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皿洗坂益荒男  作者: 瓶八
6/8

危うし益荒男!(皿洗いアイドル)

 どすっ!


 という衝撃を感じて皿洗坂益荒男(さらあらいざか ますらお)は自身の脇腹を見た。

 包丁が突き刺さっている。

 益荒男は無言で脇腹を押さえながら床に倒れ血を吐いた。

 あたたかな血がどくどくと溢れながら周囲に広がっていくのを感じた。


 信じていたのに!


 叫んだのは女だ。

 益荒男を見下ろすその目は憎しみに染まりながら涙に溢れていた。

 益荒男は薄れ行く意識の中で、ここ数ヶ月のことを走馬灯のように思い出していた。





 益荒男は東城社長の要請を受け、某テレビ局の朝の情報番組に出演することにした。

 お茶の間の生活に役立つ皿洗いコーナーを作りたいから、益荒男の皿洗いの技術と知識をカメラの前で披露してくれないか、という熱心な誘いだった。

 そういうことなら、と腕まくりをして仕事を引き受けた益荒男だったが、いざスタジオについて見るとどうも様子が違う。

 益荒男を見つけた若い茶髪の男が小走りにやってきて申し訳なさそうに頭を下げた。

 なんでも、直前に企画が変わり、売り出し中のアイドルが皿洗い番組に出て、益荒男はその実技指導という形になったということだった。


 益荒男は少しむっとした。

 テレビ局側の、益荒男と皿洗いを軽んじているような態度が気に障ったからだ。

 しかし、これは社長に頼まれた仕事である。

 それに、自分の皿洗い技術が役に立つならどういう形でも構わない、という気持ちもあった。

 益荒男はその日予定していた内容をアイドルに指導することを受け入れた。


 アイドルは女だった。

 売り出し中、と聞いていたので10代の子を想定していたが違った。

 幼い顔立ちだが、落ち着いた受け答えなどから20代後半なのではないか、と益荒男は推測した。

 推測しながら、益荒男の心は千々にかき乱されていた。

 それというのも…


 乳房…!


 アイドルは乳房が大きかった。

 牛のようだ…!と益荒男は感想をもった。

 襟ぐりの大きく開いた薄黄色のTシャツを着て白いフリルのエプロンを身につけているが、それが余計に肌色の深い谷間と、白いエプロンに包まれた房の重量を強調しているのである。

 益荒男は男である。

 皿洗いにしか興味がないと思ったら大間違いなのだ。

 益荒男は、ほんの一時、乳房洗い坂、となることを想起したが、アイドルに呼び戻されて、大人しく皿洗いを教えた。




 セクシーなルックスと目から鱗の実用的な皿洗い豆知識が評判となり、皿洗いアイドルは一躍お茶の間の人気者になった。

 懸念されていた女性視聴者からの反感は意外なほど少なかった。

 女性というのは男性に比べて物事の本質を見る。

 アイドルの性格のよさは女性受けするタイプのものであったし、近年ますます若年化するアイドルたちの中で、30を越えながら台頭する物語は一部の女性を励ましさえした。

 なにより、皿洗いというささやかに思われがちな仕事のひとつに世間の目を向けさせ、その技術やリソースに革新的な知恵を提供したという功績を視聴者は評価した。

 皿洗いのうまいお母さんは小学生の自慢のタネになり、子供や旦那がテレビで見たことを試すために皿洗いをしたがったので何かと忙しいお母さんは助かった。

 ひそかに皿洗いアイドルと自分を重ねる者も少なくなかった。

 皿洗いアイドルのデビューシングルは、皿洗いの時にくちずさむの気持ちよいテンポとメロディーだった。


 その人気は、瞬く間に社会現象となり、皿洗いアイドルはお嫁さんにしたいアイドルナンバーワンにも選ばれた。

 益荒男は、表ではデパートの実演販売を続けながら、影ではアイドルの影武者として、実技指導などに加えて、ブログの更新、皿洗い本のゴーストライター、皿洗いコラボグッズの商品開発などの激務に従事した。


 しかし、皿洗いアイドルが有名プロ野球選手との電撃結婚を機に引退し、一段落したとき、週刊誌にアイドルの影武者が暴露され、アイドルは批難を浴びた。

 悪いことは重なるもので、皿洗いアイドルと結婚したプロ野球選手は成績ががくんと落ち、アイドルのブログには中傷のコメントが殺到した。

 皿洗いアイドルはそのイメージに反して家事全般が苦手で、野球選手をうまく支えられなかったのだ。

 プロ野球選手に離婚を宣告されたアイドルは益荒男を刺した。

 アイドルは益荒男が週刊誌に情報を売ったのだと思い込んでいた。

 しかしそれは間違いだった。

 週刊誌へのすっぱ抜きは、いい体を持った売れないアイドルを一発屋の色タレントに仕立て、恩義を感じさせた上、出演延長と引き換えに都合のよい情婦にしたあげく飽きたら捨てようと計画していた某テレビ局のディレクターが、振られた腹いせにやった上に益荒男に罪をなすりつけたことだったが、益荒男がそのことを知る由はない。





 益荒男は、立ち去る皿洗いアイドルの背中を見ながら、その境遇を哀れみ自分の軽はずみな行いを後悔していた。


 彼女を不幸にしてしまった……

 すまなかった……


 益荒男は、薄れゆく意識の中でせめて皿洗いアイドルのこれからの幸せを願った。


 そうだ、指紋……


 益荒男は皿洗いアイドルが素手だったことを思い出し、這いつくばるようにして台所へ移動し、脇腹に深々と刺さった包丁を抜いて、その柄から刃まできれいに洗い、意識を手放した。


 そうだ、ドアノブ……


 益荒男は意識を取り戻し、スポンジを持ったまま、血を流しつつ、玄関に這って行って、ドアノブをきれいに洗って、今度こそ意識を手放した。

 事件の匂いをかぎつけた有名探偵が乗り込んできたために、益荒男は蘇生措置を受け一命を取り留めたが、意識は戻らなかったし、包丁やドアノブからは指紋どころかルミノール反応も出なかったので事件は迷宮入りした。


 けれど、名探偵の真実に近い密室殺人未遂の推理内容は新聞の一面を飾り、世間に広まり、海外に高飛びしていた皿洗いアイドルは、罪に問われないまま、悪女のイメージが定着した。

 のし上がるためなら嘘をつき、自分の体も使い、口封じのためなら仲間をも殺す、というイメージを、帰国した皿洗いアイドルは逆手に利用して、悪女役の女優として成功することになるが、それはまた別のお話。




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