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プロローグ2「魔王城の決戦?take2」

 誰も動けない。

 玉座に座る魔王も、それに対峙する勇者たちも、あまりの気まずさにどうすればいいかわからなくなっている微妙な雰囲気だった。


「カット」

 冷ややかな声が響いた。


 部屋の奥から現れたのは一人の少女。

 薄暗がりでもわかる粗末な服装に、ぼさぼさの頭髪。しかし勇者達が顔をしかめたのは、その人物の外見にではなかった。


 十代半ばにも届かないその少女は物怖じしないふうに玉座に近づくと、腰に手をあてて玉座の人物になにかを語り始めた。

 しゃべっている内容までは勇者たちには届かない。

 しかし、それが異様であることは聞くまでもなくわかった。


 玉座の魔王はしょんぼりとしている。肩を落として、小さく頭をうなずかせて。

 どうみても、それは説教を受けて叱られている図にしかみえなかった。


「なんだ、ありゃ」

 勇者が気の抜けた声でうめく。

 いざ決戦、と勇んでいた身からすれば、当然の反応だった。 

「人間の、女の子。に……見えますが」

 僧侶の声にもさすがに戸惑いがみえる。戦士は渋面で、魔法使いはぱちぱちと大きな目をまばたきしていた。


「――失礼。お待たせしました」

 困惑する彼らに気づいた少女が、彼らを振り向いて平坦な声音で言った。

「主にかわり、ただいまの無礼をお詫び申し上げます。……それで、誠に申し上げにくいのですが。皆様、もう一度なかにはいってくるところからやりなおしてはいただけませんか」


