表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鑑定眼は嘘をつかない〜婚約破棄された公爵令嬢は、前世の宝石鑑定士スキルで王国 の闇を暴く〜  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

7話 地下の真実

 リヒトの軟禁部屋の衛兵を排除するには、力ではなく知恵が要る。


 私は旧魔術研究区画の構造を鑑定眼で読み取りながら、使える要素を探した。

 この区画にはかつて魔術実験用の設備が残されている。壁面に埋め込まれた魔石配管、天井の換気用魔道具、そして——非常時の警報装置。


 警報装置の魔石は劣化しているが、まだ起動可能だ。ただし正規の手順では管理室からしか動かせない。

 だが、鑑定眼で魔石の内部構造を把握し、配管経由で微弱な魔力を流し込めば——誤作動を装って警報を鳴らせる。


 私は二つ隣の部屋の壁にある魔石配管に手を当て、鑑定眼で最適な魔力注入点を特定した。


「……ここ」


 爪先ほどの魔力を、ピンポイントで送り込む。


 数秒後——けたたましい警報音が区画全体に響き渡った。


 衛兵たちが動揺する声が聞こえた。


「何だ、警報? 魔獣侵入か!?」


「こっちは俺が見る! お前は確認に行け!」


 足音が一つ遠ざかる。残り一人。

 だが、一人になった衛兵も持ち場を離れない。軟禁の見張りを放棄するわけにはいかないのだろう。


 仕方ない。もう一手。


 私は空き部屋にあった旧式の魔術実験器具——精密秤の金属製の分銅を手に取り、廊下の反対側へ転がした。甲高い金属音が響く。


 衛兵が反応して数歩動いた隙に、私はリヒトの部屋の扉に駆け寄った。鍵は魔術式の錠前。鑑定眼で構造を読み取り——。


「単純な封鎖型。解除紋は……これ」


 この一ヶ月、聖銀に触れ続けたことで、鑑定眼に変化が生じていた。読み取った構造を完全に把握した上で、その鍵となる魔力パターンを"再現"する力。前世の鑑定士としての知識と、この世界の魔力が融合した、新しい段階の鑑定眼——いわば、「真贋を分かつ者」だけが持てる力だ。


 試すなら、今しかない。


 錠前の魔石に触れ、解除に必要な魔力パターンを注入する。


 カチリと音がして、扉が開いた。


 薄暗い部屋の中に、リヒトが立っていた。


 ——文字通り、立っていた。壁に背をつけ、腕を組み、まるで私が来ることがわかっていたかのように。


「遅かったな」


「……来ると思っていたんですか」


「お前は、偽物を放置できない性格だ。俺がここに囚われているという『嘘の状況』も、黙って見ていられないだろう」


 悔しいくらい正確な人物鑑定だった。


「怪我はありませんか」


「ない。だが、剣を取り上げられた」


「それは追々。まず、ここを出ましょう。それと——見せたいものがあるの」


 衛兵が戻る前に部屋を出て、第三層への階段を探す。ギルバートの図面では、この先の行き止まりに偽装された隠し扉があるはずだ。


 壁面を鑑定眼で走査する。石材の密度が一箇所だけ異なる。


「ここです」


 壁を押すと、重い石扉がゆっくりとスライドした。


 第三層——封印区画への螺旋階段が、闇の底へと続いている。


 降りるにつれて、魔力の濃度が急激に上がった。呼吸が苦しくなるほどの、圧倒的な魔力の奔流。


「この魔力量……」


 リヒトの顔にも、緊張が走っている。武人としての本能が警告を発しているのだろう。


「偽結界石から吸い上げた魔力が、ここに集まっているんです。半年分の——」


 言葉が途切れた。


 螺旋階段を降り切った先に広がっていたのは、巨大な地下空間だった。


 直径五十メートルはあるだろう円形の広間。床には複雑な魔法陣が刻まれ、その中心に——山のように積み上げられた聖銀の塊。


 回収された本物の聖銀だ。結界石、聖具、民間から没収された聖銀製品。それらが溶かされ、再精製され、巨大な一つの塊に形成されている。


 そして魔法陣の周囲に立つ、無数の黒い蝋燭。その炎は通常の火ではなく、深い紫色に揺らめいている。


 鑑定眼が、魔法陣を読み取る。


「……これは……」


 声が震えた。


「召喚術——ですが、聖女召喚とは根本的に違います」


「何を呼ぶ気だ」


「これは……逆召喚。異世界から存在を呼ぶのではなく——この世界の存在を異世界に『送る』ための術式です」


 リヒトの目が鋭くなった。


「送る? 何を送る」


「いいえ——『誰を』送るか、です」


 魔法陣の端に刻まれた座標を読み取る。送り先は——聖女リーリアの元いた世界。


 そして送られるのは——。


「セラフィーナ」


 背後から声がした。

 低く、滑らかで、計算し尽くされた声。


 振り返ると、螺旋階段の上にレイモンド・グラントが立っていた。

 銀縁の眼鏡の奥で、黒い瞳が笑っている。その指には、あの黒曜石の指輪。


「まさかここまで辿り着くとは。やはり、あなたを王都から追い出しただけでは不十分だったようだ」


「レイモンド・グラント。この術式——あなたが首謀者ね」


「首謀者とは人聞きが悪い。私はただ、この国を正しい方向に導こうとしているだけです」


「国を守る結界石を偽物にすり替え、聖銀を独占し、王太子を倒し——それが『正しい方向』?」


「王太子はただ眠っているだけです。永遠に。邪魔な王族を排除し、貴族議会が実権を握る——それがこの国のあるべき姿だ」


「そのために逆召喚術を? 誰を異世界に追放する気?」


 レイモンドが笑った。


「王家の血統すべて。国王、王妃、王太子——眠りについたまま異世界へ送り、二度と戻れなくする。聖女リーリアには協力してもらっています。彼女も元の世界に帰りたいようでしてね。王族を送る代わりに、リーリアを元の世界に戻す——そういう取引です」


 リーリアが偽聖印を身につけていた理由が、今わかった。本物の聖印は力が強すぎて、逆召喚の術式と干渉する。偽物の方が、彼女にとっては都合がよかったのだ。


「辺境伯」


 レイモンドの視線がリヒトに移った。


「あなたには選択肢を差し上げます。この計画に協力するなら、新体制でも辺境伯の地位は保証する。拒むなら——王族と一緒に異世界送りです」


 リヒトは一歩前に出た。

 武器はない。剣は取り上げられている。

 だがその佇まいには、一切の怯みがなかった。


「選択肢は一つしかない」


「ほう。賢明な判断を——」


「お前を止める」


 レイモンドの笑みが消えた。


「——愚かな。武器もなしに何ができる」


 黒曜石の指輪が輝き、レイモンドの背後から武装した兵士たちが現れた。十人以上。


 絶体絶命——に見えた。


 だが私は、鑑定眼でこの空間のすべてを見ていた。

 魔法陣の構造。聖銀の共鳴特性。そして——レイモンドの黒曜石の指輪の、決定的な弱点を。


「リヒト」


 私は叫んだ。


「三十秒だけ、持ちこたえて!」


 リヒトは振り返らなかった。

 ただ一言。


「六十秒でもいい」


 そして、素手のまま兵士たちに向かっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