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―Ⅵ― 本気と書いてマジと読む。

「青ブロック、絶対優勝するぞーっ!!」

「おーっ!」

「お、おー……?」

 ……いざ自分となれば、これだ。

 在人あるとは拳を控えめに上げ、戸惑い気味に掛け声に乗っていた。香奈や実良みよから笑われて小突かれ、苦笑い。

 校舎の本館より離れた、校庭の南側。東側にある別館校舎よりの、午前中だけは涼しい応援席のほうで準備を進め、プログラム表を膝の上に展開。在人は本気で悩んだ。

 結局、ほとんどの女子からの誘いを断って、何とか徒競走にしがみつく事はできた。できたけれど、弟の風邪をもらったのだろうか。水曜日から頭がくらくらとしている。

 しかも腹が立つ事に、最近学校に来ていない那賀ながの代わりまで務めさせられる事に。

 なんであんなむかつく奴の代わりを押しつけられるのかさっぱり分からなかったが、結局在人は二百メートルリレーにも参加する羽目になっていた。

 厄介な事に、バトンを受け取るその相手を見た途端、在人は苦い顔するのでやっとにもなったのだ。

「おい、八月朔日ほづみ

 その相手から肩を叩かれ、在人は思わず目を据わらせた。黒髪の男子は顔を引きつらせている。

「なんだよ、呼んだだけだろ」

「あによ――けほっ」

「風邪? 在人、大丈夫?」

 間延びした声でごまかす自分を見てか、男子はやや複雑そうだ。

「……リレー、きついなら代わってもらえよ」

「もう変更効かないじゃん。大丈夫っしょ、バトン落とす気ないから。あんたもこけないようにね、薙原」

「まな板に言われたくねえよ」

「っんの、マセガキが!!」

 カチンと来て言い返したのに、あっという間に相手は煙を撒いたように姿をくらましていく。そのくせ一度だけ振り返ってきたその男子は、見事にあっかんべえ。

 むかついてやりかえせば、香奈や実良に笑われている。

 一瞬だけ憤然とした顔をした在人は、それでもすぐに舌を出して笑った。


『プログラム三番、二年徒競走――』

 入場門の列に並んでいた在人は、後ろから肩を叩かれ振り向いた。途端に目を丸くする。

美優みゆっち!? 徒競走だったんだ!?」

「やーっと気づいたの? 一緒に走るのにさぁ。忘れられるなんてショックショックー」

 笑いながら言うのは天然のウェーブがかかった茶髪の少女だ。去年同じクラスだった友人に苦笑いを浮かべ、在人は片手を上げて謝る。

「見覚えあるなあとは思ってたんだけどさ。ごめん」

「いいよいいよ。あーるらしいらしい。まま、今回は別ブロック、負けない気満々よ」

 同じ言葉を二回続けて言う癖も、楽観気味な性格も相変わらずだ。これでいて成績が学年全体でもかなりいいのだから、去年共に点数を競っていたいいライバルだったのもちゃんと覚えている。香奈も涙目になるほど何事も負けん気の強い子で、香奈と同じ柔道部に入っていたはずだ。懐かしくて含み笑いが出る在人。

「おお、今回の標的はあたしっすか。これは頑張って逃げないとね」

「逃がさん逃がさん! なーんてなーんて?」

『入場』

 笑いを堪えているうちに合図がかかり、必死で顔を崩さないようにしつつ行進する。肩が震えていたのが他の生徒に伝わったのか、白い目を向けられてしまったが気にしない。というかできない。

