第十七話
「ラグシア、機嫌が悪そうね」
「機嫌が悪いと言うよりは馬から落ちないように必死なんではないでしょうか?」
兄妹喧嘩を終えた後、ラグシアは事前に調べてきた村までの道順を説明し、野盗に警戒しないといけないであろう場所も報告する。
ラグシアを認めていない者も当然、多いのだが特に反対するような点がなかった事やラグシアが立案した事もあり、失敗した場合は彼に責任を押し付けようと考えているようで反対意見は出ない。
そのため、出立前には問題はなく、ラグシア達は王都を出立する。
兵士全員に馬が与えられているわけではないため、兵の進む速度は遅いのだが兵を指揮する立場の者達には馬を与えられており、ラグシアはなれない馬上で表情を険しくしている。
すぐそばを歩いているリズは首を傾げており、リアはラグシアが考えている事がわかったようで苦笑いを浮かべた。
「ラグシア、馬に乗るのが大変なら、変わる?」
「……バカな事を言うな。おかしな事をすると付け込まれるんだ」
リアはラグシアの隣に並び、彼の顔を見上げるとからかうように笑う。
ラグシアはシーリング家の者として恥ずかしい事はできないため、馬から降りる事はできないと体勢を立て直す。
虚栄を張るラグシアの様子にリアは小さくため息を吐くとリアの隣に戻る。
「リズは元気ですね。大丈夫なんですか?」
「何が?」
「いえ、リズは元々、ラムリーズ家のご令嬢と聞きましたから、体力的にきついのではないかと思いまして」
馬の上でぐったりとしているように見えるラグシアと比較して、軽装ではあるものの、疲れなど見せずに歩いているリズの姿にリアは苦笑いを浮かべた。
質問の意味がわからないと首を傾げるリズにリアはなぜ、彼女がここまで元気なのかと首を捻る。
「少なくともラグシアより、体力はあるけど」
「それはわかりますね」
「リズ、リア、歩きでも大丈夫か?」
リズはラグシアを引き合いに出して答え、リアは馬上のラグシアへと視線を移して笑う。
その時、側で馬に乗っていたデュメルが二人に近づき、声をかける。
「大丈夫だけど、ダメって言ったら、どうしてくれるの?」
「リズはラグシアの馬に乗って、リアはゼノンの馬に乗って貰う」
「……」
リズは移動距離の事を考えるとわからないと言うと何か考えがあるのかと聞く。
デュメルは特に何も考えていないようで馬に乗せて貰えと言うが、その言葉にリアの表情は歪む。
「リア、どうかしたの?」
「いえ、私は大丈夫ですから、リズはラグシア様の馬に同乗させて貰った方が良いと思います」
「そうか。とりあえずはラグシア」
リアの変化に気が付いたようでリズは彼女の顔を見上げる。
リズはゼノンとの関係をあまり追及されたくないようで首を横に振るとデュメルはラグシアの隣に並び、ラグシアの馬の手綱を取り、彼の馬を止めた。
「な、何をするんですか?」
「お前の馬にリズを乗せろ。と言うか、リズに馬を操って貰え」
「バカな事を言わないでくださ!? リズ、お前は何をしているんだ!!」
突然の事に驚きの声を上げるラグシアだが、デュメルは一方的にリズを馬に乗せるように言う。
ラグシアはそんな事ができるわけないと言おうとするがリズはするするとラグシアの乗っている馬の上に上り、彼の前に座る。
「リズ、馬は任せたぞ。リア、少し後ろが騒がしいから見てこようと思うんだ。ついてきてくれ」
「わかりました」
デュメルは手綱をリズに渡すとリアを連れて行軍の後方に向かって行く。
「……なんで、こうなるんだ?」
「だって、お義兄様だし」
デュメルとリアが離れて行くのがわかるが、ラグシアは馬上で下手に動くと落馬してしまうため、動く事はできない。
文句を言えても行動に移せない自分の歯がゆさにため息しか出ず、リズは気にする必要はないと笑う。
「それはわかっているんだが……納得はできないな」
「それより、さっき、ゼノンって言う人の名前が聞こえたけど、その人って誰? リアの関係者?」
「……余計な事に首を突っ込もうとするな」
兄の性格など昔から振り回されているラグシアが誰よりもわかっているため、眉間にしわを寄せているがリズは馬をゆっくりと進ませると先ほどのリアの表情の変化について聞く。
デュメルの口から簡単に話を聞いたわけだが、広める話でもないと思っているラグシアは首を横に振るが、リズは馬を操ったまま、後ろを振り返る。
「前を向け」
「教えてくれないと振り落すわよ」
「……他の者に迷惑がかかるから止めろ」
リズは後ろを向いても手綱を上手く操り、馬を動かしているがラグシアは生きた心地がしないようで前を向くように言う。
しかし、リズはラグシアの弱みを見て楽しそうに笑いながら、知っている事をすべて話せと言い、元々、近かった距離がさらに近づく。
目の前にある彼女の顔にラグシアの顔は赤くなり、見られたくないのか前方を指差す。
「何で? 誰に迷惑がかかるの?」
「……こんなところで馬が暴れたら兵達がケガをするだろ」
「確かにそうね」
「それと、お前だってわかるだろ。家の事を詮索するのは良くないと」
「表向きはね……ラグシア、でも、何かあった時はリアの味方になってあげてね」
リアの事を詮索すると周囲の人間に迷惑がかかると見当違いの事を言うリズ。
ラグシアは馬に乗っている事を思い出せて言うとリズは周囲を歩く兵士達を見て苦笑いを浮かべて前を向く。
リズの耳元に顔を近づけたラグシアは周囲に聞こえないようにクルーゼル家に関わってくるため、余計な詮索をするなと強く言う。
ラグシアに追及するなと言われてリズは不満そうだが、ラグシアが何か調べるつもりだと言う事は理解したようで小さく頷いた。
「……状況による。シーリング家は他の有力者に目を付けられるわけにはいかないからな」
「もう、お義兄様が充分に目を付けられているじゃない。それにラグシアだってこうやって功を立てられるようにして貰えているんだから、充分に目を付けられているじゃない」
「それもそうなんだが……」
リズの頼みごとにラグシアは素気なく答える。
ラグシアの態度にリズは頬を膨らませると彼女の様子にラグシアはなんと言って良いのかわからないようでため息を吐いた。