第十三話
「……完全に書庫の主と化していますね」
「我が弟ながら気持ち悪い」
「き、気持ち悪いはないと思いますよ」
書庫で調べ物ができるようになってからと言うもの、ラグシアは毎日朝から晩まで入り浸っている。
書物さえあれば幸せなラグシアだけでは心配と言う事で警護のリアだけではなく、身の回りの世話係としてリズも書庫を訪れている。
最初の数日はラグシアへの刺客も送られてきていたのだが、リアが警護に付いた事や初日に魔法で刺客を無自覚に撃退した事は直ぐに広がってしまい、様子をうかがっている者はいるものの、その後は静かなものであった。
毎日、顔を合わせる事と現状でリアがラグシアに好意を寄せていない事もはっきりしたためか、同年代の同性としてリズとリアは仲良くなっており、ラグシアが調べ物をしているなか、侵入者を警戒しながらも世間話やラグシアが散らかした書物の片づけをしている。
その時、書庫のドアを開き、デュメルとユフィが顔を覗かせた。
ラグシアが書物を積み重ねている姿を見て、ユフィは苦笑いを浮かべながら言葉を濁しているが、元来、書物などを読まないデュメルは信じられないと言いたげに怪訝そうな表情をする。
「ユフィ様、デュメル様、ラグシア様に何か?」
「そうなんですけど……ラグシアはお話を聞いてくれそうですかね?」
二人に気が付いたリアは姿勢を正すと深々と頭を下げた。
ユフィは手で顔を上げるように指示をすると本棚から書物を取り出し、考え込んでいるラグシアへと視線を向ける。
その様子を見れば話をしても聞き入れて貰えそうには見えず、ユフィは困ったように笑うと視線でデュメルへと助けを求めた。
しかし、このような状況でラグシアが動かない事はデュメルが誰よりも知っているのか首を横に振るとリズは何か思いついたのかラグシアの背後に近づき、後ろから抱き付く。
「……リズ、お前は何をしている?」
「お義兄様とお義姉様が急用だって」
「急用?」
背中から伝わるリズの匂いや感触にラグシアは眉間にしわを寄せた。
デュメルはその様子に驚いた表情をするが、リズはラグシアの身体に回している手に力を込めると彼の耳元で二人の訪問を知らせる。
まだ、彼の頭は書物から完全に離れていないようでしばらく考えるとゆっくりと三人がいる場所へと視線を向けた。
素直ではないラグシアがリズを粗雑に扱わない姿を見て、普段とは違う彼の姿に若干、気恥ずかしくなったようで三人は視線をそらす。
その様子にラグシアの脳はゆっくりと状況を整理し始めたようで慌ててリズを引き離すと何事もなかったと言いたげに咳をする。
「兄上、お義姉上、ちょうど良かった。私からもお話ししたい事がありました」
「……なかった事にしようとしているな」
「そうですね。でも、ラグシアの話も気になりますね。先にラグシアの話を聞きましょうか?」
表情を引き締めたラグシアは深々と頭を下げると自分の都合の良い話を始めようとする。
彼の姿は完全に見られてはいけなかったものを誤魔化そうとしているようにしか見えない。
ラグシアに引き離されて不満そうにしているリズを見て、ユフィはくすくすと笑うが聡明な彼が何を考えているか気になったようであり、小さく頷く。
五人は書庫にある机を囲んで座るとユフィはラグシアに話すように促す。
彼は小さく頷くと様子をうかがっている者達に邪魔だと言う視線を向けるが、彼らが書庫から出て行く事はない。
その様子にラグシアは眉間にしわを寄せるものの、些細な問題と割り切ったようでまっすぐと兄夫婦へと視線を向けた。
「……祖国の王にシーリング家の状況を伝えたいと思います」
彼の口から出た言葉に周囲で聞き耳を立てていた者達は小さく反応をするが、まだ、主達に報告する内容ではないと判断したようでラグシアの次の言葉を待つ。
「どう言う事でしょうか?」
「勘違いしないでいただきたい。この国の情報を引き渡そうと言うわけではありません。そんな事をするつもりなら、このような事は聞きませんし」
「それはそうですね……」
彼の言葉はガーランド王の元では働けないと言う意味にも捉えられ、内容によっては彼を処分しなければならず、ユフィは真意を問う。
裏切るつもりはないとラグシアは首を振ると彼の隣に陣取ったリズは不安そうな表情で彼の服を引っ張った。
人前では素直な態度を見せないラグシアは彼女の手を払うと自分はガーランド王に仕える身になったと主張し、ユフィはその言葉に嘘はないと考えたようで小さく頷く。
「シーリング家の領民達がどのような処分を受けているかがわかりません」
「……そうね」
「シーリング家が屋敷事、消えてしまったのです。残された者達は誰の領地に組み込まれたか、我々が裏切り者とでも捉えられていたら、あの王では見せしめだと言って領民すべてに処罰を行ってもおかしくはありません」
ラグシアが持つ祖国の王の印象は自分の気に入らない者は処罰し、自分のためなら他の人間など何とも思っていないと言うものである。
その印象は家を取り潰されてしまったリズも同様のようで家が取り潰された時の事を思いだしたのかラグシアの服をつかんでいた手には力が込められた。
彼女の様子にラグシアは思うところがあるようで手を振り払う事はせず、視線をデュメルへと移す。
その視線は何も考えずにラグシアを含めたシーリング家の人間を移動させた兄への非難が込められているが、兄は何も気が付いていないようであり、兄の様子にラグシアは小さく肩を落とすと言葉を続ける。
彼の考えではシーリング家の人間が祖国を見捨てたと認識されてしまえば、シーリング家が代々、統治していた領民達へも被害が出る可能性が高く、領民達の安全を確保するためにも何かしたいと言うものである。
「ラグシアの言いたい事はわかりましたが……私の一存ではどうにもできません」
「そうでしょうね。それでできれば、ガーランド王との謁見を取り付ければと思ったのですが」
王族であるユフィには民を思うラグシアの気持ちが理解できたようだが、すぐに答えが出す事はできない、
それはラグシアも当然、理解しており、ガーランド王への謁見を願い出た。