表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

幕間「上映『マジカルスレイブ・シユ!』」

 さして広くもない部屋に、大勢が集まっている。

 種族も体格もばらばらの多彩な顔ぶれの魔物たちが、熱気と匂いをたぎらせて暗闇のなかにひしめきあっていた。


 灯りが真っ暗に落とされた室内の中央、彼らの視線の先には、ちょっとした大きさの筐体が一つ。

 そこにはあわく発光する映像が映し出されていて、そして今まさに本日の決め台詞が使われようとしているところだった。


『――主をこけにされて黙っていては隷する者の恥』


 表情はあくまでクールに、瞳に激情を宿し。

 幼くも凛とした眼差しでカメラ目線に向かってささやく少女。


『あなたたちのお相手は、私(ここで若干の音声の乱れ)マジカル・スレイブ――シユがいたします』


 「YEAHHHHHHHHHHAAAAAッ!」


 咆哮。

 雄たけびのような歓声が室内に鳴り響く。


「シユちゃん、まじスレイブ!」

「やあ、この冷たい視線がたまりませんわー」

「あうあう、あうあうあぅあっ!?」

「ははは、顎の骨がはずれてるぞ、ジョーイ。最近あちこちもろくなっとるんだからあんまり興奮しなさんな」


 室内は一気に興奮の坩堝(るつぼ)と化していた。


 映像では、迫り来る正義の一団を相手に少女の大活劇がはじまっている。

 熱血男の初撃を最小限の動作でかわし、その後ろから追いかける女戦士の剣も余裕をもってさばく。

 牽制でメイスをかまえる僧侶を無視し、距離をとろうとしていた魔法使いに肉薄すると、掌底を腹部にめり込ませる。


 恐らく対峙した方にも油断はあったのだろう。


 相手はいかにもみすぼらしい格好の女の子で、武器も持たない。

 いくらはっきりと敵対の意思を示してきたとしても、魔物と戦うのとは異なり、人間を相手にする躊躇が生まれたとしても不思議ではない。


 そして、もっとも危険な人物を沈黙させた時点で、すでに勝敗は決していた。


 あとは処理。

 文字通りの意味でのそれが続く。


 少女は決して裂帛の気合を吠えたり、大げさな手振り身振りで観衆に魅せることはしなかった。

 淡々と、機械的な動作で目の前の敵を打ち倒していく。

 しかしそうしたアクション場面におけるマイナスポイントは、映像を撮るカメラマンの腕、その粋を凝らした手法の数々により極限まで薄められ、かわって少女の魅力がひきたてられている。


 少女が身にまとっているのはぼろの布切れで、ほとんど衣装の意味をなしていない。被写体が少し動けばそれだけでひらりと裾が舞い、そのなかに秘められた未熟な肢体がのぞいてしまう。


 そこを計ったような際どい角度でカメラは写す。

 決して見えすぎず、見えなさすぎず。


 元々が直結思考の魔物たちは、それだけでもう興奮ゲージ上昇、アドレナリンMAX状態に陥っていた。


 そんな彼らを煽るように、さらにカメラは際どく四方から少女の活躍を映し続ける。

 画面外に外れた相手を追ったカメラが偶然、ピンボケしたさえない中年の渋面をとらえたが、一瞬もとどまることなくすぐに消えた。


 程なく、四人を相手にして完勝を収めた少女が、這いつくばった連中に冷ややかな眼差しを向けた。カメラ、ズーム。


『魔界の平和はこの私が守ります。殺され、犯され、地獄をさまよってからまた出直してくるといいでしょう』


 よくよく見れば被写体の口元はぴくりとも動いていないのだが、もはやそんなことはその場にいる誰にとっても些細なことでしかない。画面に食い入る彼らの興奮は絶頂に達し、咆哮と足踏みの振動で石積みの建物からぱらぱらとかけらが落ちた。


 どこか遠くを見るような少女の眼差しとともにエンディングテーマが流れ、うさんくさいナレーションによる次回予告。

 もはやその声も届かず、室内は少女の名前を呼んでの大合唱である。


 「シーユ! シーユ! S・I・Y・U、シーユーぢゃあああああん!」


「……なんでしょう」

 がちゃりと扉をあけて、迷惑そうに眉をひそめた少女が顔を見せる。


 合唱、終了。


 ぱちりと室内に明かりが灯り、魔物の一人は熱気あふれる表情をさわやかに崩して――大抵の人間から見れば、恐ろしくしか見えない表情で――言った。

「これは、シユ様。申し訳ありません、騒がしかったでしょうか。ただいま先だっての勇者襲撃の際、あまりに我々が不甲斐なかったことについて、城仕えの者どもで大反省会をしておるところでして」


 会議というにはあきらかにおかしな人数とその場の雰囲気に、いぶかしげな表情のまま、先ほどまで映像に映しだされていた少女は小さくうなずく。

「……そうですか。ご苦労様です。ただ、まだ魔王様がお休みになられていますので。その、ほんの少しだけ、声をおさえていただけると嬉しいのですが」


「は。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。以後気をつけます」 

 勤勉な表情をつくって、石人獣の魔物。彼らの後ろでいまだに映像は流れたままだが、音声だけカットされている。大きな魔物たちの体躯にはばまれて、少女がそれを見ることはかなわなかった。


「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 魔物たちの背後を怪しみながら、それ以上の検索はせずに顔をひっこめかけた少女が、扉を閉める前にふと気づいて顔を戻す。

