第二六話
「……なぜ、私についてくるんですか?」
「この中で怪しい動きをしそうなのはラグシア殿が一番だと判断した」
人手が足りない事もあり、ラグシアまでもが村の警護に駆り出された。
夜も深くなっているため、たいまつを手にしている者達も多いがラグシアは魔法で周囲に光を灯して歩いている。
ラグシアは村の中を歩きながら何度か足を止めて魔法の準備をしており、その様子を怪訝に思ったようでゼノンは彼の後を少し離れて歩く。
背後から監視されているようにしか思えないようでラグシアはため息を吐くが、ゼノンはラグシアの思い通りに事が進んでいる事に少し引っかかり始めたようである。
「……全面的に信用して欲しいとは言いませんが、少しは信用して欲しいですね」
「そうしてやりたいとも言いたいが、どうも睡眠薬の事など上手く行きすぎて行く気がしてな」
「睡眠薬の事など事前に情報を整理していれば簡単に想像が付きます」
疑いの視線の意味をラグシアも理解しているようであり、小さく肩を落とす。
ゼノンは彼から受け取っていた薬を飲んでいなかった者達が深い眠りについていた事に疑問を抱いているようで鋭い視線を向けるがラグシアはその程度の事と言いたいのか近くにあった畑に向かって歩き出した。
その後をゼノンが追いかけるとラグシアは畑の前で止まり、枯れかけた葉ではなく、足元に生えている雑草をむしり取る。
行動の意味がわからずに首を傾げるゼノンに見せた。
「この雑草が何だと言うのだ?」
「リプル草と言う強い睡眠薬の材料になる草です。書庫で調べ物をしている時にこの周辺に分布していると知り、何かあったらと思い、中和剤を用意していただけです」
「こんなものを食べさせられたのか?」
雑草を覗き込むがゼノンにはその辺に生えている雑草にしか見えず、眉間に深いしわを寄せる。
ラグシアは睡眠薬の材料だと説明するとゼノンは睡眠薬の材料より、汚い雑草を食べさせられた事に嫌悪感を抱いたようで顔をしかめた。
「直接と言うよりは良く煮て、睡眠薬の成分を取り出した物を食事に混ぜたと言うところでしょう。味自体はあまり感じませんし」
「そうか……しかし、ただ、よくこんな物が睡眠薬になると知っていたな」
「昔から、矢じりなどに塗って狩りの時に使うと聞いております」
村人達が自分達に睡眠薬を盛った方法を推測して話すラグシアだが、ゼノンはただの村人が睡眠薬の知識を持ち合わせていた事に疑問を抱く。
しかし、それ自体は珍しい知識ではないようでラグシアは気にする必要はないと言うが、ゼノンはラグシアが嘘を言っていないかと疑っているようで険しい表情をしている。
「……あまり、疑われてもこれ以上は出てきませんが」
「来たか……どうする? 流石に距離がありすぎるぞ」
ラグシアは疑われているような事はしていないと肩を落とすがゼノンの表情は変わらず、次に続く言葉も出てこない。
これ以上の質問はないと判断したラグシアはリプル草を懐にしまうと周囲を見回すと不意に視線を止めた。
その仕草にゼノンは怪訝そうな表情をするとラグシアが視線を止めた先には小さな光が見える。
小さな光は次々と村に向かってきており、その光は火矢である事は容易に想像がつく。
ラグシアとゼノン以外にも気が付いた者達がいるようで声が上がり、兵士達は火矢を放った者達を捕らえに向かうが灯りはわずかな月明かりと手に持ったたいまつの明かりだけであり、兵達が動くと火矢を放った者達は逃げ出して行く。
その様子にゼノンは舌打ちをするとラグシアに何か意見を出すように言う。
「問題ありません。それよりは私達は火を消しましょう」
「何を言っている? 雨か? ……これなら、火は燃え移らないな」
ラグシアは火矢を放っている者達などは後回しで良いと言うと目を閉じる。
彼の行動にゼノンは怒りの形相を見せると話しにならないと言いたいのか駆け出そうとするが、その時、ラグシアの足元から青い光が浮かび上がり、ラグシアが足を止めて魔法の準備をしていた場所が同調するように青い光を上げた。
青い光は空まで登ると急激に雲を呼び、雷が鳴り響く。
それと同時にぽつり、ぽつりとゼノンの頬に雨が落ち、ゼノンは火矢が何の意味も持たないと思ったようで口元を緩ませた。
「ゼノン殿、言いたくはありませんが、この魔法を長い間、使用する事はできません。火矢の届かない範囲に村人を集めてください。建物が焼けても村人が残っていればどうにでもなります」
「それよりは火矢を放っている者を捕まえるのが先だ」
雨は強くなって行くがラグシアの魔法は長時間使う事ができないようで村人の避難を優先して欲しいと言う。
ゼノンは雨では火矢が使えないため、襲撃者達を捕まえる好機だと考えたようで駆け出して行く。
「……ちっ、もう少し、先を見えると考えていたのだがな」
「ラグシア」
駆け出して行くゼノンの背中にラグシアは舌打ちをする。
それはゼノンへの評価を見誤った自分への苛立ちにも見えるがここで立ち止まるわけにもいかず、新たな策を弄しようと頭を動かそうとする。
その時、兵達の声で状況に変化があったと気が付いたリズがラグシアを見つけて駆け寄ってくる。
「……リズ、村長に村人を村の中央に集めるように指示を出せ。建物が失った場合はガーランド王に頼み込み。絶対に立て直す。死んでしまえば終わりだ。バラバラに居られると守る事もできない」
「そ、それなら大丈夫。もう村長さんに頼んであるから、さっきの人質の話は村人達を守るためだと思ったから」
「そうか……良くやった」
魔法を維持するために自分では動けないようでラグシアはリズへと指示を飛ばす。
彼女はラグシアが人質と村人達を脅した真の意味を理解していたようで問題ないと笑う。
その笑顔は自分達が置かれた状況への不安の中で無理をして笑っているように見え、ラグシアは彼女の不安を感じ取ったようで心配ないと言いたいのか笑顔を見せる。
「私はラグシアの妻なんだから、ラグシアの考えている事くらいわかるんだよ」
「おかしな事を言うな」
「そ、それより、どうするの? 兵士だってそんなに多く連れてきているわけじゃないんだから」
「……問題ない。もうすぐ来るはずだ」
彼の笑顔に釣られるようにリズの笑顔からは硬さが取れた。
不安が拭われるとリズは他にも手伝える事はないかと手を上げる。
その時、村の入り口の方から地鳴りのような大きな音を響かせて近づいてくる。
その音にリズは何が起きたかわからずに慌てるが、ラグシアは最初から知っていたようで口元を緩ませた。