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鑑定眼は嘘をつかない〜婚約破棄された公爵令嬢は、前世の宝石鑑定士スキルで王国 の闇を暴く〜  作者: 月代


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1話 偽りの断罪

 王立学園の大広間に、王太子カイル・アストレアの声が響き渡った。


「セラフィーナ・ヴェルデシア。お前との婚約を、ここに破棄する」


 シャンデリアの魔石灯が煌々と照らす卒業記念の夜会。数百の視線が一斉に私に突き刺さる。

 隣に寄り添うように立つのは、半年前に異世界から召喚されたという聖女リーリア。大きな瞳を涙で潤ませ、カイル殿下の腕にしがみついている。


「聖女リーリアに毒を盛り、その神聖な力を奪おうとした罪——お前を許すわけにはいかない」


 広間にどよめきが走った。

 毒を盛った? 私が?

 馬鹿馬鹿しい。

 だが、反論する気は起きなかった。正確に言えば——反論する必要を感じなかった。


 なぜなら私には、"視える"からだ。


 前世の記憶。

 日本で三十年、宝石鑑定士として生きた記憶が、この世界に転生してからも消えずに残っている。ルーペ越しに石の真贋を見極め続けた眼——それがこの世界では、魔力を帯びた『鑑定眼』として宿った。


 宝石だけではない。魔道具、鋳造品、そして——人が身につけるあらゆる装飾品の"本質"が、私には視える。


 だから今、カイル殿下の胸元で揺れる王家の紋章ブローチに刻まれた微細な魔術紋が、本来あるべきものと違っていることにも気づいている。

 そして、聖女リーリアの首元に下がる『聖印のペンダント』が——


 ——偽物であることも。


 本物の聖印はエルディア銀鉱から産出される特級聖銀で作られる。その結晶構造は唯一無二で、光を受けると内部に蒼い燐光が走るのが特徴だ。

 だが、リーリアの聖印には燐光がない。表面の光沢も均一すぎる。あれは聖銀ではなく、ミスリル合金に聖銀メッキを施しただけの——精巧だが、紛れもない贋作だ。


 聖女が偽の聖印を身につけている。

 その意味を、今この場で叫ぶこともできた。


 けれど。


「——わかりました、殿下」


 私は静かに一礼した。


「えっ……?」


 カイル殿下が面食らったように瞬きをする。リーリアも、涙を止めて私を見つめた。


「婚約破棄、受け入れます。弁明はいたしません」


「な……待て、セラフィーナ。お前、自分が何をしたかわかっているのか?」


「殿下がそうおっしゃるのであれば、きっとそうなのでしょう。私ごとき公爵令嬢の言葉より、聖女様のお言葉の方が重いのは道理です」


 皮肉を込めたつもりはない。いや——少しだけ込めた。


「で、では罪を認めるのね……?」


 リーリアが怯えたように声を上げる。その指先が、無意識に首元の偽聖印を握りしめた。


 ああ、やっぱり。

 彼女はあれが偽物だと知っている。


「認めるも何も、証拠をお持ちなのでしょう? であれば、正式な裁定をお待ちします。それが王国の法ですから」


 私の冷静な態度が想定外だったのか、カイル殿下の表情に一瞬、動揺が走った。

 このイベントは——きっと、私が泣き叫んで取り乱す前提で仕組まれていたのだ。公衆の面前で醜態を晒させ、私の社交界での信用を完全に潰す。そういう筋書き。


 残念だけれど、前世で数えきれないほどの贋作を掴まされそうになった鑑定士を舐めないでほしい。

 偽物を見抜くことにかけて、私の右に出る者はいない。


 そして今——この茶番の全体像が、おぼろげながら視えてきている。


「セラフィーナ嬢」


 沈黙を破ったのは、宰相の息子であるレイモンド・グラントだった。銀縁の眼鏡の奥で、計算高い目が光っている。


「王太子殿下の温情に感謝するがいい。本来であれば、聖女への害意は国家反逆罪に相当する。だが殿下は、婚約破棄と領地での謹慎に留めてくださるそうだ」


 ——領地での謹慎。

 つまり、王都からの追放。


「ヴェルデシア公爵家には既に通達済みだ。明朝、迎えの馬車が来る」


 父にも。

 胸の奥がちくりと痛んだが、それも一瞬のことだった。父ならば、私の潔白を信じてくれているはずだ。


「承知しました」


 私は最後にもう一度、広間を見渡した。

 同情の目。蔑みの目。好奇の目。——そして、この状況を冷静に観察している、いくつかの鋭い目。


 すべてを記憶に焼き付ける。


 カイル殿下の紋章ブローチの異常な魔術紋。

 リーリアの偽聖印。

 レイモンドの指に嵌まった、見慣れない黒曜石の指輪。


 この王宮には、嘘が多すぎる。

 そして嘘には、必ず目的がある。


「——では殿下。最後にひとつだけ」


「なんだ」


「その聖女様のこと、大切になさってください。あの方の聖印は——とても繊細なものですから」


 リーリアの顔色が、一瞬で変わった。

 意味を悟ったのだろう。私の鑑定眼が何を見抜いたのかを。


 だが、もう遅い。

 私は振り返らなかった。


 大広間を出た廊下で、春の夜風が髪を撫でた。

 悔しくないと言えば嘘になる。カイル殿下のことは、確かに好きだった。幼い頃から婚約者として、彼の隣にいることが当たり前の日々。あの笑顔を向けられるたびに、心が温かくなったのは本当だ。


 でも。


「偽物を本物だと信じ込む人とは、一緒にいられないのよ」


 それは鑑定士としての、譲れない矜持だった。


 翌朝。

 王都を発つ馬車の中で、私は一冊の手帳を開いた。

 前世から引き継いだ癖——気になる石や道具を見たら、必ずスケッチと所見を書き留める。


 昨夜の夜会で視たものを、すべて書き記す。


 カイル殿下の紋章ブローチ——王家正式品との差異、三か所。

 リーリアの聖印——素材:ミスリル合金+聖銀メッキ。聖力反応なし。

 レイモンドの黒曜石指輪——産地不明。内部に魔術式の残留反応あり。用途未特定。


 まだ、全貌は視えない。

 でも確信はある。


 あの王宮で、何かが進行している。

 聖女の召喚、偽の聖印、王太子の異変——すべてが繋がっている。


 馬車が揺れる。

 窓の外を流れる景色が、王都の白い街並みから、次第に緑深い田園に変わっていく。


 向かう先は、ヴェルデシア公爵家の所領——ではなく。


「お嬢様、ヴェルデシア領への分岐を過ぎましたが……」


 御者のダニエルが不安そうに声をかけてきた。


「いいの。行き先を変えるわ」


「はっ……? どちらへ?」


「北の辺境。ヴァルター辺境伯領よ」


 ダニエルが息を呑んだのがわかった。

 ヴァルター辺境伯領——王国最北端の、魔獣が跋扈する辺境。そこを治めるヴァルター辺境伯は『氷壁の守護者』と呼ばれ、社交界にはほとんど姿を見せない謎多き人物だ。


 だが私は知っている。

 辺境伯領には、エルディア銀鉱がある。

 聖銀を産出する、王国唯一の鉱山。


 偽聖印の謎を解く鍵は、あの鉱山にある。


「行きましょう、ダニエル。私にはまだ、鑑定しなければならないものがたくさんあるの」


 馬車は北へ向かう。

 偽りの婚約が終わり、本物を見極める旅が始まる。


 ——私の鑑定眼は、嘘をつかない。


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