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鑑定眼は嘘をつかない〜婚約破棄された公爵令嬢は、前世の宝石鑑定士スキルで王国 の闇を暴く〜  作者: 月代


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4話 結界石の嘘

 ブレンハイム伯爵領。

 辺境伯領から南に馬車で一日の、交易で栄える中規模都市だ。


 辺境防衛会議という名目で訪れた私とリヒトを出迎えたのは、ブレンハイム伯爵その人だった。


「これはこれは、ヴァルター辺境伯。わざわざ北の辺境からようこそ」


 ブレンハイム伯爵——ハロルド・ブレンハイムは、恰幅のいい中年の貴族だった。脂ぎった笑顔の裏に計算が透けて見える、王都によくいるタイプの政治家。


 その視線が、リヒトの隣にいる私に向けられた。


「おや、そちらの令嬢は……もしや、ヴェルデシア公爵家の?」


「セラフィーナ・ヴェルデシアです。現在、辺境伯閣下のもとで鑑定の仕事を請け負っております」


「ほう……婚約破棄された令嬢が鑑定士とは。なかなか逞しいことで」


 嘲りを含んだ口調。だが、構わない。こちらの目的はあなたを観察することだから。


 会議自体は退屈なものだった。辺境防衛の予算配分、魔獣の出没報告、冬季の備蓄状況。だがリヒトが巧みに議題を誘導し、会議の終盤で本題を切り出した。


「結界石の相互点検を提案する」


「結界石? なぜまた急に」


「先日、辺境で上位魔獣の出没頻度が上がっている。結界の性能を確認しておきたい」


「ふむ……しかし、結界石の点検は王都の神殿管轄では——」


「だからこそだ。神殿の点検は年一回。辺境の安全は、隣接領同士で守る必要がある」


 ブレンハイム伯爵は渋い顔をしたが、リヒトの正論に反論する材料がなかった。

 表向きは善意の提案だ。断れば、辺境防衛に非協力的と見なされる。


「……まあ、見ていただく分には構いませんが」


 案内されたのは、都市の中央広場に設置された結界石の台座だった。高さ一メートルほどの六角柱で、表面に聖文字が刻まれている。聖銀の柔らかな輝きが——。


 ——いや。


 鑑定眼が、瞬時に結論を出した。


 偽物だ。


 光沢のパターンが違う。聖銀特有の蒼い燐光がない。そして結晶構造の深層に、あのエルディア銀鉱で見た転写術の紋様が刻まれている。


 間違いない。ここの結界石は、偽聖銀に置き換えられている。


 だが、ここで叫ぶわけにはいかない。ブレンハイム伯爵が宰相派の人間である以上、下手に正体を暴けば証拠隠滅を図られる可能性がある。


 私は何気ない顔で結界石に近づき、表面に手を触れた。


「見事な結界石ですね。聖文字の刻みも丁寧ですし、維持管理が行き届いている」


「ええ、まあ。我が領の誇りですからな」


 嘘つき。あなたはこれが偽物だと知っているの? それとも——知らないの?


