第十二話
「ふむ……ん?」
キリが良いところまで調べ物が進んだようでラグシアが手を止めると書庫の床には褐色の肌をした者達が数名転がっている。
中には剣を携えた者もおり、少し考えればその者達はラグシアの命を狙った刺客と言う事は理解できるがラグシアはその者達が入室した事になど気づかずに調べ物を続けていた。
「他にやる事を考えれば良い物を……なかなか、使えるか? 動いている相手だと上手く行くかはわからないがな」
状況の整理はすぐにできたようでため息を吐くと本棚から一冊の魔導書を取り出してぺらぺらとページをめくる。
しばらくページをめくると興味の引く魔法を見つけたのか手を止め、床に転がっている刺客達に右手をかざすと魔法書に書かれている呪文の詠唱を行う。
彼の右手は光り輝くと転がっている刺客達に向かって光が放たれる。
放たれた光は細長い縄のようになり、刺客達を縛り付け、魔法の効果にラグシアは感心したように頷いた。
「……初見の魔法を難なく使いますか。流石はデュメル様の弟と言ったところでしょうか?」
「ん? ……これをやったのはあなたですか?」
その時、ラグシアが魔法を使うところを眺めていたのか、褐色の肌をし、長い髪を後ろでまとめ、剣を腰に差した少女が声をかける。
ラグシアは声をかけられるまで少女の存在に気が付いていなかったようで首を傾げた後、彼の頭は刺客達を倒したのは彼女だとはじき出したようで問いかけた。
その問いに少女は小さく口元を緩ませると素早く剣を抜き、ラグシアの首を狙う。
「……その質問の答えは否です」
「そうですか。この魔法はなかなか使えるようですね」
ラグシアの首を跳ね飛ばすかに見えた剣は彼の身体に触れる事なく、空中で跳ね返された。
少女は先ほど目の前で見た光景を確認したかったようであり、跳ね返された剣を腰に戻すと面白いと言いたいのか口元を緩ませる。
彼女の行動を咎める事無く、ラグシアは新しい発見をしたと言いたげに楽しそうに笑みをこぼす。
「……使える?」
「祖国では試す事もありませんでしたので」
「そうですか」
少女はラグシアの言葉に怪訝そうに眉間にしわを寄せるがラグシアは表情を引き締めると一度も試した事のなかった魔法だと言う。
効果確認を終えてもいない魔法を刺客に狙われる可能性が高い場所で初めて使う神経が信じられないようで少女の眉間には深いしわが寄ったままである。
「失礼ですが、義姉上から」
「はい。ユフィ様からラグシア=シーリング様の警護を仰せ使いました。アメリア=クルーデルと言います。リアとお呼びください」
「リア様は騎士ですか。この国では女性でも騎士になれるのですか」
少女がユフィから警護を頼まれた事は簡単に想像がつくが、ラグシアは彼女が刺客である可能性も否定できないため、確認するように聞く。
少女は姿勢を正すとラグシアに向かい、頭を下げて『アメリア=クルーデル』と名乗る。
彼女の立ち振る舞いは騎士と言ってもそん色のない素晴らしいものであり、ラグシアはこの国では女性でも騎士になれるのだと考えたようで感心したように頷いた。
しかし、彼の言葉は正解ではないようでリアは少しだけ寂しそうに笑うと首を横に振る。
「そうですか。この国も一緒ですか」
「……そのようです」
「ガーランド王でもそうなんですか」
彼女の態度でこの国でも騎士になれるのは実力だけで決められるわけではないと判断し、不機嫌そうな表情をする。
リアにはラグシアが何を考えているか理解できたようで小さく頷き、ラグシアは賢王だと考えていたガーランド王が公平な目で物事を見ていない事に残念だと言いたいのか眉間にしわを寄せた。
「国王様はその制度を変えようとしていますが、反対する輩も多いですから」
「利権に群がるのはどこの国の人間も一緒か」
「残念ながら」
実力でのし上がる者達が出てきては自分達の利権が侵害されると考えている者はおり、ガーランド王だけでは制御できないと言う。
ラグシアは祖国で密約を利用する事で利益を得ていた事もあり、気まずそうに彼女から視線をそらすがリアは気が付いていないようで国を動かす者達にも、もう少し広い目で見て欲しいとため息を吐いた。
「それはゆっくりと変えて行かなければいけないな」
「期待しています。ラグシア=シーリング様」
「あまり、期待されても困ります。現状で私には何もありませんから」
ガーランド王と縁戚関係を結んだとは言え、自分達シーリング家の人間は外様であり、このままではシーリング家は発言権も持たずにすりつぶされてしまうのは目に見えている。
元々、出世欲の大きいラグシアは権力を得るためにもこの国の政に食い込んで行かなくてはならず、何か企み始めたのか口元を緩ませた。
その笑みには邪な物が透けて見えるが、リアにも騎士になるのは悲願なのか少しでも味方を作りたいようで彼と縁を結んでおきたいようで頭を下げる。
二人の間には利害関係の一致ができたようであり、二人は顔を見合わせると口元を緩ませた。
「ラグシア、何、悪巧みをしているの?」
「別に悪巧みなどしていない……リズ、どうして、お前が書庫にいる?」
その時、二人の様子に大きく肩を落としたリズが声をかける。
リズの登場にリアは姿勢を正し、周囲を警戒するように気を張るがラグシアがリズの登場に眉間に深いしわを寄せた。
「お義兄様から、ラグシアを連れ帰るのに誰か人を寄越してくれって言われたから」
「何を言っている。私の住処はここだ」
「絶対に違うから……良いから、帰るよ。ラグシアがここに残ると迷惑がかかる人間も居るんだから」
「ユフィ様とデュメル様からの伝言ですが流石に書庫に住み着かせるわけにはいかないので屋敷に帰って欲しいと」
デュメルの指示でラグシアを迎えに来たようだが、ラグシアにとって書庫は天国のような物であり、屋敷になど帰る気はないと言い切る。
それは本好きの彼の悪い発作のような物であり、リズは大きく肩を落とすと彼の服を引っ張り、リアは信じられない言葉が出た事に困ったように笑い、デュメルとユフィからの言付けを伝える。
「待て。これをそのままにしておくわけにはいかない」
「そうだった。片付けるから、必要なものの指示」
書庫に住み込む事ができない事にラグシアは残念そうに肩を落とした後、自分なりの意見をまとめた物を書庫に置いておいて悪用されては困ると資料や屋敷から持ってきた書物を指差す。
その量にリズは眉間にしわを寄せるが、何もしないと始まらないと思ったようで腕まくりをしてラグシアに指示を出すように言う。