「……なんだって?」

 ぺこりと頭をさげ、淡々と向けられた言葉の意味をはかりかねて、勇者は眉をしかめる。

「なかにはいってくるところから、やりなおせ? なに言ってんだ」

「係の者が撮影中なのです。我が主がそそうをしてしまいましたので、できればはじめからやりなおしていただければな、と」


「撮影中? ……馬鹿にしてんのか」

 ぎりと歯を鳴らして虚空に剣を突きつける。

「俺たちは遊びに来たんじゃない。ふざけるなよ」

「……そうですか。そうですね、失礼しました。それでは編集でなんとかいたしましょう。では、魔王様。以降はお気をつけください」


 そのままどこかに去ろうとするのを、あわてて勇者が呼び止める。

「待てっ。きみは、何者だ。――人間なのか?」

 振り返った少女が答えた。

「私はこちらの魔王クラウジフル様にとらわれた一介の哀れな奴隷でございます。どうぞお気になさらず」


「なんだって。おのれ魔王、年端もいかない女の子に、なんてことを!」

 雰囲気を戻すとっかかりを得た勇者が、びしりと剣をつきつける。魔王は渋面でなにかを言いかけるが、勇者の後ろの三人がはやかった。


「そんなぼろぼろの格好で、ご飯ももらえてないのでしょうね……」

「外道だな。剣の錆びにしてくれる」

「きっとロリコンなんだよ! 毎晩えろいこと無理やりさせてるんだよ、絶対!」


「さ、させてないぞ! そんなこと!」

 思わずわめいてから、はっと隣からの視線に気づいて押し黙る。

 主を極寒の眼差しで黙らせた少女が、勇者たちにむかって冷ややかに言った。

「あなたたちはなにを言っているのですか。我が主を馬鹿にしないでください」

 魔王が安堵の息をはきかけて、

「――魔界の頂点たる魔王のえろさを、そこらのえろと思っていただいては困ります」

 続けられた台詞に、ぶっと吹き出した。


 恐れおののいたように勇者がたじろぐ。

「な、なんだって。それはつまり……」

「どえろです。えろえろです。アブノーマルどころではありません。アブノーマルがこい、です」


「そんな馬鹿な……!」

「ひどい! 人類の敵、女の敵!」

「下種め。吐き気がするぞ」

「サイテー! しんじゃえ!」


「私はノーマルだ! シユ、変なことを言うのはよせ!」

 ほとんど悲鳴のような声をあげる魔王に、シユと呼ばれた少女は淡白に応える。

「なにをおっしゃいますか。よがり狂わせた女子どもは星の数、今日も黒光る剛直が天を穿(うが)つ。生涯絶倫、セクシャル魔人クラウジフルの名が泣きますよ」


「なんだそのいかがわしい異名は! どこでそんな言葉おぼえた!? 女の子がそんなはしたない言葉を使うのはやめなさい!」

「親衛隊の方々がよく口にされていますので、自然とおぼえました」

「ろくに仕事もせんで、あいつらはあああ! 減俸だ、クビだ、クビ! 誰かあいつらを今すぐこの城から追い出してきてくれ!」

 威厳をかなぐり捨ててわめき散らす魔王を白けた様子で見守っていた勇者一向は、シユという少女の冷たい眼差しにはっと我に返った。


「おのれ、魔王! お前だけは許しておけない!」

「そうよ! 世界の平和のために、あなたを討つわ!」

 がっくりと肩をおとしたまま、魔王がぱたぱたと手を振った。

「ああ、もういい。わかった、お前たちの勝ちでいいから」


「……は?」

 敗北宣言に、威勢をそがれて顔をしかめる。

「だから、そちらの勝ちでいいって言っている。おめでとう、コングラチュレイション。君たちの活躍で世界は救われた。そして伝説――」

「なわけありません」


 魔王の肘掛についた手をはずす。がくんとずっこける相手を見下ろして、シユが冷ややかにいった。

「なにをとち狂われているのです。戦いもせずに降伏など、それでも魔王ですか」

「だって面倒くさいじゃないか」

 真顔で魔王は言いきった。

「わざわざこんな魔界の奥深くまで苦労して来てくれたんだ。その努力だけでたいしたものじゃないか。我々としては彼らの行いに誠意をもって応えるべきだ。そう、怒りや敵意ではなく、寛容と平和でもってね。争いからはなにも生まれない。そうとも。認めてもらいたいのなら、まずこちらから認めてあげなきゃいけないんだ」


「黙れ○○魔王。△△ついてるんですか。この□□」

 少女と思えない暴言に絶句する主からぽかんと見守る勇者たちへと視線を転じて、

「魔王一人を倒せば全て事足りると思っているような、あんな連中に後をまかせるなど言語道断です。あなたは連中に魔界が荒らされるのを黙ってみているつもりなのですか」


「――ちょっと待ってくれ。俺たちは別に荒らすとか、そんなんじゃ」

 聞き捨てならない発言に勇者が言葉を挟む。

 対する少女の眼差しは冷厳ですらあった。

「では、あなたたちは魔王様を倒してそれからどうするのです? 後のことなどどうとでもなれと、意気揚々と故郷に凱旋するつもりではないのですか。それからのことを考えていますか。魔王なき後の混乱について。人間の勢力を率いて攻めてくるのでしょうか。統制がはずれた魔物たちが暴れだすことは考えていますか。それら全てを倒してしまえばいいと、そんなふうにでもお考えですか」