 鑑定眼を伯爵に向ける。服装、装飾品——。


 ……ない。

 ブレンハイム伯爵の身につけるものに、偽聖銀の痕跡はない。宰相派の紋章リングも、通常の金属製だ。


 つまり、この伯爵は知らない。

 自分の領の結界石が偽物にすり替えられていることを、知らされていないのだ。


 宰相派の中核であるはずの人間にも知らせない。これは宰相の一部の側近——恐らくレイモンドを中心とした極めて少人数で進められている陰謀だ。


「リヒト様」


 私は伯爵に聞こえないよう、リヒトの隣に寄って囁いた。


「黒です。結界石は偽物。ただし、伯爵は知らない様子です」


 リヒトは一瞬だけ視線を落とし、頷いた。


「……伯爵を味方に引き込めるか」


「この人は宰相派ですが、自領の安全を脅かされていると知れば——」


「使えるな」


 この人の判断の速さには毎回驚かされる。戦場で培われた決断力なのだろう。


 会議後の夕食会。ブレンハイム伯爵が上機嫌でワインを傾ける中、リヒトが唐突に切り出した。


「伯爵。一つ、耳に入れておきたいことがある」


「なんです、辺境伯?」


「結界石の件だ。あなたの領の結界石を、もう一度——今度は専門家に鑑定させたい」


 伯爵の目が、ぎょろりと動いた。


「専門家?」


「彼女だ」


 リヒトが、私を示した。


「ヴェルデシア令嬢の鑑定眼は、鉱物と魔道具の真贋鑑定において王国随一だ。先日、俺の領の設備を鑑定させたところ、通常の検査では見落とされる劣化を三箇所発見した」


 事実だった。辺境伯城の魔石灯の劣化診断は、実際に私が行ったのだ。リヒトは嘘をつかない。事実を巧みに組み合わせて、説得力を構築している。


「伯爵。私の鑑定眼で確認させていただければ、結界石の現在の性能を正確にお伝えできます。ご不安であれば、伯爵立ち合いのもとで」


「ふむ……まあ、問題ないのであれば、それはそれで安心できるか」


 翌朝。

 正式な鑑定の場が設けられた。伯爵と側近数名が見守る中、私は結界石の前に立った。


 鑑定眼を全開にする。

 前世で何千もの宝石を鑑定した経験が、この世界の魔力と融合して、圧倒的な解像度で情報を読み取る。


「結界石の表層——聖文字の状態は良好。維持管理に問題はありません」


 まずは安心させる。


「ですが——深層部に、異常があります」


 伯爵の顔色が変わった。


「この結界石の核となる聖銀ですが……結晶構造に不整合が見られます。簡単に申し上げると——これは本来の聖銀ではありません。転写技術によって聖銀の性質を模倣した、別の金属です」


「なっ……!?」


「現在の結界出力は、本物の聖銀の約三割。通常の魔獣は弾けますが、上位魔獣や組織的な攻撃には耐えられません」


 伯爵は蒼白になった。


「そ、そんな馬鹿な……! 結界石は半年前に神殿の定期点検を受けて、問題なしと——」


「半年前。それは——聖銀の国家管理令が出された直後ではありませんか?」


 伯爵の顔が、蒼白から赤に変わった。理解が追いついたのだ。


「……すり替えられた。点検を装って、偽物にすり替えられたのか」


「証拠はここにあります。転写痕の魔術紋を記録しましたので、誰がどの技術で偽造したか、追跡可能です」


 伯爵は拳を握りしめ、歯を食いしばった。宰相派の一員として甘い汁を吸ってきた人間が、その同じ組織に足元を掘り崩されていた。自業自得の面もあるが——自領の民の安全が脅かされたとなれば、話は別だ。


「辺境伯。ヴェルデシア令嬢」


 ブレンハイム伯爵は、重い口調で言った。


「……この件、詳しく聞かせてくれないか。茶よりも酒を用意させるが」


 リヒトと目が合った。

 ほんのわずかに——本当にわずかに、唇の端が上がったのを見た。


 こうして、私たちは最初の味方を手に入れた。


 手帳に記す。


『ブレンハイム結界石——偽聖銀、転写回数第二型と一致。結界出力約三割に低下。ブレンハイム伯爵、宰相派を離反する意思を確認。仮説の精度が上がった。次の確認先は——王都近郊都市。ここが偽物なら、王都自体もすでに危ない』


『私信:リヒトが、夕食会で「王国随一」と言ってくれたのはさすがに盛りすぎだと思ったが、嬉しくないと言えば嘘になる。鑑定眼は嘘をつかない。私の心も、嘘はつけない——いや、これは手帳に書くことではない。消す。消した。消えてない。後で破る』


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