 とにかく相変わらずすぎるのだ。クラスが離れた後は中々会えずじまいだったのに、変わらず接してくれる事が嬉しくてたまらない。

 入場行進が終わった後はもう、中学生版かけっこの始まりだ。ピストルが鳴らされ、下手をすれば小学校高学年の子より遅い中学生達が必死に走る、走る。

 二列、三列と、順にピストルの合図と共に送り出される同級生ら。在人は待機している生徒の最前列になった途端、一瞬だけ変なめまいを覚えた。

 ただ視界が揺らぐようなものではない。自分だけにしか見えない剣が、一瞬だけ違う形になったような――

 パン

 ピストルの合図が響き、はっとした在人はスタートラインに並ぶ。同じタイミングで走る事になっている美優がやる気で漲った笑顔をしているのが見え、負けじと気合を高める。

『よおい』

 手を地面に置き、体を支え。腰を高く持ち上げ、クラウチングスタートの体勢を作った。

 パン

 地面から手を離し、地面を蹴って体を勢いに乗せて走る。例年多い保護者や、本部席の人の顔がぶれて見えなくなる。

 先頭に出られた。地面を蹴り、さらに加速。後ろから足音が近付いてきている気がして、なおさら加速する。

 数秒後。

 ゴールテープを腹部辺りに残し、在人はスピードを緩めながら思いっきりガッツポーズした。

「っしゃあ! 勝った勝ったー!」

 追いつけなかったのだろう。すぐ後ろ、から悔しそうな呻き声が聞こえてきてにやりと笑う。

「陸上部行けばいいのにいいのにぃ……!」

「あー、うんごめん。あたし香奈の誘いも断ってるから」

 クラスごとに分かれた列の後ろに並びつつ、在人は苦笑いしつつ、内心意気揚々として、退場門を潜るまで待っていた。



 あの子何? あれだけ早いの、フツー混合リレーとかでそうやん?

 楽したいとか? しかもガッツポーズとか。今時熱いのお断りっていうかねぇ。

 うざくない? ああいうの。遅い人達の中でしか一位になれないからって喜ぶとか最低じゃない?

 帰り際に言いたい放題の声を聞き、他学年だと分かっているだけに無視。どうせ受験シーズンに痛い目を見るのはそういう連中だ。

 美優との勝負の後で余計な水は差されたくも――

「うーわぁ先輩達うざいよねうざいよねー。ま、でも在人が早いんじゃあ負け惜しみも必要必要って事?」

 ……差された上に、それが油になって火に注がれる羽目になるとは。

 応援席の三年の視線が鋭い針のように突き刺さってくるのに、美優は動じてもいない様子で隣を歩いている。余裕の笑みを横目で見やった在人は乾いた笑い。雲が多少残る空を見上げつつ、積雲の数を数えたくなった。

 ……さすがというか、もう尊敬すら覚えてしまう。

「あ、あーる、あーる。次はムカデ競争どっちが勝つかだからね!」

「……あ……はは、うん。っていうか勝ち逃げさせてよぉ」

「えー、だめだめに決まってるじゃん。あ、それと二百メートルリレー出るよね? その時もよろしくよろしくー」

「え、はあっ!? 美優っちも出んの!?」

 笑いながら自らの黄色い鉢巻きと同じブロック応援席へと向かう美優。しばし棒立ちになり、絶句しきった在人は体がやや斜めっていた。

 はっとして席に戻ろうと後ろを見やり、陰口を叩いていた女生徒らが偶然目に入ったが、瞬時に目を逸らされた。

 何故だろう。妙に同情されたような顔で、時々こちらをちらちらと見られているのは気のせいだろうか。

 ……人間が、こんなにも裏表をすぐに返す生き物でありがたいような、ありがたくないような。

 応援席に着けば、現在の種目が丁度終わっていた。結構に美優と話していたようで、在人は香奈の姿を探してしばし周囲を見やり、実良に手招きされて近くに座る。

「どったの? 香奈は?」

「次の種目の準備で、係が集められてるんだってぇ。香奈は手伝いで呼ばれて行ったよぉ。一人じゃ退屈と思って。一緒に見ない?」

 ほんの少しだけぽかんとして、おずおずと頷いて。実良の左隣に座った在人は、自分の反対側で実良と話していた女子に小さく頭を下げた。黒髪の彼女は、うなじの辺りで小さな二つ結びにしていてかわいらしい。日焼けした肌を見ても、恐らくは運動部仲間だろう。

「やっほー。八月朔日さん可愛いねっ」

「は……えっ!? なんでそうなんの!?」

 滅多やたら話した事がない子から言われ、思わず赤面してぎょっとする在人。女子はすぐに吹き出して笑っている。

「あははっ! そういうとこだよ、そういうとこ。あたしの名前分かる? まだ二ヶ月しか経ってないから、ビミョー?」

「え、えーと……ちょ、ちょっちビミョー?」

 女子と共に笑っていた実良が頷いている。

「そうそう、在人ってものすっごい人の顔と名前覚えるの苦手なんだよー」

「悪うございましたね」

 実を言うと実良も二日目で早速名前を間違えてきたのだ(「やっほー八が」、「ほ、づ、み!」、「あ、ごめんねぇ在人」、「……実良、わざと?」)。お互い様なのにと顔を強張らせ、女子がまた笑う。