「それは、でも」

 口後もる勇者にかわって、僧侶が一歩前にでた。

「シユ、といいましたね。あなたの口振りでは、魔王という存在が必要なもののように聞こえます。おろかな考えだとは思いませんか」

「そう言っています。あなたたちこそ、魔王という存在の意味について少しでも考えたことがあるのですか」


「……かわいそうに」

 僧侶は優しげな顔をしかめた。

「魔に心までとらわれてしまっています。今のあなたは正しい物の見方をできなくなっているのです」

「自らの価値の外にあるものを憐れむことしかできないあなたこそ、哀れです」


「ねー、なに難しいこと言ってんのよー」

 同じ年の頃の魔法使いが口をとがらせる。

「そいつ、悪いやつなんだよー。悪いやつを倒してあげるって言ってんのに、どうして邪魔するの」

「悪? それはあなたたちのことでしょう」

 少女は言った。

「いきなり他人の家に乗り込んできて、そこらじゅうを漁って、いい面の皮ですね。こっちにしてみれば、そちらのほうがよほど我々の平和をおびやかしています」


「ふざけるな!」

 勇者が声をあらげる。

「きみは、魔物たちが世界中でやっていることを知らないのか! 村を襲い、人々を殺しているんだぞ!」

「同じようにあなたたちも魔物を襲い、殺し、皮や骨をはいで嬉々として売りさばいています」


「――もういい」

 うっとうしげに大剣を振り、戦士が言った。

「あれは狂っている。言葉でわかる相手じゃない。なら、その元を叩き切るだけだ」

「……そうですね。それが一番かもしれません」

 苦渋にみちた表情で僧侶がうなずき、待ってましたと魔法使いが杖をかまえる。


 勇者は辛そうに少女を見たあと、憎しみのこもった目で魔王を見た。

「見下げ果てたやつだ。人間の子どもを惑わして、俺たちの意気をくじこうなどとはな。正々堂々と戦うことすら出来ない、とんだ軟弱な魔王がいたものだな」

 場の成り行きを渋い顔で見守っていた魔王は、侮蔑の眼差しを受けても抗弁しなかった。


 かわって、近くに立つ少女の瞳にぎらりとした輝きがともった。表情はあくまで淡々としたまま、静かな口調に凍える炎の熱さがこもる。

「――キーリさん。撮影は以上でけっこうです。ありがとうございました」


 ――了解――


 声帯ではなく、空間を震わさずに響いた声に、勇者達があわてて周囲をみわたす。

 が、何者も見えない。

 その声は周囲の闇から響くように曖昧で、声がどこから発せられているかようとして知れなかった。


 ――でも、いいの? まだ魔王様の活躍、とれてないけれど――


「計画変更です。たいしたことのない相手ですし、領鬼様たちへのいいデモンストレーションになるかと思いましたが。主をこけにされて黙っていては隷する者の恥」


 ――さっき、自分がひどいこと言ってたのに。ま、了解――


 声がとだえた。

 ぼろきれをまとった粗末ななりの少女が、ゆっくりと玉座の段からおり始める。


「おいおい、君みたいな子が、なにを……」

「黙りなさい。騙る者」

 半笑いの勇者の言葉は、一言で切り捨てられた。

「あなたが冠するその役を誠に背負うのなら、行動で示しなさい。そうすれば、これ以上恥をかくことはないでしょう」

 冷ややかな嘲弄。勇者たちの表情から笑みが消える。



 そして、戦いが始まって。

 なんの盛り上がりもないまま終了した。



 こてんぱんに叩き伏せられて倒れる勇者たちを眺めて、魔王クラウジフルは深いため息をついた。


 倒れる四人の中央に立つ少女が玉座を仰ぎ見る。

「魔王様。処置はどのように」

 魔王は黙って人差し指をはしらせる。

 勇者たちの姿が(かすみ)に包まれたかと思うと、次の瞬間にはどこかへと失せた。


「……どうせまたやってきます」

 表情の見えない顔をわずかに不満そうに、少女。

「また倒せばいい」


「今度はもっと大勢で来るかも」

「それでやられるならそれまでだ」


「城の者も大勢やられました。憂さ晴らしや、食べたがっていた者もいるでしょう」

「私が食べたことにしておけ」


 少女はため息をついた。

「また恨まれますよ。いいえ、わかっている相手からは、侮られるだけです」

「どうでもいい。そんなことより、シユ。こっちに来なさい」

 手招きする魔王に、不承不承といった仕草で少女が近づく。


 魔王は少女の手をとると、血に濡れた手を包み込んだ。

 すぐに手をはなすと、それまであった傷や汚れがなくなっている。


「……ありがとうございます」

 魔王がなにかを言い出す前に手をひいて、少女はそのまま魔王の元から去っていく。

 うす汚れた小さな背中にかける言葉が見つからず、魔王は玉座に頬杖をついた。


 襲撃のあとの魔王城には、早くも復旧の喧騒がおとずれようとしている。

 さわがしい音を払い、わずらわしい灯りを消して、魔王は物思いに闇へと落ちて目を閉じた。


 丸まった背中には、魔王の威風などかけらもない。

 ただ生きることにくたびれたような中年魔王の侘しさが、木枯らしのように吹いていた。



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