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再会

 軽く身支度を整え、僕は街を徘徊することにした。

 都心というのは、人口や建物が密集しているだけで、人との距離は大きく開いている。誰もが他人に興味を持たず、傍観者を決め込むのが今の常だ。海外との――主に欧米だが――交流のため世界はより個人主義化し、繋がりという絆は見えないものになっている。

 こんな寂しい世界で更に寂しい思いをしているのが、霊児たちだ。彼らは孤独という心の空白を人で埋めようとする。姿は見えず、声は聞こえずとも彼らは確かに存在し、そこにいる。彼らは、人間が気付かないと分かっていても人の気配を感じていたいのだろう。その証拠に人口密度の高い都心には、姿を多く見ることが出来る。ただ、死んでいく人が多いとも言えるのだが。

 そして、僕に出来るのは彼らを繋ぎとめるものを断ち切ることだけだ。枷を外し、魂の眠るあの空に還してあげるために。

 僕は人ごみを避け、やや人気が少なくなっている裏路地に足を向けた。ビルの間からの空の景色は狭く、悪い。立ち並ぶビルのお陰でせっかくの青空が台無しになっていた。

 なぜこんな裏通りに入ったのかというと、確かに霊児たちは人気の多い場所に集まるが、若干の距離を置くものが多いからだ。それらの多くは、自分の存在を認識して貰うことが叶わなかった虚しい霊児。認知されない苛立ちや悲しみで、人を避ける。だが、繋ぎとめるなにかのために大きく離れることが出来ずに、こんな陰気なところにひっそりと居座る。そう、捨て犬のように。

 路地に入ってから30分ほど歩いてみたが、霊児が現れる気配はない。僕としては、現れないにこしたことはないんだが。

 「やめてくれ!助けてくれ!」

 空白を打ち破る悲鳴。

 こちらの世界では良く耳にする台詞だ。誰かが襲われているらしい。止まっていた時間を動かすには丁度いい材料だった。

 僕は声のする方に駆け出した。

 吹き付ける風は嫌な雰囲気を運び出していた。太鼓を打つ心臓は緊張か、運動のせいなのかどちらか分からない。

 近付く声に足音。どうやら相手も走っているようだ。そうとなれば好都合。より早く合流することが出来る。あと少し。

 それからものの数秒で相手を発見することに成功した。

 出てきたのは、ビルの合間にぽっかりと空いた空間。広さはそこそこある。路地にこんな場所があるなんて知らなかった。と、今はそんなことを考えている場合ではない。

 僕は視線を追われていただろう男に向けた。そこに感じる微かな違和感。一歩踏み越えた感覚。それは男が霊児だということを瞬時に判断させるものだった。

 男は壁に追いやられ、腰を抜かしたように座り込んでいた。そして、その前には見覚えのある姿があった。以前に会った時と同じく白い装束に身を包み、鎌を振り下ろそうとしている。

心中で舌打ちしつつ、男に駆け寄った。がだ、他人の、しかも命のないもののために死ぬ気はさらさらない。首から下げている大きめの十字架のチェーンを引きちぎり、黒光りする刃に向け、力の限り押し出した。

 衝撃に耐えるため歯を食いしばっていたが、いっこうに重き一撃は襲ってこない。顔を上げると、少女の無感情な瞳と十字架の前で止まった鎌があった。軽い既視感に眩暈を覚えた。

 「なにやってる、早く行け」

 この好期を逃す馬鹿はいない。僕は頬のこけた冴えない霊児に言った。

 男は立ち上がり細身の体をふらつかせながら、壁をすり抜けていった。すると、すぐに気配は消えた。

 少女も追っても無駄だと気が付いたのだろうか、くるりと踵を返した。

 なぜ鎌を止めたのか、霊児を襲うのか様々な質問が浮かび上がったが、その中で最も興味を引いたのは、

 「……待ってよ。君はいったい何者なんだ」

 彼女の正体だった。エクソシストとは違い、この世に在らざるものも見える。そして、自分の影に向き合うような感覚。僕はこの少女に純粋に興味を持った。

 少女はピタリと足を止め、音も無く振り返った。

 「……あなたこそ、いったいなんなの?」

 以前から邪魔されていたことに腹を立てているのか、吐く台詞は厳しかった。だが、その凛とした声は、いやに平坦で感情が感じられない。まるで死者か人形とでも話している気分だ。

 「僕はエクソシスト――退魔士――だ。そういう君はなんなんだ。霊児は見えてる上にむやみに襲うようなことをする。どう考えても尋常じゃない」

 「……あなたも人外なのね」

 その一言に舌が凍りついた。

 「あなたも私も彼らが見えているんだから」

 「どういうことだ」

 凍った下をなんとか溶かし、その言葉だけ吐き捨てた。

 「死神」

 「なんだって」

 聞こえていたはずなのに、気付けば訊きかえしていた。

 「私は死神よ」 

 馬鹿な。死神だって?そんなものが存在するはずがない。そう否定したがる自分もいたが、本能的にそれが真実だと理解していた。自分でも信じていたからかもしれない。誰にでも平等な死。究極にして完璧な“絶対”。唯一、世界に存在する決まりごと。

 僕はこの時、思考することができなかった。もし仮にできたとしても、こんな世迷言は信じないだろう。そう信じちゃいない。少なくとも、今、この時までは――。


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