第二話
……何を言っているんだ?
兄とその婚約者と思われる女性の口から出た言葉はラグシアの頭では直ぐに理解できずに彼は眉間にしわを寄せているが最悪の答えを聞いて徐々に頭が動き出してきたのかその顔には戸惑いの色が濃く現れて行く。
「それで、仲人を俺がユフィと出会うきっかけをくれた王様に頼もうと思うんだけど、父上は猛反対するんだ。ラグシアは私の味方をしてくれるよな?」
「……少し、状況を理解する時間をください」
……兄上が連れて来た人は魔王の1人娘で、兄上はその娘と結婚するつもり、それで兄上は魔王を継ぐ?
……そうなるとシーリング家を継ぐのは俺?
ち、違う、そんな事よりウチの家はお取り潰し確定じゃないか?
密約を反故にされるのはこの国にとっては都合が悪いんだ。
現王は言いたくはないが無能だから……無能だからこそ、長年、使われていなかった密約が動き出したと言う事に兄上は気が付いているのか?
ラグシアの頭ではどう考えても、軽くてシーリング家の取り潰し、最悪は秘密裏に一族郎党殺されてしまうと言う悪い答えしか導き出せず、頭を抱えると父親もラグシアと同じ事を導き出したようで顔を引きつらせている。
「で、どう思う?」
「何を言っているんですか? それは兄上が魔王を継ぐと言う事ですよね。それは国家に反すると言う意味です。それを理解しているのですか!!」
「魔王と言ってもこの国の人間が言っているだけで、肌の色が違う人間だ。それを正すためにも良い機会じゃないか。いつまでも無駄に血を流しているのは無意味だ。血を流した多くの者達のためにも無意味な争いを止めるべきだと思うんだ」
……知っていたか。脳筋だと思っていたのに、いや、魔王の一人娘と結婚と言うところまで話が進んでいるって事は魔王がこの脳筋に種明かしをしたと言う事か? 余計な事を。
ラグシアは二国間の密約に気が付きながらも、自分が危険な場所に行かない算段を付け、この国の旨みをすべて吸いつくして生きる気だった。
しかし、その考えを兄であるデュメルは真実を国民に話して全て砕こうとしているのである。
その考えはラグシアにとっては都合が悪く、舌打ちをしてしまいそうになるが何とかこらえると一つ深呼吸をして兄を真っ直ぐに見つめた。
「何を言っているんですか? 魔族が肌の色の違う人間? そんな事、あるわけないじゃないですか。兄上はそこの魔族に騙されているんです」
「ラグシア、私は確かにお前ほど賢くないがもうすべてを知っているユフィと義父上からすべてを聞いたんだからな。それに賢いお前の事だ。お前は気が付いた上でこのくだらない戦争を続けようとしているのか?」
ラグシアは兄へと疑いの視線を向けるが、兄は年の離れた弟の事を可愛がっていたようで彼の事を誰よりも理解しているようで真っ直ぐと彼の目を見つめ返す。
その眼力の強さにラグシアは自分の中の汚い部分を見透かされている気になったのか身体は強張ってしまうがここで目をそらす事はできない。
「……兄上の言う事は確かに正しい。しかし、それを正すのは難しい事です。何百年も何千年も権力者達が自分達の利権を守るためだけに続けていた事を正そうとする事は無理です。それにその利権を食い続けてきた我が家が言える事ではありません」
シーリング家も国の中枢を担ってきた名家であり、実直で単純なデュメルでは国の裏の部分を割り切る事は出来ないと父親や王も感じ取り、デュメルを戦地へと送り出したのだったが、兄はその戦地を自らの力で切り抜け、真実にたどり着いたのである。
そんな兄の瞳から逃げる事は出来ないが、それでもラグシアは兄の言葉に頷いてしまえば、自分を含めたシーリング家の者達がこの国の王達だけではなく、民からも狙われ国家反逆者として処刑される可能性が高いため、兄の言葉には頷けないと首を振る。
「それに関しては屋敷に戻ってくる前にユフィとも話をしたんだけど、シーリングの者達にはしばらくはこっちの領地に移って貰って、両国の平和のために働いて貰おうと思うんだ。もちろん、兄を助けてくれるよな」
……単純のくせにいろいろとやってくれる。
兄は反対される事など最初からわかっていたようで、既にラグシアを含めたシーリング家の面々を受け入れる準備を進めていたようであり、反対するなら考えがあると笑う。
その言葉は自分の知っている兄の考えにはどうしても思えず、ラグシアの視線は義姉へと向けられた。
彼女はラグシアの視線に少しだけバツが悪いのか困ったように笑うが、ラグシアはこの単純な思考の兄をどうにか説得できないかと思考を巡らせる。
密約を守るためにすぐに兄と義姉を亡き者にしてしまえば良いと言う考えも思い浮かぶが、義姉は隣国の王であるガーランド家の一人娘である。
殺してしまった事がばれては密約で行われている茶番ではなく、両国間で本当に戦争になりかねない。
「……頷くしかないのですね」
「それじゃあ、行こうか? ユフィ、転移魔法の準備はできているね」
「はい。それではこの屋敷事、移動しますので皆さん、何かに捕まってください」
単純な兄に強力な参謀が付いた事にラグシアは隠す気はないのか忌々しそうに舌打ちをする。
ラグシアの態度に気分を害する事無く、兄は柔和な笑みを浮かべている。
その表情がさらに怒りをあおるのだが武では兄には絶対にかなわないと知っているラグシアは大きく肩を落とす。
負けを認めた弟の姿にデュメルは小さく頷いた後、ユフィへと目で合図を送る。
通じ合っている感が見て取れる事にラグシアはイラッとしたようで今度はわざとらしく大きな音で舌打ちをするのだが、二人とも気にする事はなく、ユフィは席から立ち上がると魔法の詠唱を始め出す。
魔法の詠唱が始まると彼女の身体が淡い光を放ち、足元から光が走り出した。
走り出した光は魔法陣を描き、急に屋敷は大きく揺れ始める。
「屋敷事と聞こえましたが、兄上、これはどう言う事ですか?」
「いや、ここだと父上や母上、ラグシアの命も危険だから、私の新たな屋敷のそばに転居して貰おうと思って、あちらの国も人手は不足していてね。国を統治する才能はいくらあっても足りないんだ。だから、父上やラグシアには働いて貰うよ」
楽しそうに笑う兄デュメルだが、ラグシアはこの状況に自分が大変な事に巻き込まれている事は理解できているようで顔を引きつらせるが、何もする事が出来ない。