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鑑定眼は嘘をつかない〜婚約破棄された公爵令嬢は、前世の宝石鑑定士スキルで王国 の闇を暴く〜  作者: 月代


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2話 辺境の氷壁

 北へ向かうこと七日。

 景色はすっかり変わっていた。豊かな穀倉地帯は針葉樹の森に変わり、空気は澄んで冷たい。遠くに雪を抱いた山脈が連なり、その麓に石造りの城塞都市が見えてきた。


 ヴァルター辺境伯領の中心地、フロストヘルム。


「お嬢様……本当にここで?」


 ダニエルの声には、まだ不安が滲んでいる。無理もない。王都から遠く離れた辺境に、追放されたばかりの公爵令嬢がアポイントもなく乗り込むのだから。


「大丈夫よ。私には、ここに来る理由がある」


 馬車が城門に差し掛かると、門番が槍を交差させて停めた。


「何者だ。辺境伯領への入域には許可証がいる」


「ヴェルデシア公爵家のセラフィーナ・ヴェルデシアです。辺境伯閣下に、取り次いでいただけますか」


「ヴェルデシア……公爵家の?」


 門番が怪訝な顔をしたのは、おそらく私の婚約破棄の噂がここまで届いているからだろう。だが、公爵家の名前は辺境でも効力を持つ。しばらく待たされた後、私は城塞の内部へ通された。


 フロストヘルムの街並みは、王都とは対照的だった。華美な装飾はなく、すべてが堅牢で実用的。だが不思議と冷たい印象はない。石壁には所々に魔石灯が埋め込まれ、淡い暖色の光が街路を照らしている。行き交う人々の表情も、辺境の厳しさの中に穏やかさがあった。


 辺境伯の居城は、街の最奥にそびえる黒い石造りの城だった。

 通された応接間で待つこと数分。


 重い扉が開き、一人の男が入ってきた。


 ——息が止まるかと思った。


 身長は百九十近いだろう。鍛え上げられた長身を黒い軍服に包み、鋼のような銀髪を無造作に後ろへ流している。切れ長の氷青色の瞳は、まるで冬の湖面のように静謐で——同時に、底知れない。


