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第二一話

「……空気悪いわ」

「黙っていろ」


 準備を終えたラグシア達は二台の馬車で村を出発する。

 ラグシアが同行するのに選んだ者達はゼノンを始めとしたデュメルやシーリング家に良い印象の持っていない者達であり、ラグシアとリズに向けられる視線は冷たいものである。

 馬車の荷台の中でリズは息がつまると言いたいのか大きく肩を落とすがラグシアは気にした様子もなく、黙っているように言うと馬を操っているゼノンの隣に座った。


「……何か用か?」

「先ほどの問いは解けたのかと思いまして」

「我らは囮と言う事だろう」


 ゼノンは視線をラグシアに向ける事無く、隣に来た理由を聞く。

 ラグシアは表情を変える事無く、先ほどの問いの答えは出たかと聞き返した。

 ゼノンは忌々しいと言いたいのか不満を隠す事無く、舌打ちをするがラグシアは彼が出した答えに首を横に振る。


「囮ならば、私がこの場にいると思いますか? ゼノン殿達は私と同類だと思ったのですが」

「同類? 愚弄するつもりか?」

「愚弄などしてはいません。それに敵と味方に分かれていたとは言え、お互いに甘い汁をすすっていた身、これから先でも協力は必要でしょう」


 ラグシアは囮になどまったくなる気はないようであり、口元を緩ませた。

 その表情に嫌悪感を抱いたのかゼノンは汚物を見るような視線をラグシアに向けるが、ラグシアは気にする事無く続ける。


「協力? 貴公は兄であるあの男を見捨てるつもりか?」

「必要とならば、だいたい、ゼノン殿も知っている通り、あの男には熟慮と言った物がありません。戦況を読む能力は確かにあるのかも知れませんが、平時には何も役に立ちません。この戦争が上手く終結をした時にあの男は邪魔になります」

「その話をするために私を選んだと言うわけか?」


 ゼノンはラグシアがデュメルを見捨てる事も視野に入れていると思ったようで、その考えには興味が湧いたのか口元が小さく緩む。

 ラグシアは表情を変える事無く、戦争が終結した時にはデュメルは邪魔だと言い切ってしまう。

 その言葉に感心したように頷くゼノンは自分をこの部隊に選んだ理由に察しがついたのか口元を緩ませた。


「それもありますが、せっかくですのでゼノン様達にも戦功を残して貰った方が良いと思ったわけです」

「戦功を?」

「囮ではなく、ここの者達で野盗を捕まえてしまいましょう。野盗に落ちている者達は元々、村民。武を修めた騎士の皆様が負けるわけありません」

「それは確かにそうだ」


 ラグシアはゼノンの心の内が見え、口元を緩ませると彼の自尊心をくすぐる。

 戦功と言われて欲が出たようであり、ラグシアは攻め込むのは今だと思ったようで本題を口に出す。

 自分達が囮だと考えていたためか、その言葉にゼノンは良い話だと思ったのか大きく頷いた。


「……悪い顔している」

「入ってくるな」


 ゼノンの反応はラグシアにとっては予想通りだったようで笑いが込み上げてきそうになるが、何とか押し止めようとする。

 その表情は抑えきる事ができなかったようであり、ゼノンはその表情を見て、少なくとも今回は共闘する価値があると思ったのか顔を見合わせて笑う。

 二人の笑い声にリズは顔を覗かせてラグシアへ責めるような視線を向けた。

 その声に二人はすぐに視線をそらし、ラグシアは彼女を追い払うように手を払う。


「ラグシア、それで村までどれくらいかかるの?」

「……リズ、お前は他人の話を聞く気はないのか?」

「そう言うわけじゃないけど……あまり、時間があるとラグシアが余計な事を考えるでしょ」


 しかし、リズはラグシアとゼノンの間に割って入り、ゼノンを威嚇しながら目的の村までの予定を聞く。

 彼女の様子にラグシアは眉間にしわを寄せるが、リズはラグシアの良心の部分は自分が受け持っていると言いたいのか、ゼノンに敵意のこもった視線を向けている。


「メイド風情が……まるで、私がラグシア殿を調略したような言い方だな」

「そうは言っていません」

「……リズ、話がまとまらないから、お前は黙っていろ。ゼノン殿、話を折ってしまい。申し訳ありません」


 ゼノンから見れば、リズはただのシーリング家のメイドであり、下働きの娘程度が騎士である自分と対等に会話を交わすなど耐えられない屈辱のようである。

 彼女の視線にゼノンは頭が高いと言いたいのか、彼女を睨み返すと彼の眼力に威圧されてしまったようでリズはラグシアの腕に抱き付きながら首を横に振った。

 ラグシアは彼女が入ってきては作戦に影響が出てきてしまうためか、彼女を馬車の荷台に戻そうとするが彼女はラグシアから離れるつもりはないようで彼の腕をつかんでいる手に力を込める。

 言う事を聞かない彼女の様子にラグシアはため息を吐くとゼノンに向かい深々と頭を下げた。


「……良い。謝罪よりも見せて貰いたいものがあるからな」

「承知しています……これを」

「これは何だ?」

「最悪の可能性を排除するために必要な物です。ゼノン殿は村に入る前に信用のできる者達にこれを飲ませてください」


 ゼノンは二人の様子から、ラグシアが邪魔になればリズを使う事も視野に入れたようであり、彼の弱点としてしばらくはリズを泳がせていようと決めたようであり、それ以上の追及をする事無く、野盗を捕まえる作戦について聞く。

 彼の腹の底に気づきながらもラグシアは上手く渡り切る自信があるようで表情を引き締めると懐から小さな布袋を取り出し、ゼノンに渡す。

 ゼノンは布袋の意味がわからずに首を捻るとラグシアは考えている事があるようで口元を緩ませる。


「……信用できる者に?」

「私とリズの分は確保してあります。出立までの準備時間が足りなかったのでわずかしか調合できなかったため、同行している者の半分にしか渡りませんので、ゼノン殿の方が技量などについては詳しいと思いますので」

「ふむ……わかった。ただ、私達がお前達二人を守る者を選ぶと思うか?」

「野盗程度に後れを取ってはこれからの国の一端を担う事はできないでしょう」


 信用できる者と聞き、ゼノンはラグシアとリズの顔を交互に見る。

 その視線にリズは警戒色を強くするがラグシアは最初から考えている事があったようである。

 ゼノンはなんとなく、布袋の中身が理解できたようであるが、ラグシアに上手く使われているのも面白くないのか挑発するような笑みを見せる。

 ラグシアはその挑発を笑顔で交わすのだが、長く馬車に揺られていた彼の身体は限界が来たようで顔が真っ青になり始め、状況を察したゼノンは場所を急停止させた。

 馬車が停止するとラグシアは口を押さえて駆け足で馬車から降り、道のわきに駈け込んで行く。


「……決まらないわね」

「薬を調合できるなら、酔い止めくらい作っておけないのか?」


 駆け込んだ先でラグシアが何をしているのかは容易に想像が付き、リズとゼノンは大きく肩を落とす。


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