教会
大変遅くなってしまって申し訳ありません!なにかと多忙な時期に突入してしまいました。ですが、頑張って更新はしていくので今後もよろしくお願いします!
白。辺りはその一色だった。
吹き付ける雪は辺りを染め上げ、輪郭をも奪っていく。一歩先まで霞むその世界では、自分ですらかき消されてしまいそうだった。
その雪のベールの先には小さい灯の光が見えていた。遥か遠いようで、近い。それは決して自分が踏み込めない距離でもあった。
不意に力が抜け倒れた。音は遠ざかり、景色も霞んでいく。あとは闇が体を包み込むだけだった。
「……夢か」
以前から時たま見る夢だった。一人、吹雪の中置き去りにされ佇むという、ひどく悲しい夢。
「大丈夫ですか?」
起き上がり頭を抱えた手から横目で声の主を見た。
「うなされていましたよ」
心配そうに覗き込んでくる彼女に言った。
「大丈夫です。大したことじゃありませんから」
その言葉を受け、その顔は安堵に変わる。
長い栗色の髪に優しげな眼差し、物腰の柔らかさが伺える女性だ。修道女である彼女は黒い衣服に身を包んでいた。
「それは良かったです。今、汗を拭きますね」
「いえ――」
断ろうとしたが、それは聞き入れてもらえないようだ。おそらく、意識的にそうしているのではなく、自然と体が動くのだろう。献身的な態度は慈愛に溢れていた。
こちらが裸という事に全く驚きもせず、背中を拭きにかかった。僕は諦めて、彼女が拭き終わるのをじっと待った。上半身があらかた拭き終わると、
「これで綺麗になりましたね。もう大丈夫ですか?」
そう微笑みと共に言った。
「はい」
僕は簡潔に答えた。
「よかった。ああ、朝食の準備が出来ていますので、着替えて降りてきてくださいね」
彼女が出て行った後、少し大きめのため息をついた。
今僕が使っている部屋は教会のものだ。今の時代、寺は山奥や重要文化財を除いて教会と取って代わるようになった。都心には多くの教会があり、どこでも祈りを捧げることや悩みの相談が可能になった。この教会もその一つである。ちなみにここは先程の彼女が、責任者となっている。女性の上にあの若さで、一つの教会を持つことが許されるのは、彼女が相当有能な者だということに他ならない。あの様子からは想像できないことだった。どのような経緯でここを手に入れたのかは皆目見当もつかないが、大した興味も沸かなかった。
しかし、今朝はどうしてあんな夢を見たのだろうか。突然の疑問にはすぐ答えが出た。
白。その色は彼女が纏っていた色そのもの。彼女とは数日前に会った鎌を持った少女のことだ。きっとあの印象が頭に残り、今朝の夢を見せたのだろう。
考えを打ち切り、僕はいつも着ているエクソシストの装束で身を包み、部屋を後にした。食堂に向かう途中にある洗面所で顔を洗い、その足で食堂に向った。
食堂に入るなり、スープのいい香りが漂ってきた。基本は和食なのだが、今日は洋食らしい。パンとスープが席に並んでいた。
「早かったのですね。もう少しゆっくりしていてもよかったんですよ」
先刻と変わらぬ笑みを向けてくる。
僕はなんだかこの笑顔、というか彼女が嫌いだった。余りに無防備で純粋。人の心に入り込むような感じがしてしょうがなかった。
ところで、紹介が遅れたが彼女の名は雨宮楓。年齢は僕より上なのは確かだが、それ以外は分からない。見た目では二つか、三つほどしか違わないように見える美しい女性だ。実際、巷で「生きた聖母」と呼ばれる彼女を見るために教会に足を運ぶものもいるほどだ。
「おはようございます」
「待っていてくれたんですか」
「ええ、食事は皆でするほうがいいですから。といっても、私と蒼児さんしかいませんが」
「先に食べてもらっても構わなかったのに」
「いえ、ここに住んでいる以上、蒼児さんは家族ですから」
曇りを知らない笑みを向けられる。眩しいと思えるほどだった。
「ありがとうございます。雨宮さん」
「楓で結構ですよ」
いつもの台詞。彼女は親しみを込めて僕を「蒼児」と呼ぶ代わりに、自分を「楓」と呼んで欲しいらしかった。それは彼女にとって一種のコミュニケーションなのだろう。
「分かりました」
いつも通り素っ気無く返事をして、席に座ると楓の挨拶を待った。
「それでは神に感謝を」
顔の前で手を十字に描くように動かす。食事の前には毎回やる神への感謝だ。これをやらないことには食事ができないことを経験した僕は、楓の前でだけはこの仕草をするようになった。もちろん神に感謝などしたことはなかったが。
「いただきます」
二人が声を合わせてそう言うと、朝食が始まった。
パンをちぎり口に運ぶ。焼き立てなのか香ばしさが広がった。主食であるスープもシンプルなわりに深い味わいがあった。この辺りは楓の料理好きが伺えるところだ。伊達にこの教会の家事を全て取り仕切るだけのことはある。
「今日はお出かけになるんですか?」
食事というのは神に感謝し、その食物を味わうために会話というものは原則として禁止されている。しかし、人懐っこい楓にしてみればこの決まりは辛いのか、いつもこうして破る。
「はい、少し仕事でも探しに行こうかと」
「お仕事ですか!それは立派です。悩める人々を救うのは本当に尊いことですから」
自分も人々に奉仕しているにもかかわらず、本当に僕のことを尊敬しているようだ。別段大したこともできない自分には過ぎた言葉だ。
「大したことじゃありませんよ」
「いえ、どんなことでも人のためになることは、いいことなのですよ」
「そうですか」
これ以上、会話を広げると更に彼女を饒舌にさせてしまうのは必死だ。僕は楓の話を聞き流しつつ、朝食をとった。
質素な食事をものの数分で終え、席を立った。本当は相手が食べ終わるまで待って、挨拶するのが礼儀なのだろうが、そこまで待っていたら大分時間が経ってしまう。完璧と思われる楓には欠点が二つある。一つは食事が遅いということだ。それともう一つは男に無関心、もしくは無防備過ぎるということだ。
「ご馳走様」
僕はすばやく立ち上がり、自室に戻ろうとする。微かに寂しさを見せた楓の表情は見ないことにした。