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一章5「氷鬼将はツンなダンディー魔人」

「……で。いったいなんの用だろう」

 入室が許され姿を現した客人に向かって開口一番、魔王は露骨に面倒そうな物腰だった。


 氷鬼将トワリニグルが常日頃の隙のない視線でちらりと一瞥を魔王の隣に控える人物に向ける。その意味に気づいた魔王が声をかけた。


「スービェリージェくん、お茶を頼むよ」

 顔を見ずとも、入ってきた相手に烈しい敵意を向けている気配の相手に言うと、

「――はい」

 感情を押し殺した返事がかえった。


 横目で鋭い眼差しを相手に放ちながら、秘書が退室する。深い恨みのこもった視線をあびて微動だにしなかった魔人が言った。

「感謝します」


「これからはアポなしの訪問は控えてもらえると助かるんだが。こちらにも色々と予定や都合というものがある」

「覚えていたら、そうしましょう」

 約束を守ろうとする意思を感じさせない返事。魔王は鼻を鳴らす。


「それで? 会議の後、すぐに戻ったんじゃなかったのかな」

「城の被害状況を検分しておりました」

「そいつはお疲れ様。皆も喜んだだろう」

 特に皮肉というわけではなく、魔王は言った。


 六鬼将の一角であり、一人の魔人としても名高いトワリニグルは魔界で絶大な人気を誇る。

 彼が作業場を訪れれば、基本的に何かを押しつけられることを嫌う魔物たちの作業態度にも目をみはる効果が出るのは間違いなかった。


「既に作業計画の骨子ができあがっているとのこと。仕事がはやいですな」

「皆、優秀だからね」

「彼女のように。ですか」

 鬼将は名前をあげなかったが、それが誰をさしているかは明らかだった。


「もちろん。まずあの外見からして稀有な人材じゃないか。いつも目の保養をさせてもらっているよ。できればああいう美人には、ずっと穏やかな顔をしていてもらいたいんだが」

 皮肉を受けて、はじめて鬼将の表情に変化があった。ふ、と小さく笑う。

「……確かに。だが、抜け殻のようになられるよりは、そこに何かが燃えているほうがいいというのもある」


 今度は魔王が不快げに顔をしかめる番だった。

「どうやら、氷鬼将と私では趣味があわないようだ」

「そのようですな」


 魔王はため息をつく。

「用件を聞かせてもらいたいな」


「既にある程度、被害報告があがっているなら話ははやい」

 氷鬼将は言った。

「被害の詳細と、復旧にかかる費用についてまとめた資料をいただきたい。今度の領鬼会には、それをもって臨む所存」


「……次の領鬼会の進行役は、確か君の番ではなかったと思うが?」

 魔王は張りを失いつつあるまぶたの皮膚を落とし、疑わしそうに訊ねる。

「提出を求められるまでにはまとめようとしていたところだがね。今はまだ、おおざっぱな数字しか出ていない。そりゃそうだろう、なにせ昨日の今日だよ」


「それでかまいません」

「こちらがかまうんだ。下手な数字をだして、あとから責任問題になったら困る」

「次の進行役は炎鬼です。都合よく改竄されたデータを出されてしまっては困る」

 わずらわしいやりとりを嫌うように、鬼将は単刀直入に告げた。


 進行役として資料を提出された相手がその情報を加工しない理由はない。炎鬼将は六将のなかでも随一の野心家の暴れ者として有名だが、決してそれだけではなく狡猾な面もあわせもっていた。


 勇者たちが見せた侵攻突破と、報告にあった食料や資材の確保への動き。

 もし炎鬼将の策謀が昨日の件に関わっていたなら、その結果についても自分の不都合になるようなことを隠す可能性はあった。


 それを防ぐために、加工前の報告書を求める。もちろん、炎鬼将――だけとは限らず、誰か、あるいは誰かたちへの追求の為に。


 考えるだけなら可能性はいくらでもあったが、そういったことに魔王はまったくもって興味がなかった。彼が気にすることは一つだった。

「……君たちの争いに巻き込まないでほしいんだが」


「無論、ただでとは申しません。先ほど、自分が会議で発言した補填補充の件」

 魔王の眉が動いた。

「もしお渡ししていただけるなら、戻り次第すぐにでも動くように手配しましょう。こちらは今年、特に不作というわけではありませんでしたからな」


 直轄領の寂しい財務状況を見越した発言だった。

 魔王は顔中をしかめて渋面をつくる。

「ありがたくて涙が出るな。しかし、物はともかく、人ということになると、他の連中が黙っていないと思うが」 


 言ってから彼は気づいた。その駆け引きのためにも、データの存在が重要になるということだった。自ら現場の被害状況を確認したのもそれが理由。


 駆け引きやら、綱引きやら、大変なことだなと胸のなかで息を吐いた。

 他人事ならいいが、この場合、引っ張られる綱に彼自身がぶらさがっているのだから面倒極まりない。


「戻って、すぐに動いて。到着はどのくらいになる? 物にもよるだろうが、ひとまず備蓄のものであれば週の巡りには間に合うか……」

 独白するように魔王が言う。

 鬼将は沈黙で計算がそう間違っていないことを示した。


 届きだすのは五日から十日。秘書の報告にあった物資が不足しだす予定が五日。

 なんともまあ、タイミングのいいことだ。


 あるいはまさか、目の前の相手が全てを企てた張本人なのではないかということまで思いつき、魔王はすぐに詮無いことだと思考をやめた。考えたところで仕方のないことだった。