谷之浦楓やのうらかえでちゃんだよ。谷に、之に、浦で谷之浦ちゃん。テニス部の子でね、いっつも元気にボール打ち出してるんだよ」

「楓でーっす。カエって呼んでねー」

「あ、うん。よろしく。谷之浦って珍しい名前だね。そういう地形そんなに多くないだろうし」

 ぽかんとした実良と楓を見、在人は慌てて説明する。

「えっ、ええとね、日本人の苗字――姓って、ご先祖様が住んでた土地や、与えられてた役柄なんかで決められてる事が多くって。多分谷の出口が入り江になってたような所だったのかなって。谷で、繋げ言葉の之でしょ。浦って言うのは入り江とか湾を示してる事があるって、聞いた事あるからさ」

「ええ、そうなんだ!? わーっ、初めて知ったよ! 在人すっごいねーっ!」

 もう呼び捨てにされている。突っ込む気は起きず(というか退く必要もないと思ったのだ)、在人は苦笑い。

「確証はないよ? 勘で言っただけだし。一応調べないと、間違ってたら大変だから――」

「すっごーい、先祖の事分かるなんて凄いよ在人!!」

「ねえ聞いてー。谷之浦さんの心ちょっと戻ってきてー」

「カエ! カエって呼んでくれなきゃやだーっ!」

「えっ、あ、うん。か、カエさん……?」

 更に頬を膨らませる楓を見、在人はどうしていいのか分からずおろおろしだす。実良が笑っているのが見え、体育帽でごまかそうとしているのをむっとして見やる。

「カエはね、さん付けとかちゃんづけ嫌いなんだよ。呼び捨て限定なんだって」

「そーいう事なんだよ!」

 今度はふんぞり返っている。在人は危うく顔を明後日の空へと向けかけた。

「んっとお……在人って、あだ名付けられるの好きじゃないんだっけ?」

「あ――え、なんで知ってるの?」

「だって香奈に『あーちゃん言うな!』っていっつも言ってたっしょい」

 ……しょい? ひとまず流しておこう。空を見上げつつ、気まずげに「あー」とぼやく。

「その、名前でよくからかわれてたからさ。あたしはあんまり覚えてないんだけど、あだ名でもからかわれてたんだって。だからあだ名つけられてまたからかわれるぐらいなら、もう名前でお願いってみんなに言ってるんだよね」

「なんで? あだ名つけてからかわれるっておかしくない? からかってくる奴らが悪いのに。在人が気にする必要ないじゃん」

 べつに自分は気にはしないけれど。在人は頬を掻く。

「あだ名付けてくれた子に悪いじゃん、それが原因でからかわれるなんてさ」

 ぽかんとした実良と楓が、顔を見合わせている。考えた事もなかったような様子で。

「気にしないよね?」

「うん。在人って不思議だねぇ」

「そー、かな……」

 人と違うというだけだ。

 世間一般から見る『平均』から、ずれているだけで。

『プログラム十二番、ムカデ競争に出る選手の――』

「あっ、ヤバいよ移動しなきゃ! あ、在人飲み物飲んどいたほうがいいよ、今日暑くなるって!」

 慌てて立ち上がる楓の、すぐさま考えを切り替えた気遣いに、在人はほんの少しだけぽかんとした。やがてくすぐったくなって、小さく笑って頷いた。

「うん。ありがと、カエ」

「わーいっ、やっと呼んでくれたよ!」

 心の中でガッツポーズをしていたのは、本当に内緒だけれど。


 ムカデ競争の最終を任されて。在人は香奈と顔を見合わせ、気まずい顔になった。

 明らかに順位が遅れているのだ。クラスが六つもある中で四位なのだから、まだいいほうなのかもしれないが、順位を盛り返すとなると息を合わせただけではしんどいものなのかもしれない。

 しかも今回、実良と友達になる前だったおかげで、クラスではあまり話さない女子グループから三人来ていて。その三人はといえば、先頭が嫌だと言って、香奈に押し付けていたのだ。