「――あ。そういえば」


「はっ! なにかっ!」

「昨日は、お疲れ様でした。魔王様を守っていただいて、ありがとうございます」

 少女の口元に浮かぶほんのかすかな微笑。


 ぱたん、と扉がしまる。

 あとには少女のもたらした清涼な香りが微風とともにかぐわしく残り。


「うおおおおおおおおおおお、シユちゃん、最高ー!!!」


 達したかのような絶叫。

 廊下を歩いていた少女は魔物たちの咆哮を背中に受けて振り返り、首をひねりながら去っていった。



 奴隷少女マジカルスレイブ・シユ。第79話「奇襲! 魔王城の決戦?」の上映は好評のもとに終了した。


 時間的には決して長くない映像作品だったが、それを堪能した魔物たちの表情はいずれも満足げで、極上の獲物にありつけたような至福のひと時を彼らは味わっていた。


 しかし、味わえば味わうほど、次を望んでやまないのが彼らの性でもある。

 当直の衛番に向かう鳥翼族の魔物が、知人の一つ目族の魔物に言った。

「いやあ、やっぱシユ様はいいなあ。前にはじめて見たときは、骨と皮しかない薄汚れた人間のガキんちょだったけどよー。最近はどんどん――なんつうの。気品? みたいなの出てきてるよなー」


 寡黙な人となりの一つ目族の魔物は、ちらりと同僚をみやって言葉少なく応じる。

「……人間の成長ははやい。素さえよければ、磨かれるのが宝石というものだ」


「宝石。まさにそうだなあ。ああ、どんどん美味そうになっていくんだろうなあ」

 くちばしからぺろりと長舌がのぞく。

 周囲をはばかるようにして、鳥翼族の魔物がささやいた。

「――正直言ってよ、食っちまいたくなるよな」


 ぎょろりと巨大な瞳が鳥翼族の魔物を見据えた。

「……本気で言っているのか」

「なんだよ。お前はあんな美味そうな肉を見ても、そうならないってのか? ケーっ、嘘つくんじゃねえよ」


「まさか」

 にぃっと一つ目族が口元を吊り上げる。


「臭みのない肢体。毅然としたたたずまい。食いたくてたまらんさ。魔物に生まれた者なら、誰だってそうだ」

「お、わかるねえ。なんならやっちまうかい。魔王様の物好きで、鎖にもつながらずに放し飼いなんだ。城のなかだって襲える場所はいくらでもある」

「いいな。俺の知り合いにも食いたくてたまらんといっている連中がいる。声をかけていいか」

「おう、いいとも。なに、魔王様にだって、逃げ出したとかなんとか言えばバレやしねえよ。しょせんは人間なんだ。簡単に死んだり、いなくなるものだってちゃんとわかってるはずさ」


「そうだな。ならさっそく声をかけてみよう。竜族に幻獣族、屍鬼族に耳長族に……思いつくだけでも百以上にはなるか」

 あごに手をあてながら一つ目族の魔物。

 ぎょっと目をむいた鳥翼族が大仰に両手を広げる。両腕にならうように、背中の翼も広がった。

「百って、おいおい。それじゃ一人あたりの量なんて、爪の先ほどにもなりやしねえ」

「そうだろうな。お前が言っただろう。誰でも食いたくなる、と」


 一つ目の魔物は醒めた口調だった。

「極上の獲物への抜け駆けを誰が許す? そんなことをすれば、食ったそいつがその他全員から食われるだけだ。その覚悟があるなら、一人で事に及べばいい」


 言葉に含まれる本気を感じ取った鳥翼族が、ごくりと喉を鳴らすかわりに翼をはためかせた。

「……ちぇ。わーかったよ。結局、俺らは遠くから愛でるしかないってわけな」

 不満そうな様子に、一つ目族の魔物はふっと表情をやわらげる。


「お前はシユ様が来てからしばらく外に出ていて、まだ“入会”して日が少なかったな。不満はわかるが、お前の気持ちはみな同じだ」

「だから我慢しろってのかい。ケーっ。胸糞わるいぜ、それでも魔物かよ」

「そうではない。むしろそれこそを味わうのだ」


「味わう?」

 けげんそうに顔をひねる鳥翼族。


「シユ様のお姿を脳裏に浮かべるだけで、よだれが出てくるな」

「おう」


「あの目、あの口。あの薄い胸。たまらんだろう」

「お、おう」


「思い出せ。イメージしろ。一本の髪にいたるまで脳裏に描き、一瞬の律動さえ残さず心中に刻み込め。そうすれば――」

「――そうすれば?」


「想像するだけで肉の三頭やそこらは余裕でいけるぞ。知り合いには、葺き藁に至高の味を見出した者までいるからな」

「……あんたらってすげーなあ」


 ふ、と一つ目族の魔物は年長者の笑みを浮かべる。

「『シユ様を生温かく愛でる会』のメンバーとしては、むしろ必須スキルだぞ? なに、誰もが通る道だ。お前もすぐに会得できる。今度コツを教えてやろう、俺の秘蔵グッズを使ってな」

「おお、まじで。あざっす、ご指導お願いしゃす、先輩」


 『シユ様を生温かく愛でる会』


 それは魔王城仕えの魔物たちを中心として、最近活発に運動している非営利組織である。

 種族をこえ、性別をこえ、その活動範囲は広く深い。


 ちなみに。

 『魔王様をお守りする会』やそれに類する非営利的な団体及び組織活動は、現在、魔界のいかなる場所にも存在を確認することは出来ない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