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鑑定眼は嘘をつかない〜婚約破棄された公爵令嬢は、前世の宝石鑑定士スキルで王国 の闇を暴く〜  作者: 月代


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6話 王都潜入

 三日三晩、ほとんど休まず馬を走らせた。

 王都アストレアの白い城壁が見えた時、私は泥だらけで、髪は乱れ、およそ公爵令嬢とは思えない姿だった。


 だが好都合だ。この姿なら、門番の目は欺ける。


 正門ではなく、商人が使う東門から入った。ダニエルが商人の知人から借りた荷車に身を隠し、野菜の下に潜り込んでの潜入。前世の鑑定士時代にも、危ない橋を渡ったことはあったが——野菜まみれは初めてだ。


「お嬢様、ここからは徒歩で」


「ありがとう、ダニエル。あなたはブレンハイム伯爵の手の者と合流して」


「お嬢様お一人では——」


「一人じゃないわ。王都にも、味方がいるから」


 ダニエルと別れ、裏通りを進む。

 向かった先は、王都の下町にある小さな宝石店——『月石亭』。


 前世の記憶——ではなく、この世界での繋がりだ。

 ヴェルデシア家の嫡女として社交界に出る前、私は一時期、この店で鑑定の修行をさせてもらっていた。店主のギルバート老人は、王国最高の宝石職人であり、私の鑑定の師匠でもある。


「——ギルバートさん」


 裏口をノックすると、しばらくして重い足音が近づいてきた。


「……誰だ、こんな朝早——セラ?」


 扉の隙間から覗いた老人の目が、大きく見開かれた。


「しっ。中に入れてもらえますか」


 ギルバートの工房は、相変わらず宝石と工具で溢れていた。棚にはルーペ、研磨機、鑑定用の魔道具が所狭しと並んでいる。その光景を見るだけで、少し心が落ち着いた。


「婚約破棄の話は聞いた。あの王太子の坊主め、見る目がないにも程がある」


「それより、ギルバートさん。聞きたいことがあるの」


 偽聖銀のこと。結界石のこと。魔力吸収のこと。

 私が一気に説明すると、老職人の顔がどんどん険しくなった。


「……やはりか。実はな、セラ。半年前から、妙な依頼が増えていた」


「妙な依頼?」


「聖銀の鑑定依頼だ。複数の貴族から、持っている聖銀製品が本物かどうか確認してくれと。調べると——全部偽物だった。だが、俺の報告はすべて神殿経由で握り潰された」


「やっぱり……」


「それだけじゃない。ひと月前、王宮から聖銀の全量調査と称して、民間の聖銀製品が大量に没収された。建前は品質管理だが——」


「本物を回収して、偽物に置き換えている」


「ああ。本物の聖銀は、すべて王宮の地下に集められているらしい。何に使うのかは——」


「わかっています。おそらく、大規模な召喚術」


 ギルバートが息を呑んだ。


「召喚術だと? 聖女を呼ぶのにもう一度?」


「いいえ。聖女ではなく——もっと強大な存在を。偽結界石が吸い上げた魔力と、回収した本物の聖銀を触媒にして」


 パズルの最後のピースが嵌まりかけている。だが、まだ確信が足りない。


「ギルバートさん。王宮の地下に入る方法を知りませんか?」


「正気か、お前。王宮だぞ」


「辺境伯が軟禁されています。助けたいんです」


「……ヴァルター辺境伯が? あの氷壁の?」


「はい」


 ギルバートは私の顔をじっと見つめ——それから、棚の奥から一枚の古い図面を取り出した。


「五十年前、王宮の宝物庫の鑑定を請け負った時に写し取ったものだ。地下の構造が描かれている。今も使えるかはわからんが」


「ギルバートさん!」


「その代わり——生きて帰ってこい。お前はこの王国で一番の鑑定眼を持っている。それを潰させてたまるか」


 図面を受け取り、頭に叩き込む。


 王宮の地下は三層構造。第一層が宝物庫、第二層が旧魔術研究区画、第三層が——封印区画。

 封印区画には、かつて召喚術が行われた儀式場がある。


 回収された聖銀が集められているとすれば、第三層だ。


 そして、リヒトが軟禁されているのは——。


 ギルバートの店を出て、夜の王都を移動する。

 フードを深く被り、裏通りを選んで王宮の外壁に近づいた。


 正面突破は論外。だが、図面にはもう一つのルートが示されていた。

 王宮の北東、庭園の端にある古い排水路。かつて地下水を排出するために使われていた通路で、現在は使われていないはずだ。


 排水路の入口は、蔦に覆われてほとんど見えなかった。格子を外し、狭い通路に身を滑り込ませる。


 暗い。冷たい。そして、息苦しいほどに——魔力が濃い。


 鑑定眼が自然と発動した。

 通路の壁面に、微細な魔術紋が走っている。王宮全体に張り巡らされた魔術防壁の一部だが——その紋様に、見覚えのある歪みがあった。


「レイモンドの黒曜石と同じ系統の術式……」


 宰相の息子は、王宮の魔術防壁にも手を加えている。おそらく、自分だけが自由に行き来できるバックドアを仕込んでいるのだ。


 排水路を進み、地下第一層に出た。

 宝物庫のある区画だが、深夜で衛兵の巡回は最小限。ギルバートの図面の通り、隠し階段を見つけて第二層へ降りる。


 旧魔術研究区画。

 薄い魔石灯の光に照らされた廊下が伸びている。ここは現在、ほとんど使われていないはず——。


 だが、一つの部屋の前に、衛兵が立っていた。

 二人。完全武装。


 ……あの部屋だ。リヒトがいる。


 正面からは無理だ。だが、鑑定眼には別の使い方がある。


 壁に手を触れる。この区画の建材に使われている石材の成分を分析——石灰�ite岩基調で、魔力伝導率が低い。つまり、魔術的な監視は壁越しには届きにくい。


 隣の空き部屋に入り、壁に耳を当てた。


 ——かすかに、呼吸音が聞こえる。

 一人分。規則正しい。眠っている? いや——瞑想している。


 壁を軽く三回、叩いた。


 間があった。そして——壁の向こうから、三回のノックが返ってきた。


 生きている。

 意識もはっきりしている。


 私は壁にそっと額をつけ、小さく息を吐いた。


 ここからが本番だ。


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