 正直言えば肩を握られたくもないと思いたくなるほどにむかついた。先頭が嫌なのは誰だって一緒なのだし、やり方が分からないのは当然だ。こちらが必ずやれという態度は、はっきり言えば在人の嫌いな根性だ。

 結果、自分も上手くできなかったし、香奈と二人で練習をしてみても香奈のほうが上手かったから、先頭は彼女に任せるほかできなかったけれど。

「八月朔日さん、糸山さん、息合わせてよね」

「はいはい」

 後ろから声をかけられ、いい加減になりすぎないよう気をつけて返事をした。けれど明らかに囁き声での会話が耳につく。

 何あの態度。むかつく

 クラスで嫌われてるの分かってないんだから、こっちが抑えてあげなきゃだよねぇ。だっるー

「……そんなにだるいなら、今からでも試合放棄して退場門向かえっての」

 嫌われてる? そんなの最初から知ってる。

 嫌われていてもここにしかいる場所クラスがないなら、いるだけだ。

 在人達が待機する付近の、観客席からの歓声が大きくなった。前の走者達が近付いてきたのだ。呟きが聞こえなかったのか、女子達は「早く足繋いでよ」と急かしてくる。

 苛立ちを隠せなかったが、耐えた。少しだけ足回りにゆとりを作り、ムカデ用のロープに繋がっている紐で足首を結ぶ。

 全員で息を合わせながら一度確認を取った。三組が隣を通過していく。

 一組、四組。もうすぐ来る、二組。

 歓声が間近すぎて、合図が上手く聞こえない。けれど肩を強く叩かれ、痛みに僅かに呻いたが香奈へと伝えた。

「来たよ。せーのっ!」

 歓声に負けない大声で、足を踏み出す。

「いち、にっ、いち、にっ!」

 肩に再び衝撃が走った。バトンを受け取りつつ、一瞬だけ体が左に傾いだ際、真後ろの女子の声が大きくなった。香奈へとバトンを回しつつ、声を張り上げ続け、一度だけ呼吸を落ち着けるために声を抑えた、その時だった。