 ヴァルター辺境伯。

 名はリヒト・ヴァルター。齢二十五にして辺境を守護する武人。『氷壁の守護者』の異名は伊達ではなかった。


「——セラフィーナ・ヴェルデシア、か」


 低い声が、応接間に響いた。感情の起伏に乏しい、けれど不快ではない声。


「はい。突然のご無礼をお許しください、辺境伯閣下」


「用件を」


 短い。恐ろしく短い。社交辞令の一切を省いた、純粋な問いかけ。

 正直、好感が持てた。王宮では、意味のない美辞麗句を何層にも重ねるのが日常だったから。


「単刀直入に申し上げます。エルディア銀鉱を、見せていただきたいのです」


 リヒトの眉がわずかに動いた。この人が表情を変えるのは珍しいことなのだろうと、直感的にわかった。


「理由は」


「私は鑑定眼の持ち主です。宝石、鉱物、魔道具——あらゆるものの真贋と性質を見抜く力があります。その力で、一つ確かめたいことがあるのです」


「確かめたいこと」


「聖女リーリアの聖印が偽物である可能性。そしてその偽聖印がどこで作られたのか——その痕跡が、エルディア銀鉱にあるのではないかと」


 沈黙が落ちた。

 時計の振り子だけが、規則正しく部屋に響く。


 リヒトは腕を組み、射貫くような視線で私を見つめていた。鑑定される側になるのは不思議な気分だ。


「……お前は先日、王太子に婚約を破棄されたと聞いている」


「はい」


「聖女に毒を盛ったと」


「濡れ衣です。ですが、弁明する相手は殿下ではない。私が暴くのは、もっと大きな嘘です」


 再び沈黙。

 今度は少し短かった。


「——ついて来い」


 リヒトは振り返り、応接間を出た。


「えっ……今からですか?」


「今から以外にいつ行く」


 ……この人、会話が最短距離すぎる。


 城の裏手から続く山道を、リヒトは迷いのない足取りで登っていく。護衛もつけず、辺境伯自らが案内するとは思わなかった。


「閣下、お一人で大丈夫なのですか? この辺りには魔獣が——」


「俺がいる」


 三文字で安全を保証された。

 ……確かに、この人の纏う気配は尋常ではない。魔力というより、純粋な武の圧。まるで歩く城壁だ。


 三十分ほど山道を進むと、岩肌に大きな坑道口が現れた。周囲に採掘用の魔道具がいくつか設置されているが——。


「——稼働していない?」


「三ヶ月前に王都から操業停止命令が出た。聖銀の国家管理を強化する、という名目だ」


「三ヶ月前……聖女が召喚されたのと、ほぼ同時期ですね」


 リヒトが立ち止まり、振り返った。

 初めて、その氷のような瞳にわずかな温度が灯った気がした。


「気づいたか」


「操業停止の後、聖銀の流通はどうなりました?」


「王都の神殿が一括管理することになった。辺境には一片も回ってこない」


 パズルのピースが、一つずつ嵌まっていく。


 聖銀の独占。偽聖印の製造。聖女の召喚——すべてが連動している。


「入るぞ。足元に気をつけろ」


 坑道の中は、魔石灯の残り火がかろうじて照らす薄暗さだった。リヒトが腰の剣に手をかけたまま先行し、私は慎重に後を追う。


 そして——鉱脈の露出した区画に辿り着いた瞬間。


 私の鑑定眼が、激しく反応した。


「これは……」


 岩壁に走る銀色の鉱脈。それ自体は聖銀のものだ。だが、その一部が——不自然に抉り取られている。しかも、通常の採掘痕とはまったく違う。


「魔術による抽出痕……」


 私は岩壁に手を触れた。鑑定眼が情報を読み取る。


 抽出に使用された魔術式——転写型。

 これは聖銀そのものを採掘したのではない。聖銀の結晶構造だけを読み取り、別の金属に転写する技術。


 つまり——偽聖印の製造元は、ここだ。


「辺境伯閣下。この鉱山から、聖銀の結晶構造データが盗まれています。それを使えば、見た目だけは本物と区別がつかない偽聖銀を量産できる」


「……それが、聖女の偽聖印に使われたと?」


「はい。そして恐らく、それだけではありません」


 鑑定眼がさらに深い層を読み取る。転写術の痕跡に、見覚えのある魔術紋が重なっていた。


 レイモンド・グラントの黒曜石の指輪に刻まれていたものと、同じ魔術紋。


「宰相派の人間が、ここに来ていた……」


 背筋に冷たいものが走った。

 これは婚約破棄程度の話ではない。王国の根幹に関わる陰謀だ。


「辺境伯閣下」


「リヒトでいい」


「……リヒト閣下。お願いがあります」


「言え」


「この辺境に、しばらく置いていただけませんか。鑑定眼で読み取れる情報を、すべて整理する時間が必要です。そして——」


 私はまっすぐにリヒトを見上げた。


「あなたの力が、必要です」


 リヒトは数秒、私の目を見つめ返した。

 そして。


「……部屋を用意させる」


 ぶっきらぼうに、そう言った。


 振り返って坑道を戻るリヒトの背中を追いながら、私は手帳に新たなメモを書き加えた。


『エルディア銀鉱——転写型魔術による結晶構造の窃取を確認。宰相派レイモンド・グラントとの関連濃厚。偽聖印は氷山の一角。聖銀の国家管理は、管理ではなく独占。その目的は——まだ不明。要継続調査』


 そして、もう一つ。


『リヒト・ヴァルター辺境伯——信用できる。根拠:この人の身につけるものには、嘘がない。剣も、軍服の留め具も、すべて本物。飾り気がないのではなく、偽る必要がない人間の在り方。鑑定士として、これ以上の信頼材料はない』


 北の辺境で、真実の鑑定が始まる。


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