一章3「魔王軍御前会議」
その日、魔王城では朝早くから関係各者を集めた御前会議が開かれた。
文官、武官をとわず多くの魔物が謁見の間にずらりと列席し、中央の玉座には魔王クラウジフルが退屈そうに頬杖をついている。
「これは重大な職務怠慢である!」
巨人族やその他の大型魔物も入室している広大な空間に、エコーのかかった声が響き渡った。
全身で憤怒をあらわした悪魔族の魔物が、厳しい形相をさらに歪めて糾弾した。
「ハバルランの奥深くまで勇者どもを入り込ませた挙句、途中でその足取りを失うとは! その結果の奇襲! それによってこうむった被害は甚大! 情報部は今回の不手際に対して、いったいどのような責任をとるつもりか!」
魔人は魔王城の守備防衛部隊の長を務める人物で、先日の襲撃で多くの部下を失っている。
彼の怒りは当然のものではあったが、それに答える声は冷ややかだった。
「責任とは、意外な言――」
深いフードを全身にかぶった魔物が虚空を泳ぎながら言う。
「我々は手に入れた情報について、然るべき部署に然るべき報告で連絡している――」
「ならばなぜ! 昨日のようなことが起こるのだ!」
「我々の職務はあくまで情報の取得と伝達であり――それ以上については、当方の預かり知るところではない――」
くふ、とフードのなかの虚空から笑いの気配が伝播する。
「責任というのなら――むしろそれは、情報を得ながら失態を演じた側にあるのではないかと思うが、如何――」
「貴様ァ!」
守備隊長の魔人が踏みしめた石畳にひびが入る。それを見た魔王クラウジフルは迷惑そうに眉をひそめた。
「我らに責があると申すのか!」
「そういうわけではないが――」
激昂する相手の矛先をかわすように、フードがゆらゆらと揺れていた。
「昨日も結局は魔王様御自らお手をわずらわせたとのこと――いくらそれが奇襲とはいえ――たった一組の侵入に謁見の間まで入り込ませてしまうというのでは。そもそもの論点が異なってくるのではないかという疑念も、なきにしも――」
「前に出ろ! 下等な幽体如きが、思念ごと欠片もなくかき消してやろう!」
「くふ――怖や怖や――」
「……御前であるぞ。双方、控えよ」
最前列の魔物が低い声を発する。
種族や体格。多彩な異容が居並ぶ一同のなかでも、その魔人はひときわ強烈な迫力の持ち主だった。全身に鎧をまとった体躯は決して大きくないが、他を慄する無色の気配が溢れている。
ぐ、と言葉を飲み込んだ守備隊長の魔物が、別口から責めようと新たに唾を飛ばす。
「……そもそもが、だ! 連絡がこうまで遅れたことが問題だ! 勇者どもが姿を消したと連絡が入ったのは奇襲直前である! それで最善などとは片腹痛いわ!」
「――目標は、フィーゼグランから最短距離を南下するのではなく。炎鬼様領と雷鬼様領の狭間をかすむようにして侵攻突破をはかった――」
幽鬼族の魔物がささやくように言った。
「領地内の敵を確認するには、その地を預かる領鬼様の承諾が必要。追尾が遅れるのは必然。また、そこからの報告にも中継承諾が必要なれば、これは我々の最善を尽くしたものと断言せざるをえまい――」
「それは……ッ!」
彼より格上の存在に関わることを話題に持ち出された守備隊長が言葉につまる。
先ほど両名を抑えた魔人が、興味深そうに眉を持ち上げた。からかうような声で幽鬼族の魔物を見る。
「つまり、問題は我ら領鬼にあるということか? 情報局長」
「くふ。怖や――」
台詞を裏切った声音が返す。
「現状、情報の集中と連絡が万全ではないとだけ申し上げる――それ以上は、我に許された立場からおこなえるものではないゆえ――」
微妙な沈黙。