「にっ――?」

「いちっ、にっ!」

 かけ声が、前からしか来ない。

 慌てて息を吸い、香奈に合わせて大声を出す。

「いち、にっ! いち、にっ!」

 四組の後方に食らいついた。後ろから足が当たり、在人は一瞬気を取られそうになったが、平静を保つ。

 クラスを勝たせたいのは、みんな一緒なのだ。勝負においてのチームで、他の感情を交える必要などない。

 どれだけむかつく相手でも、今は仲間として頑張らなければ――

「いち、にっ、いち、にっ!」

 足が当たる。向こうのほうが身長が高い分、歩幅が大きいのだろう。

 四組を抜いた。接戦していた三組ともうすぐで並ぶ――

 同じブロックの一組がゴールした。接線状態のまま、三組とゴールラインを突破した。

 そのまま、香奈が速度を緩めるのに合わせて足をゆっくりと前に出し始めたが、やはり息が合わないままだったのだろう。後ろから何度も蹴られ、在人はげんなりした。

「ちょ、ちょっと、急に止まんないでよ!」

「ごめんごめん。……あたし、午後から二百メートルリレーなんだけど……」

 小さく呟く。地味に足が痛いが、それに見合うだけの成果は出せたようだ。

『一位、一組。二位、二組』

 どよめきが上がった。後ろから、三人の女子も喜んでいたのが聞こえ、在人は仕方ないと顔を緩めて微笑む。

 香奈から振り向かれ、笑顔で拳を差し出され。今度は嬉しさを隠さず、自分の拳を軽くぶつけた。

『三位、三組。四位、五組。五位、六組。六位、四組の順でした』

「四組こけたみたいだね」

「うん。一度は三位まで伸し上がってたのに、悔しいだろうなぁ」

 恐らくはこけた本人だろう。数列向こうから女子の泣き声が聞こえ、宥めている声も聞こえてきた。在人は複雑なまま微笑む。

 いいメンバーに支えてもらったね。また互いに頑張ろう。

『二年、退場』

「ほ、八月朔日さん」

 ぽかんとして振り返ると、在人より二つ後ろの女子が不安そうな顔をしているのが見えた。

「さっき〝しい〟の足、結構当たってたんじゃない?」

「え? あ、ああ、大丈夫大丈夫。ありがと、心配してくれてさ。そっちは足首平気? 布で擦れてない?」

「あ、う、うん。靴下にしか当たってなかったから」

「そっか。よかった。また次のプログラムも頑張ろうね」

 笑顔を見せると、相手もほっとしたようだ。前を向いて走っているうち、ほんの少し左足首に痛みが出てきたが、気にしない振りをする。

 せっかくの喜びを、相手に心配をかけさせて崩すような真似をしたくなかった。走りながら時折後ろから声が聞こえたが、この際気づかない振りをする。

 次の種目の後は昼食なのだ。ムカデ競争で真後ろだった女子も、きっと腹が空いていたからこそ苛立っていたのかもしれないのだし。

 在人は浮かれ気味に席に戻り、香奈や実良、楓と手を打ち合わせて笑った。

 二列前から不安げに足を見やってくれていた新谷祈あらたにいのりの所へは、前の席のクラスメイトが帰ってきていない事をいい事に手を近づけ、ハイタッチした。


「ったく、あいつ何様?」

「――は?」

 迎えに来てくれていた母が、分かりやすいよう青いつば広の日除け帽を被ってきてくれたおかげで、無事に母や弟の翔矢と合流できた。突然の弟の不機嫌な声に、在人はぽかんとして聞き返す。

「姉貴の後ろにいやがった奴」

「え? ……あ、誰だっけ」

「クラスメイトの名前ぐらいいい加減覚えろよ馬鹿姉貴!」

「うっさいなあっ、あんたに言われたくないわけ! てか喧嘩しに来ただけなら帰る!? お出口はあちらですけど!?」

「ほらほらこんな所で喧嘩しない。香奈ちゃん、実良ちゃんこんにちは」

 乾いた笑いをする香奈と、遠慮無しに笑う実良があまりにも対照的だったからだろう。母はすぐに気づいたらしく、笑顔を向けて手招きしているではないか。「こんにちはー」と間延びした声が三人分聞こえ、在人はぽかんとした。後ろを見やれば、楓がついてきているではないか。

「あ、あれ? カエ、親探さなくていいの? った」

「ご両親でしょう、口悪いわよ」

 うっと黙り込めば、母の指摘に香奈が笑っている。

「大丈夫ですよ、いつもの事ですから」

「うんうん。在人のお母さん凄くお綺麗で羨ましいですよぉ。古町こまち実良です、この間はお家に呼んでくれてありがとうございました」

 こちらこそ、また遊びに来てちょうだいね。母の優しい言葉に、在人はぼそりと呟く。

「相っ変わらず外面だけは……」

「天然なんだから無理ねえだろ。姉貴と一緒で」

「なんか言った?」

 睨み付けると同時、笑っていた香奈は無事に兄を発見できたようだ。弁当を受け取った彼女は、去年と同じく自分達と共に食べるという。

 実良も母が急病で来れなかったらしく、小学生の妹と合流して食べるという事なので、在人が一緒に食べようと招いたのだが。

「で、カエはどうしたのさ?」

「はーい、谷之浦楓です、よろしくお願いしまーっす」

「よろしくね。いつも在人が口悪くてごめんね」

「いえいえーそんな事! さっき友達になったばっかりなので全然分かりませんでした!」

「ちょっと待ったカエ! それさすがに突っ込むよ!? ってか質問! あたしの質問どこ!?」

 あまりにもお調子者なカエと、自由人な母の会話に脱力する在人。カエは笑っているではないか。

「ええとね、あたし親と一緒には食べないかな。仲悪いんだよねー。一緒食べよ、今日はイケ軍のみんなバラバラでねー」

 つまりは一緒に食べたいという事なのだろう。在人は脱力しつつ、その肩を何故か弟に同情されるように叩かれた。ひとまずは任せろという事なのだろうか。

「どーぞ、お連れしますよ」

「え、もしかして彼氏さん!? かっこいーっ!」

「違う弟!!」

 顔を真っ青にして叫ぶ、八月朔日家姉弟であった。

 その間、産んだ張本人ははは腹を抱えて笑っていたという。


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