 頭のなかに修復作業にいそしむ部下たちや、徹夜して状況の把握につとめた事務方たち、さらには寒い室内で震えるようにして眠る人間の少女のことまで考える。


 気前よくぽんぽんと使われた破壊魔法のせいで、魔王城の風通りは若干よくなってしまっていた。

 だからといって、それで別にあの少女の室内がどうこうというわけではないが――


「……わかった」

 魔王はうなずいた。


「荒いものでかまわないんだな。数値は現時点のもの、正確さは保証しない。その前提でなければ供出はできない」

「かまいません。こちらでも資材の運搬とともに数値は作らせていただく。そちらからの資料は、そのきっかけとなってくれるだけで事足ります」

「できれば、火の粉がこちらにまで飛んでこないような配慮もお願いしたいね」


「それは約束いたしかねますな」

 少なくとも、氷鬼将トワリニグルは正直だった。

「失礼ながら、あなたの立場とはそういったものだ。周りに動かされるのが嫌なら、周りを動かす術を模索するべきでしょう」


 お茶が間に合わなくてよかったなと魔王は思った。動いたあげくに謀殺された(と、ほとんどから信じられている)その婚約者に聞かせるには、あまりに酷な言葉だ。


 彼としては相手の台詞があまりに安っぽいことが気にかかった。助言としても、忠告としても。

 魔王は返事をせず、相手の態度を窺った。


 氷領鬼トワリニグルは、腹のうちをまったく見せない鉄面皮のような表情でいる。

 その発言になにかの意図があるのか、それとも馬鹿にしているだけか、深く考えないままに魔王は結論をくだした。まあ、どうでもいい。


「少し待ってくれ。数字が載っていて、まとまった報告書を探してみよう」

「よろしくお願いします」


 魔王は机のうえの書類をかきまわし、相手に渡すのによさそうな書類を探した。すぐに見つかったそれにざっと目を通し、内容を確認してから別のまっさらな紙をとりだす。


 文字と数字のいりみだれた書面に手のひらをかざし、もう一方の手で白紙を撫でつけると、報告書に書いてある内容がそのまま白紙にあらわれた。

 元の文面をそのまま写したのだから、内容に差異があるはずはない。それでも一応、上から下まで内容に目をとおしてから、書類の末にサインをかきつける。


「……これでいいかね」

「拝見します」

 受け取った鬼将が、軽く書類を眺めてから頷いた。


「けっこう。一足先に領地に戻りますので、物資については必要なものがまとまり次第、連絡をいただけますかな」

「誰か使いを送ろう。とりあえず、運搬の手配だけでもしておいてもらえると助かるな。お察しの通り、あまり余分な蓄えはなくてね」

「承知しました。では、私はこれで」


 用事をすませると、鬼将はすぐに部屋を退室していった。

 入れ替わるように戻った女性が、お盆を持ったまま問いたげな視線を魔王へ向けてくる。

「ああ、すまない。せっかくだから休憩にしようか」


 書類を乱雑に脇においやってスペースをつくると、秘書の魔人はかすかに眉をひそめたが、なにも言わずに魔王の前にカップを置いた。なかに透き通る琥珀色が湯気をたてている。


「座るかね」

「いえ、このままで」


 魔王は陶磁の器をもちあげた。熱い液体を喉に流しこんで、息をもらす。

 女性も紅茶に口をつけながら、窺うように魔王を見つめていた。


 どのように伝えるべきか少し考えてから魔王は口を開いた。

「――とりあえず、物資のあてはつきそうだよ」

「そうですか」


 見返りになにを、と聞いてくる眼差しに、

「被害状況を。生の報告が欲しかったらしいから、あまり過激じゃないのを渡しておいた」


 頭のいい女性は、それだけで事態をある程度把握したようだった。

 彼女がなにかを言いかけるまえに、魔王は言った。

「城の空き室に手をつけなくてよくなったんだ。ひとまず、それでよしとしよう」


 自分でも卑怯な物言いだと思う台詞だった。

 眉間に美しい皺をつくり、女性は複雑そうに目を伏せる。

「そう、ですね」


 別種の感情が内心でせめぎあっている様子に、魔王はふと視線を室内の他の場所へと移して、偶然目に入った壁時計にあわててカップを置いて業務に戻った。


 既に正午が近づいてきている。

 約束していた外出をする為に、残された業務はまだまだ山のように机上に積み重なっていた。



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