Mストライカーその2
見えるのは只ひたすらに地平線、そしてトラックの上げる土煙だった。
奈ミねーちゃんが仕事先への移動手段として用意してくれたのは都市間輸送トラックへの紛れ込む手はずだった。当然居住性などは一切皆無。木箱の上で座ったままかれこれ6時間が過ぎているが、ケツが痛くて2つどころか3つか4つに割れそうだった。
「あの女、いつかやり返す」
「とりあえず、メモっておきますね」
知らず知らずの内に声に出ていたのか、ミュモルが怨嗟の声に反応する。じろりと視線を向けると吹けない口笛でごまかそうとしていた。やだ、何このかわいい生き物。
「とりあえず、向こうからの接触待ちだけど、いったいどのタイミングなんだろうか?」
昨日は行けば分かるとのことで、この輸送車両に乗ること以外は教えてもらえなかった。自身の命がかかっているというのに、段取りのやっつけ具合に不安になるのか、つい独り言が増える。
「・・・20キロ先で所属不明のノーマルが2機います。もうすぐでしょう」
ミュモルがゆんゆんしながら答える。
ノーマルというのはガスタービンを動力とする2足歩行型の機動兵器だ。一般的なのは6mほどのサイズで普段は2足歩行せずに足元に付いた車輪で走ることのほうが多い。踏破性の向上と左右のアームで立体機動戦闘に対応するというのが設計思想らしいが、どう考えても戦闘機のほうが優勢だと思う。ゴーサインを出した宙人を拝んでみたい。
僕は木箱から降りると軽くストレッチをしながら装備品のチェックを行う。目元に付いたヘッドセットを起動し網膜へ照射される情報に間違いが無いか確認。指ぬきグローブをチェック、ヘッドセットを通して仮想CUI、GUIの動作に問題が無いことを確認する。
「流ガレはどーして古い端末に拘るのです?」
「んーまぁ、流行はインプラント型で便利は便利なんだけど・・・」
ストレッチを続けながら言葉を濁した。
ミュモルも少しの間、視線を遊ばせるとそのまま追求をしなかった。その姿に苦笑しながら、頭の中を他人にこねくり回されるのはちょっとな、と呟く。
忌避感というものではなく僕自身、流ガレという人間の在り方がそれを許さない。そんな感じなのだ。理屈では説明は出来ない、恐らくこれが感情なんだろうと思う。
「さて、そろそろ何かに捕まってたほうがいいかな?」
頑丈に固定されているコンテナを見つけるとその取っ手口に固定用のフックを引っ掛け急停止に備える。時速200キロ超で走るトラックがフルブレーキを行うのだ、最悪横転くらいは覚悟しておいたほうがいい。
途端、何か罵声とキンと劈く音が聞こえ、進行方向に向かって負荷がかかる。
ややあって、今度は右方向、上方向、下方向とめまぐるしく変わる負荷に歯を食いしばって耐える。たっぷり十秒ほどたって静止。
予想通りというか横転したトラック中で宙ぶらりんのまま、一考。太ももに取り付けたワイヤーガンをトラックの側面であったところへ射出。しっかり固定されていることを確認すると固定用のフックを取り外しワイヤーガンをゆっくり緩めながら地面へ着地する。
ワイヤーガンを回収し元の場所へ収納すると電ノコで歪んだ扉を外から切る音が聞こえ始めた。お迎えだろう。もうもうと上がる埃に辟易しながら扉のほうへ歩いていく。
扉から少し離れた場所で作業が終わるのを待つ。
「アンタでいいんだな、随分と若いが?」
ガランと扉が内側に倒れると覆面をかぶった6人ほどの人間が現れる。ヘッドセットの補正で逆光なんかは気にならない。
「シナリオどおりじゃなくてすまないね。抵抗はしない。出来ればお手柔らかにお願いします」
僕が肩をすくめ言うと、両手を上げ覆面のほうへ3歩ほど近づき、ふぅとため息をついた。
いい覚悟だ。楽しそうな声色を耳にしながら、僕は腹部へ強烈な痛みを感じそのまま意識を閉じた。