心の声が反映される魔法の便箋を買ってみたので。
たまたま入った骨董屋で見つけた便箋は、何十年も前に流行ったものらしい。
「この便箋に、魔法が練り込まれているんですか?」
家に帰って、魔法が得意な弟のローマオに見せると、怪訝そうな顔をされた。
「そうなんですって、お店の方が言うには」
「言われると、微弱ですが魔力を感じますね」
「やっぱりそうなのね」
「それで、どんな魔法が発動するんですか?」
私は便箋を受け取りながら、店主が言っていたままを口にした。
「『何も書かずとも心の声が反映される魔法』って言っていたわ」
「…どういうことですか?」
「この便箋を誰に送るか決めて、何も書かずに封筒に入れて封と閉じるのですって。で、その相手が開けると、なぜか便箋には手紙としての内容が認められているのだそうよ」
「へえ〜、婚約者とのやりとりが面倒な男が使っていそうな代物ですね」
ローマオは頭の後ろで腕を組みながら、ケタケタ笑った。
面倒くさがり筆頭のローマオが言うと、妙に説得力がある。
骨董屋の店主も同じことを言っていたけど、手紙のやり取りって人によっては面倒なのかしらね。
私は筆まめな方だから、あんまり気持ちがわからないけれど…。
「それで当時爆発的に流行って、急激に廃れていったらしいの」
今ではもう見ないことを考えると、銀色にテラテラ光る見た目に惹かれて買ったものの、使っていいのかは悩むところだ。
それでも何も書くことなく手紙が出来上がるのは、面白そうだし、見てみたい。
「流行るのはわかりますけど、廃れたっていうのは?」
「それは教えてもらえなかったわ。ご両親に聞いた方が早いですよって、言われたの」
「なんですか、それ…?」
「さあ?」
2人で首を傾げた時、お母様が談話室に入ってきた。
「あら、あなたたちここにいたの」
お母様は私たちが座っているソファーまで来ると、少し目を見開いてから、優雅に微笑んだ。
「ノノアナ、懐かしいものを持っているのね。どうしたの、その便箋」
「今日、たまたま骨董屋さんで見つけたのです」
「その反応を見るに、お母様はこれを知っているんですね?」
「ええ、私たちがあなたたちくらいの年頃の時に大流行したんだから」
「それで、急激に廃れた?」
ローマオがそう訊くと、お母様は楽しげに目を細めた。
「あら、そこまで知っているの?」
「なんで使われなくなったかまでは、知らないのですが…」
「どうして流行らなくなったのですか?」
好奇心だけで訊いていくローマオに少しハラハラしながら、私もお母様の答えを待った。
「流行らなくなったんじゃなくて、使うと困る人が続出したのよ」
お母様は微笑んだまま、私たちの向かいに座った。
「あなたたちだったら、その便箋はどうやって使うかしら?」
「お友達や家族に使うと思いますけど」
「僕は婚約者に送る気がします」
「そう、ローマオみたいに使った方がたくさんいたの。それで一部の方々は大混乱」
「どうしてですか?」
「その便箋は『心の声が反映される』から、本当は相手に対してどう思っているのか書かれてしまったというわけ」
お母様の答えに私は首を傾げたけど、ローマオは「あー…」と苦い顔になった。
何か困ることでもあるのだろうか。
「実は愛してませんとか書かれたら、修羅場ですね」
ローマオの言葉に、お母様も苦笑いしながら頷いた。
「ということが、起こった人もいたって話ね」
「なるほど。逆を言えば、そこにも愛や褒め言葉が書いてあったら、婚約者としては最高だったというわけか」
「まあ、それはお友達や家族間でもあったようだし、怖くて使えない人が増えたという話よ」
「それは、手に余りますね」
ローマオが肩を竦めた横で、私は便箋を封筒に入れた。
「はい、ローマオ。この手紙はあなた宛ね」
「姉様、今の話聞いてなかったんですか」
「聞いていたわ」
「どんなチャレンジャー精神を持ち合わせているんですか…、もう〜…」
呆れながらもローマオは手紙を受け取った。
「開けるの怖すぎますよ」
