第十一話
「ラグシアは勉強家ですね」
「……勉強家と一括りにして良い気はしないな。それより、義父上にラグシアが書庫に駐留する許可を願いたいのだが」
ラグシアの選別した書物は二人で運び込める量ではなく、ラグシアは更なる選別を済ませるとデュメルに書物を押し付けて王城へと向かった。
ガーランド王からの指示は関係各所にしっかりと伝えられており、ラグシアはデュメルの案内で書庫に案内される。
書庫に入るなり、ラグシアは嬉々として書物を読み漁り、二人が到着した事を聞いて様子を見に顔を出したユフィは彼の様子に苦笑いを浮かべた。
彼女の言葉にデュメルはため息を吐くとラグシアの希望をガーランド王に伝えたいと話す。
「流石に難しいと思いますけど……ラグシアの安全を考えると」
「集中するとこの通りだからな。それに悲しい事に武の才能はないからな」
「そ、それはそうかも知れませんけどデュメルの事を良く思っていない人も多いですから、お父様の一任だけでは許可が起きないと思います。それにあの状態を見る限り、書庫に敵意がある人間が入ってきても絶対に気が付かない気がします」
ラグシアの希望はシーリング家の者達に好意を寄せてくれているガーランド王でもかなえる事は難しい。
それはデュメルでも理解できるようで眉間にしわを寄せると真剣な表情で何冊もの書物を広げているラグシアへと視線を向けた。
ラグシアは魔法や政務の才に溢れた代わりに武や運動神経と言うものの才には恵まれず、敵意のある者達から見ればこれほど殺しやすい相手もいない。
自分で身を守る術を持たないだけではなく、好物とも言える書物の前にすでに我を失っているくらいに集中しており、デュメルとユフィの会話すら耳に入っていないようにも見える。
「今更だけど、味方がいないのが痛いな」
「そうですね。とりあえずはお父様に頼んではみます……でも、期待はしないでくださいね」
「頼むよ」
「……そこでいちゃつくな。目障りだ」
二人とも王城の中に味方が少ない事は理解しているようであり、顔を見合わせて笑う。
ユフィはガーランド王がラグシアの頼み事を聞いてくれるかは別として、彼を動かすのが困難だと思ったようで進言してくると笑った。
デュメルは彼女が自分達の味方でいてくれる事を嬉しく思っていると笑顔を見せるとユフィは恥ずかしそうに目をそらす。
その様子は誰から見てもいちゃついているようにしか見えなかったようでラグシアは手を止めると目の前から消えろと手を払う。
「……ラグシア、何度も言うけどな。兄と義姉だぞ」
「そうですね。義姉上、申し訳ありませんが集中できないのでそこの脳筋を連れて行って貰えませんか。バカでも次期国王として覚えなければいけない事もあるでしょう」
兄夫婦の扱いの悪さにため息を吐くデュメル。
ラグシアは義姉への扱いの悪さには反省しないといけないと考えたようで深々と頭を下げた後、政務に戻るように頼む。
彼の言葉は最もなのだが、シーリング家の事を良く思っていない者達は多いため、彼を一人で書庫に置いておくわけにもいかず、ユフィは困ったように笑っている。
「ここにお前を一人で置いておくわけにもいかないだろう……何だ?」
「いえ、兄上でもその程度の事はわかるんだと。驚きました」
「流石にそこまでバカではないぞ。これでも勇者とまで言われてこの国まで来たんだぞ」
ラグシアの安全確保が大切だと言うとラグシアは怪訝そうな表情をする。
その表情の意味がわからずに首を傾げるデュメルにラグシアは見下したように言い放った。
そこまでバカにされてしまった理由もわからずにデュメルはため息を吐くと自分にだってそれくらいの知識はあると胸を張る。
「……そうですか。それなら、自分の身くらい自分で守りますから出て行って貰えますか。うるさくて調べ物が進みません」
「……無茶を言うな。良いか。お前に武術の才能はない」
「それは理解していますが、そこまではっきり言われると頭にきますね」
ラグシアは書物に視線を戻すともう一度、書庫から出て行くよう言う。
しかし、ラグシアに武術の才能がない事は幼い頃から彼の事を見てきた兄のデュメルは誰よりもわかっており、この場を離れるわけにはいかないとため息を吐く。
自分でも武術の才がない事は理解しているがはっきり言われるのは癇に障ったようでラグシアは視線を鋭くする。
「お前だって私に脳筋だ。単純だと言うだろう」
「それは事実でしょう」
「それなら、お前に武術の才能がないのも事実だろう」
「……わかっています。ただ、兄上よりも私は状況を整理する能力はあります」
弟に睨まれても怖くないと言いたいのか、ため息を吐くデュメルは言われたくなければ言葉を選ぶように言う。
自分は真実を告げているだけだと悪びれる事無く言うラグシアにデュメルは反論するように自分も事実のみを話していると言い返す。
兄の様子に何もわかっていないと言いたいのかラグシアはため息を吐くとユフィは彼の言いたい事が理解できたようでデュメルの服を引っ張る。
「どうした?」
「ラグシアの言いたい事がわかりました。ラグシア、私達の友人をあなたの警護について貰います。それで良いですね?」
「お願いします」
「わかったから、ラグシア、何かあったら戦おうとせずに逃げるんだぞ」
首を傾げるデュメルだがユフィは考え付いた事が正しいかとラグシアに向かい聞き返す。
彼女の言葉にラグシアは書物から視線をそらす事無く頷いた。
一人状況が理解できずに取り残されているデュメルは首を傾げているがユフィは急かすように彼の腕を引っ張り、デュメルは書庫から出る前に忠告をする。
言われるまでもなく知っていると言いたいのか、ラグシアは返事などする事はなく、書物に視線を向けたままであり、デュメルは心配なのか眉間にしわを寄せるがユフィに腕を引っ張られて書庫を出て行った。
「ユフィ、どう言う事だ?」
「デュメルとラグシアがここにそろっていると二人まとめてと考える者が出てくる可能性を危惧しているんです。デュメルもまだ正式に婿入りしたわけではないですから」
書庫から出たデュメルはラグシアが何を言いたかったかと聞く。
ユフィはラグシアの頭の回転に感心するように頷くと彼の護衛を用意するために歩を進める。