情報局長の発言は、魔王軍の組織的問題を的確に突いていた。
魔界には現在、七つの勢力が存在する。
対外的には、それは魔王を中心とする六体の領鬼として認識されているが、実際にはむしろ、六体の有力者たちの牽制と反目のうえに、無害な御輿として奉られている魔王という構図だった。
炎鬼、氷鬼、雷鬼、地鬼、妖鬼、龍鬼。
彼らは広大な魔界に領地をかまえ、それぞれの勢力を誇っていた。
自身も強大な魔力をもち、大勢の部下を従える彼らは他の領鬼に従うのをよしとしなかった。だからこそ、彼らには魔王というお飾りの存在が必要だった。
決して魔王個人の能力が彼らを従えているのではない。
その事実をしめすように、御前会議にも参加しているのは六鬼将のうち、ただ一体だけである。
氷鬼将トワリニグル。
武人としても高名なその魔人は、冷徹な眼差しで一同を見渡し、最後に玉座の魔王へと向けた。
「……発言の許可をいただきたい」
魔王クラウジフルの投げやりな頷きを得て、氷鬼将は厳かな口調で語りはじめる。
「情報局長の言には一理ある。連絡の後れが自体の悪化を招いたことは事実であろう。複雑な連絡経路の在り方について――あるいは勇者どものとった経路をかんがみるに、奴らもまたそのことに気づいている可能性が高い。とすれば、これをこのままに放置しておくわけにはいかぬ」
先ほどまで猛り狂っていた守備隊長や情報局長をはじめ、全ての魔物たちが聞き入っている。無数の視線のなかで堂々と言葉が続いた。
「ことは領鬼同士の話でもある為、この場でどうということは難しい。しかし、迅速な連絡手法の確立については、近い領鬼会にて必ず議題にだし、何らかの方策をとることを約束しよう」
おお、と魔物たちがざわめいた。
魔物たちの実質的なトップといっていい領鬼たちが、決して一枚岩ではないことは、その場にいる全員が理解している。
それでもなお、彼らがそれを疑わずにいられるだけの力が魔人の言葉にはこもっていた。
「また、魔王城修繕の費用はもちろん、今回失われた人的資源についても領鬼会にて話し合い、これについては万が一他からの了承を得られなかった場合にも、私個人から補填補充に動かせてもらう。……これでよいか、情報局長。守備隊長」
「くふ。異言なし――」
「はッ。そのお言葉だけでも、ありがたく――!」
頭をさげる両者から列席者へと視線を戻し、魔人は声を強めた。
「昨日の戦い、無事に勇者どもの魔手から魔王様をお護りした武功はまずそなたたちのものだ! 名誉は必ず相応に報われる! しかし、此度またも失敗した精霊の手先どもが、再び魔界へと侵入を果たしてくることは現時点で既に確定した未来である。諸君らにはこれからも一魔当千の兵として、益々の武吠忠勇を一心に期待する!」
おおおおおおおおおおおおお!
地鳴りのような歓声。
鬼将の名に恥じぬ圧倒的な統率力で会議をまとめあげた鬼将が、玉座の魔王を見上げた。
「魔王様。本日の会議について、なにか」
「――ああ、一つある」
魔王が頷いた。
質問した人物がわずかに片方の眉をもちあげたのは、こうした会議において、魔王が発言の意思を示すことは珍しいからだった。
魔王は頬杖をついたまま、居並ぶ一同に向かって覇気のない声で言った。
「あー。聞こえるな? ……今日は天気がいい。城内のシーツ等を忘れず外に干しておくように。繰り返す、今日は洗濯日和だ。シーツを干せ。以上」
――――。
さっきまでの熱気が嘘のように、その場が静まり返る。
白けきった空気に向かってまるで平然と、氷鬼将が再び声をはりあげた。
「各者はそれぞれのシーツを干し、速やかに自らの所属へ戻り通常業務へと回帰せよ。御前会議を以上にて終了する、――閉会!」