第十八話
「……情けないくらいにボロボロだな」
「悪かったですね。兄上と違い、馬になど乗る機会もなかったので」
「それはお前が逃げていただけだろう。乗る機会などいくらでもある。リズが乗れるんだ、言い訳にもならないぞ」
王都を出発して三日が過ぎた頃、野盗に襲われる事無く、野盗被害が出ていると報告のあった村が見え、ラグシアは長かった旅路が終わると安堵する。
ラグシアは村までの移動で自分の体調やリズの事も気になっていたのだが、それ以上に兄の指揮で軍がまともに動くのかと言う心配があった。
実際はデュメルが総指揮と言ってもゼノンは指揮を取り仕切っており、デュメルはやる事もなく、ラグシアやリズをからかい、身分が低い兵達と談笑ばかりしていた。
そのため、ラグシアが胸をなで下ろしたのはデュメルにしっかりと見られており、彼は楽しそうに笑い、その声にラグシアの表情は不機嫌そうになって行く。
三日の間でシーリング家の次男は馬にも乗れず、メイドである少女に尻に敷かれている情けない男だと身分の高い兵達の中であざ笑われており、彼の眉間にはすぐには取れなさそうな深いしわの痕が残っている。
馬上で兄弟喧嘩が始まろうとした時、先頭を進んでいた兵から総指揮であるデュメルに先頭に戻って欲しいと言う連絡があり、デュメルは馬を走らせて行く。
この兄弟喧嘩もこの行軍ではすでに見なれた物であり、付き従っている兵士達も止めるような事もラグシアをなだめるわけでもなく、ラグシアはリズの操る馬の上で面白くなさそうな表情をしている。
「被害自体は大きくはなさそうか……報告自体、真実かわからないがな」
「ラグシア、かっこつけてないで、お義兄様のところに行かなくて良いの?」
「……危ない事をするな。村長に話を聞くのは任せても良いだろう。兄上だけなら心配だが、ゼノン殿もいるし、問題はないだろう」
「そう思うなら、馬から降りたら離れてよ。それに普通は手を差し出してくれるんじゃないの?」
デュメルから遅れて村に入ったラグシアは何とか馬から降りると村の状況を確認するように周囲を見回す。
兵士達の到着で村人達は少し警戒した様子も見えるが、簡単に見た限りでは田畑などが目に見えて荒れている様子もなく、ラグシアは小さく頷いた。
そんな彼の背中に馬から降りたリズが抱き付く。
非力な彼はバランスを崩しかけるが何とか持ちこたえると彼女の行動を責めるように言うが、リズは馬から降りる時に手を貸してくれなかった事が不満のようで頬を膨らませる。
「ラグシア様に期待するのは無駄ではないですか?」
「そうなんだけど、女の子としては期待するじゃない」
「それは少し、ラグシア様、待ってください。一人で歩き回らないでください」
二人の様子にそばに控えていたリアは苦笑いを浮かべるがリズは女の子なら当然の主張だと言い、剣を持ち、騎士を目指しているリアも少しだけ気持ちがわかるのかバツが悪そうに視線をそらした。
しかし、ラグシアはリズを背から下ろすと村の様子が気になるようで一人で歩き出す。
ユフィから警護を頼まれているリアは彼に何かあれば大変なため、驚きの声を上げて彼の後を追い、その後をリズが追いかける。
「……ふむ。書物で得る知識も素晴らしいが、実物を見て、得る知識もまた素晴らしい」
「何を見ているのよ……すいません。感じ悪いわね」
「仕方ありませんよ。野盗の被害に遭っていたんです。王都から派遣されたと言え、私達はよそ者ですし」
「……」
ラグシアはあまり重たいものを身に付けられないため、騎士や兵士とは違ってマントを羽織っており、見なれない格好をしているラグシアの様子に民達は距離感を測れずにいるが、ラグシアは村の田畑の様子を眺めて頷いている。
リズは彼の目的がわからずにつまらないと言いたいのかため息を吐いているが、ラグシアの目は彼が書庫に入り浸り、書物を読み漁っている時と同じ光を放っている。
その様子にしばらくは何を言っても無駄だと考えたリズは領民達に声をかけようとするがラグシアとリズは村民達と違い肌の色が白く、隣国出身者を見なれないようで村民達の警戒色は強く、誰も彼女の言葉に返事をしてくれない。
村民達が何を警戒しているのか理解したリアは気持ちを汲んでやるべきだと言った時、ラグシアは考えがまとまったのかまた一人で歩き出し、二人は慌てて彼の後を追いかける。
「しつれいします……兄上、よろしいでしょうか?」
「……」
「……遅れてしまい。申し訳ありませんでした。先に村の様子を見ておきたかったので」
「ラグシア殿、こっちで話を聞いてくれないか?」
ラグシアが向かった先はデュメル達兵の指揮権を持っている者達が集まっている村長の屋敷であり、リズとリアは入口で止められてしまうがラグシアは兵に案内されて奥に進んで行く。
村長から被害状況の説明をされているようだが、すでに兄であるデュメルは話について行けていないようで眠りこけており、デュメルへぶつけたい文句を持った者達が一斉にラグシアへと鋭い視線を向けた。
兄の姿に怒りが込み上げてくるが、ここで怒鳴り散らすわけにもいかず、ラグシアは深々と頭を下げると自分は中心で話を聞く立場にないと言いたいのか部屋の端に移動する。
兄や義姉の権力を借り、ラグシアが話し合いの中心に出てくると考えていた者達も多くいたようで彼の行動にわずかにどよめくがすぐに場は静かになった。
ラグシアはこの場にいる者達の反応を眺めながら、村長の話に耳を傾けようとするがゼノンはデュメルが話を聞かない事もあり、ラグシアを中央へと誘う。
その言葉にはデュメルなど指揮官と認めていないと言う意味が込められているのがわかる。
実際、王都から村までの行軍はゼノンが指揮を執っていたと言っても間違いはなく、彼に近い者達は先ほどまでラグシアを見下していた者達でさえ、ゼノンの言葉に頷き、ラグシアに近づいてくるように言う。
「……それでは失礼します」
この場にいる者達の腹の中が少し見えるが、断るのも面倒な事になりそうに思え、深々と頭を下げるとゼノンが促した席へと座る。
その様子に彼の足を引っ張ってやろうと言う思惑も見え、ラグシアはどの国も一緒だと考えながらも表情に出す事はない。