。
愚王にばれてしまってはシーリング家にも危険が及ぶとラグシアは危惧していたのだが、愚王は自分の意見に反対したラミリーズ家を潰しただけで気が晴れたようでそれ以上の攻撃はなく、彼女は狙われる事なく、無事にメイド生活を満喫しているのだが幼い頃から交友もあるためか、メイドになった後もリズのラグシアへの態度は昔のままであり、ラグシアはどこか諦めつつも彼女へ注意する。
しかし、彼女は笑顔で問題などないと言い切り、ラグシアは呆れたようにため息を吐くと彼女の相手は時間の無駄だと言いたいのか他の場所に行こうと歩き出す。
「ちょっと待ってよ」
「……何だ。私は忙しいんだ」
「大丈夫よ。みんな無事だから」
リズはラグシアの腕をつかむと彼は不機嫌そうな表情で言う。
その表情にリズは文句を言う事無く彼が何を急いでいるかも理解しているようで使用人達の無事を報告する。
「そうか……」
「それより、ここが魔王の国って本当?」
「……誰から聞いた?」
「お義兄様とお義姉様から」
リズの言葉で心配事の一つが解消されたため、胸をなで下ろすラグシア。
彼の表情にリズは笑顔を見せた後、不思議そうに首を捻り、自分達が屋敷ごと隣国に移動したのかと聞く。
食堂に居なかったはずの彼女がその事を知っている理由がわからないラグシアは眉間にしわを寄せるのだがリズは兄と義姉から聞いたと彼の顔を見上げながら笑う。
「誰が義兄と義姉だ……まったく」
「お義父様とお義母様に会う前に使用人を集めて屋敷事、引っ越すから、都合の悪い人はヒマを出すって言っていたのよ。もちろん、みんなはついてきてくれたけど」
「そうか……それなら屋敷の管理は問題ないな」
「管理は問題ないとじゃなくて、みんなが付いてきてくれて嬉しいとか言えないの……間違えた。私『が』ついてきてくれて嬉しいって言えないの?」
リズの言葉にラグシアはため息を吐くものの、それは拒絶のようなものではなく、リズは満足そうに笑うと今回の件はすでに使用人達にも説明されていたと話す。
自分達家族の前に使用人達に兄がすべてを話していた事に納得が行かないような気もするのだが、使用人達が全員、シーリング家に残ってくれた事がどこか嬉しく思えたようで表情をほころばせる。
リズは素直な言葉を言わないラグシアの様子に呆れたようにため息を吐くと彼をからかおうと思ったようで彼の腕に抱き付いて顔を見上げた。
彼女の言葉にラグシアは言葉を一度つまらせるとリズは彼の反応に満足そうに笑い、ラグシアは彼女にからかわれている事に気が付いているせいか不機嫌そうに眉間にしわを寄せると彼女がつかんでいる腕を引き抜いて廊下を進んで行く。
「私も行くから、待ってよ」
「……メイドは自分の仕事に戻れ」
ラグシアの背中に失敗したと思ったのかリズは困ったように頭をかいた後、彼の後を追う。