「大丈夫よ、きっと。普段のお小言くらいしか書かれていない気がするわ」
「…それはそれで嫌ですけどね」
ローマオは恐る恐る便箋を取り出して、片目を瞑りながら内容を目で追い始めた。
「どう?」
ローマオの顔を覗き込もうとしたら、目を逸らされた。
「姉様は、意外と僕のことが好きなようですね…」
「あら、唯一の姉弟なのだからそりゃあ大事よ?」
「…これはこれで、気恥ずかしくてダメかもしれません」
「読んでもいい?」
「ダメですよ、僕宛なんだから」
ローマオは便箋を胸に当てて、私から遠ざけた。
ほんのり耳が赤いところを見るに、ローマオの悪口のようなものは書かれていないみたいだ。
「残念。でも書かれるのは本当なのね」
「ええ、結構ぎっしり」
「ねえねえ、ローマオ。私にもお手紙ちょうだい」
「絶対嫌です!」
「なんで」
「こんな恥ずかしい内容が暴露されるとか、正気じゃありません…!そりゃあ、一気に廃れたわけですよっ!」
「ますます気になるわ」
「そんなに欲しいなら、僕が手書きで書いてあげますから諦めてください」
おや、面倒くさがりのつれないローマオがわざわざ手紙を書いてくれるというのは、すごいことかもしれない。
ローマオから手紙なんてもらったことないし、ナイスアシストだわ、この便箋。
「ふふっ、やっぱりノノアナはお父様似ねぇ〜」
お母様は、嬉しそうに笑った。
「あの人もあの当時その便箋で私に手紙をくれたの。まだ婚約期間だったのだけれど、愛の言葉がびっしり書かれていたわ」
「身近にいましたか、うまくいった方の実例…」
ローマオの乾いた笑いに、お母様はますます笑った。
「絶対この人と結婚しようと、あの時思ったわね」
「なるほど、お父様なら喜んでこの便箋で手紙を送ってくれそうですね。ちょっとお願いしてきます!」
「あら、いいわね。久しぶりに私宛ももらっちゃいましょうかね」
「…僕の分はいらないですから」
私はお母様と2人で、お父様の執務室に向かった。
「おや?昔にも使ったことがある気がするよ、この便箋」
「ええ、婚約時代に私にくださいましたよ」
「お父様。よかったら、私もこの便箋で手紙をくださいませんか?」
「ああ、いいよ。貸してごらん」
お父様はなんの躊躇いもなく便箋を手に取ると、丁寧に封筒に入れて、私に手渡した。
「はいどうぞ、ノノアナ」
「ありがとうございます」
「はい、君にも送っていいかな?」
「ええ、ありがとうございます、あなた」
私とお母様は同時に便箋を取り出すと、自分宛の手紙を読んだ。
『愛しい娘、ノノアナへ。
君が生まれてきてくれた日を、今でもよく思い出すよ。
私を父親にしてくれた特別な日だ。
君の父であることを、誇りに思っている。
君の好奇心は底知れぬものを感じるが、それがノノアナの魅力だと思っているからね。
これからも、君の思う道を歩んでいってください。
お父様は、いつでも味方です。
君がいつか嫁に行く日が、今からとても寂しいです。
父より』
手書きでもらっても書いてありそうなことが書いてあって、私はお父様を見た。
「私も、お父様の娘でよかったです」
「そうかい、ありがとう」
隣でお母様が頬を染めていたので、きっとまた愛の言葉がびっしりだったのだろう。
「ノノアナ、もう一枚くれるかい?ローマオにも渡したい」
「もちろんです、どうぞ」
ローマオはいらないと言っていたけど、私の好奇心には逆らえないので便箋を渡した。
ふふっ、ローマオがまたぎゃあぎゃあ言うのが、今から楽しみね。
ちなみに、5日後にローマオから本当に手書きの手紙をもらった。
ものすごく気まずそうにしながら、「絶対、僕の前で読まないでください。そして、何も言わないでください」と念押しされたので、自分の部屋で読んだ。
『姉様、いつもありがとうございます。
お父様に便箋を渡したことは恨みます。』
とだけ書いてあって、私は笑ってしまうのだった。
了
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