第十六話
「……で、なんで兄上達が付いてくる?」
「何を言っている。今回の総指揮は俺だ。お前は野営もした事が無いんだ。世話してくれる人間がいないとダメだろ」
出立の日にガーランド王の指示を受けた兵士達が集まるとラグシアの目には兄デュメルとリズの姿を映った。
デュメルは胸を張り、リズを連れて行くのはラグシアのためだと言い切る。
「……そんな事より、他の事を考えてください」
「他の事?」
「この中に、兄上の命を狙っている者がどれだけ紛れていると思いますか? 兄上だけなら、切り抜けられるかも知れないが、私やリズがいればそうはいきません」
シーリング家の兄弟が言い合っている姿に周囲の兵達はひそひそと話を始めており、それに気が付いたラグシアは声量を落とす。
デュメルは何を言っているのかわからずに首を傾げるが、シーリング家の事を快く思っていない者達の刺客が紛れ込んでいる可能性は充分に考えられ、ラグシアは足手まといを極力減らせと言う。
「……俺としてはお前の体力が一番心配なんだが」
「それに関して言えば否定はできませんが」
「ラグシア様はま……」
少し考え込んだデュメルは村までの道のりの間でラグシアの体力が底を尽きる事を心配する。
その件に関して言えば、ラグシア本人にも自覚があるようで視線をそらす。
二人の話を聞いていたリアはラグシアが魔導士としての才能を持っていると言おうとするがラグシアは彼女の口を手で塞ぐ。
彼の意図を理解したリアは小さく頷くとラグシアは手を下した。
「……私は自分の身は自分で守ります。同行を考え直してくれますね」
「ラグシア、ラグシア、これって婚前旅行よね?」
「……違う。少し黙っていてくれないか。話がややこしくなる」
兵士を率いるデュメルにもう一度、リズの同行を考え直すように詰め寄る。
話を聞く気がないデュメルは視線でリズに合図を送るとリズはラグシアの腕をつかみ、引っ張った。
今は彼女の相手をしているヒマはないと彼女の頭を押して引きはがす。
「何で、私と一緒に出掛けるのがイヤなの?」
「……どうして、街に買い物を行く程度の認識なんだ」
「ラグシア、リズ、俺とユフィの事をバカップル扱いするけど人の事を言えないよな」
リズは不満そうに口を尖らせてラグシアの顔を覗き込む。
彼女は任務の危険性など何も考えていないようでラグシアは眉間にしわを寄せるとリズに王都に残るようにまくし立てるように言う。
二人の様子にデュメルは他人の事は言えないだろうとため息を吐く。
「どうするんですか?」
「大丈夫だ。そのうち、ラグシアが折れる」
「そんな気がしますね」
「勝利」
ラグシアがどれだけ言ってもリズは話を聞き入れる気はなく、二人の言い合いに周囲の兵達は苦笑いを浮かべている。
その様子に恥ずかしくなってきたようでリアは眉間にしわを寄せてデュメルに二人を止めるように言う。
デュメルにとっては二人の言い合いなどいつもの事のようで放って置くように言うとそばに居た副官が彼に声をかけた。
リアは二人を眺めながら肩を落とすとリズがラグシアを言い負かしたようで勝利宣言をする。
「リア殿……道中のリズの警護をお願いいたします」
「何を言っているのよ。私より、ラグシアの方が鈍いし、殺される可能性が高いじゃない。私はただのメイド、狙われないわよ」
「お前は黙っていろ……俺は魔法でどうにかする」
「……」
胸を張り、勝ち誇っているリズと眉間にしわを寄せているラグシアの姿にリアは苦笑いを浮かべた。
言い負かされたラグシアは眉間にしわを寄せながら、彼女の警護を頼む。
しかし、リズにとっては自分より、ラグシアの身の安全の方が心配であり、リアにラグシアの警護をするように言う。
ラグシアは彼女の引き寄せると自分は魔法で身を守るから、ついてくるならリアから離れるなと頼み。
彼の魔法の効力を知っているリアは小さく頷くがリズはラグシアを守るのは私だと言いたいのか頬を膨らませている。
「ラグシア、こっちに来てくれ」
「わかりました」
その時、デュメルがラグシアを呼び、ラグシアはデュメルの側に向かって行く。
ラグシアに逃げられた事にリズは不満そうに頬を膨らませたままだが、リアは彼女をなだめる。
「……ラグシア=シーリングです」
「ゼノン=クルーゼル」
「クルーゼル?」
ラグシアがデュメルに合流すると彼の側に一人の男性が立っている。
男性は騎士鎧をまとい、騎士剣を携えており、騎士である事は誰の目にも明らかである。
野盗討伐と言う騎士が同行する事にラグシアは違和感を覚えるが騎士に目を付けられるのもあまり良くないと思ったようで深々と頭を下げた。
騎士は『ゼノン=クルーゼル』と名乗り、その名にラグシアはリアの関係者だと気づくがゼノンはラグシアの考えている事を察したようで小さく顔を歪ませる。
「……失礼しました」
「ラグシア、ゼノンはリアの兄だ」
ゼノンの表情の変化にラグシアはリアとの関係には触れて欲しくないと察したようで頭を下げた。
ラグシアの行動にゼノンはすぐに表情を戻すとこれ以上、この話は終わりにしようとするがデュメルは気にする事無く、ゼノンとリアを兄妹だと話す。
デュメルの考えなしの言葉にラグシアは再び、ゼノンに向かって頭を下げる。
「それも腹違いの。ゼノンは妾腹のリアが目障りらしい」
「お前はいろいろと考えて物を言え!!」
「暴力反対」
ラグシアが頭を下げている事など気にする事無く、デュメルは話を続けて行く。
それは言ってはいけない言葉であり、ラグシアはデュメルの胸ぐらをつかもうとするがすぐに返されて地面に転がされてしまう。
「……どの口で言うんだ?」
「何で、転がっているんだ。ラグシア、服が汚れるぞ」
「もう一度、言う。どの口で言うんだ?」
ラグシアはデュメルを睨み付けるとデュメルはラグシアが地面に転がっている理由を聞く。
自分を地面に転がせた本人がとぼける様子にラグシアは苛立ちを隠せないが、兄に何か言っても仕方ないと言う諦めがあるのかゆっくりと立ち上がる。