再会2
僕と彼女が睨み合っていると、急に彼女は空を仰いだ。つられて上を見てみるが、そこには何の変哲もない青い道が広がっている。
何事かをその空に語りかけているようだ。その言葉はあまりにも早口な上、およそ言葉とは言えないものだったので聞き取ることは出来なかった。
少しして、話し合いが終わったのか彼女がこちらを向いた。相変わらず瞳は冷たい。
僕は見られていたが、なにもできなかった。ただ馬鹿みたいに見詰め返すことしかしていない。だって、そうだろう?なにかを言わなければ、意思なんて伝わるはずがないんだから。
僕と彼女は永遠とも思える時間をただただ無為に過ごした。
いい加減、飽きが来た僕は背を向けた。話し合おうにも彼女の口が堅く閉ざされ、開くとは思わなかったからだ。こう見えてもそれなりに忙しい身としては、こうして時間を無駄にしたくはなかったこともある。
数歩歩くと、後ろからついてくる足音が、自分のそれと重なった。怪訝な表情を浮かべて、僕は首を動かした。僕が止まると、同時に静止した彼女は、事もなげにそこに立っている。いったい、どういうことだ。
再び歩を進めると、同じ様に彼女も歩き始めた。どうやらついてくるらしい。どうせ、理由を聞いたところで答えが返ってくるとは思わなかった。なら、どうするか。それは至極簡単なことだった。撒けばいいだけのことだ。今まで楽な人生を送ってきたわけでも、全うな生活を送ってきたわけでもない。裏の世界の修羅場を潜ってきているのだ。追っ手を撒くのは造作ない。
全く同じ歩調、歩幅でつけてくる氷の尾行者をかわすための案を一瞬のうちに練り上げ、それを実行に移す。
角を曲がり、彼女の死角に入った瞬間駆け出した。一般的な手ではあるが、最も効果は高い。その証拠として、多くの者が使っているのだ。それに僕の方に地理の利があることは間違いない。それだけでも絶対的なアドバンテージだった。
入り組んだ薄暗い路地を這い回るように疾走する。その動きは軽やかで、捕食動物を思わせるものがあった。
一度だけ振り返ったが、そこには薄暗く汚らしい路地が続いているだけだった。ただ、彼女がただ者ではないことは必至だ。念には念を入れ、道だけを走るのは利口ではない。廃ビルを経由し、壁を乗り越え、この裏の世界を縦横無尽に駆け回った。そして、到着したのは使われなくなって大分経つだろう、大きな廃ビルの屋上だった。
ここまでの道のりは、易しいものではない。いつ崩れてもおかしくないような階段や部屋が階下に蔓延していた。そんなところに乗り込んでくるような命知らずは、経験上まずいない。
この壊れかけの建物の屋上から、腐った世界を見下ろした。眼下に広がるのは光と闇の境界線。一歩踏み出せば活気溢れる世界が広がり、道を踏み外せば堕落が、住まう世界が広がる。
そんな世の中を知らずに歩く人々を見詰めつつも、僕は彼女の姿を探した。恐らくは、完全に見失っただろうが、確認を怠りたくはなかった。いつだって、用心するのに越したことはないのだ。
と、不意に風が吹いた。
「……羽?」
穢れのない純白の羽が風に舞い、横を通り過ぎていった。僕は何気なく振り返った。
屋上より少し高くなっている給水塔の上で彼女は片膝を立てて座っていた。背後にある白く、大きな翼で体を抱くようにして僕を見詰めている。
僕はその光景の不自然さも気にする余裕すらなかった。再び黙って、見上げるように僕は彼女の、虚ろに彼女は僕の瞳を見た。
「……今から私は、あなたから離れないわ」
そう言って、僕らの第二の出会いが果たされた。
この晴れ渡る空の下で――。