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バイト先の露店ごと異世界転移したので、現地でクジ引き屋をやってみた

作者: ねぎまろ


「頼むよ、栗木くん、この通り!」


祖母から譲り受けた一棟のちょっとボロいマンション。のんびり管理人でもしながら不労所得だバンザーイ、なんて思ってた時もありました。

現実は掃除にクレーム対応に雑用にと多忙を極める毎日だ。

今も205号室の上条というおっさんに頼み事をされ、しぶしぶ引き受けている押しの弱い俺である。


上条さんの頼み事というのは、お祭りの屋台の手伝いだった。

「どうせ暇でしょ?」じゃないんだよ。めっちゃ忙しいからね! いや、マジでマジで! と、今後何か頼まれても断れるよう強く否定を挟みながらも、まぁ屋台のバイトとかしたことないし、話のネタに体験しておくのもいいかとも思う。


ちなみに管理人の傍ら、趣味で動画配信もしている。

基本はライブ配信で通称『生主』というやつ。適当にゲーム実況したり、ソロキャンプしたり、釣りに行ったり。

登録者数はお察しである。


それとなく上条さんに聞いてみると、お客さんの顔を映さないなら撮影も大丈夫じゃないかな~と、ゆるふわな御墨付きを貰ったので、俺はカメラスタンドやマイクを持って、意気揚々と屋台のバイトに挑むことになった。



隣町の神社で行われる夏祭り。

規模としては境内に屋台が50くらい出店する、この近辺ではまぁまぁ大きいお祭りだ。


屋台は「くじ引き屋」である。

出来れば女の子が好きそうなクレープ屋とかが良かったんだけど、「栗木くん、クレープ焼いたことあんの?」の一言に沈黙した。

そんな上条さんはタコ焼き屋を出すそうで、「あとでおごってあげるよ。たまに様子見にくるから、がんばってね」とへらへら去って行った。


「さてと……」


祭りの開始まで、あと30分ぐらいか。正直、ちょっと緊張するよね。だって屋台とか初めてだし。

でも、大丈夫。俺の後ろには100人近い仲間がいるのだ。


「あー……こんばんは、でいいのかな? まだ明るいけど。えー、AHOです!」


配信をスタートさせると、視聴者がポツポツ増えだした。事前の告知を見て、わざわざ開始時刻を待っていてくれた数少ないチャンネル登録者の人たちだ。ありがてぇ。


「今日は祭り屋台の手伝いです。俺に任されたのはくじ引き屋ね」


棚に並べられている景品をカメラで映していく。

最新ゲーム機、折り畳み自転車。小さくて可愛いキャラクターのドデカぬいぐるみ。

目玉商品はここら辺だろう。


:わこつー

:クジ引きかぁ

:屋台のくじってアタリ券入ってんの?

:駄菓子屋の棒アイスよりも当たらない印象

:あのswitchii2、絶対寄せ餌で箱の中身はカラだろ


「おい、営業妨害やめろ。ちゃんとアタリ券入ってるから。うちは真っ当な商売ですから」


と言いつつ、実は自信はない。

上条のおっさんが「入ってる」と言っただけで、証拠はないのだ。金持ち配信者とか来て、くじ全部購入されて検証されたらどうしよう。

そんなことを思っていたら、パンパンッと高い音が遥か頭上で鳴った。


「あ、開始の花火が上がった。やべぇ、緊張する……」


:コミュ障がなぜ接客をしようと思ったのか

:くじ引きの客ならキッズばっかだろイケルイケル

:祭りとかもう何年も行ってないな

:釣り銭とか準備してるか?


「あ、釣り銭!」


慌てて椅子に座り、上条さんに渡された手提げ金庫を開けて確認する。


「この束になってる釣り銭用の硬貨を開始前にバラしといてって言われてたんだよ。ちなみにこれ棒金って言うんだって。みんな、ひとつ賢くなったね」


:すごいどうでもいいトリビア

:棒金ね常識だろ

:一生使わない知識

:というか話しかけられてない?

:そこの君ちょっといいかって聞かれてんぞお前


「ん? えっ! あっ、いらっしゃいませ!?」


ガチャガチャした硬貨の音で気付かなかったが、マイクは人の声をちゃんと拾っていたようだ。チャットで指摘され、カメラをそのままに慌てて椅子から立ち上がる。


「──んっ?」


店の前には褐色肌の男たちが三人立っていた。

どう見ても日本人には見えない、深い掘りの顔に銀髪と赤い目。

異国の兵隊めいたお揃いの装いで、腰には重そうなサーベルが光っている。


「え……え……?」


そして彼らの背後――さっきまで見えていた神社の境内や提灯は消え失せ、石造りの建物が並ぶ、真昼間の異国の街並みが広がっていた。


「君はアルケス国民には見えないが、他国から来た行商人かい?」


呆然と、言われた内容を頭に取り込む。

言葉はわかる。めっちゃ流暢な日本語。


「……ここ、どこだ……?」

「何を言っているんだ? ここはアルケスの王都、アルケスナンだよ」


思わず漏れた俺のひとりごとに、怪訝そうに一番年上の男が答えた。


「アルケス……」


国名らしきものを呟く。

……初めて聞く、よな? 地球にない国だったりする?


「こっちには商売するために来たのか? すごく目立つし、気合いが入った露店だね」

「ええと……はい、気合い、入ってました」

「はは、何で過去形なんだい?」


なんとなく自分の状況を認識する。

これってつまり、俺は屋台ごと異世界トリップだかして、多分だけど、この人たち兵士とか警察だよな?

俺は街中に店と佇む不審な取り締まり対象者というわけで。


ええ…ちょっと待ってほしい……。

これ、変な受け答えしたら牢屋行きとか余裕であるんじゃ?

一人、戦々恐々しながら視線を泳がせていたら、パソコンのチャット欄が動いているのが見えた。


:AHO誰と話してんの

:何なのこの会話

:お客?複数いるっぽい?

:アルケスナンって何だ

:カメラには金庫しか映ってないから意味わからんぞ

:カメラのアングル変えろよ無能


「──繋がってるっ!」


「おっと、急に大声出してどうした?」

「あ、い、いえ、すみません、何でもないです……」


ぺこぺこ謝罪しながら、そっとwebカメラを拾って男たちが見えるように棚のアームに取り付ける。


:急に奇声はギルティ

:お耳やられた……

:え、何この顔の濃いイケメンたち

:ドッキリ?外人3人に後ろの通行人まで、変なとこ金掛けるな

:目が赤いとかいい年してカラコンだっさ


状況が全然わかってないようだけど、ネットが繋がってることはすごく心強くて、強張ってた顔がゆるむ。

いざとなれば助けを求めて……も来れないかもだけど。あれ、もしかしたら何の意味もない?

いや、そんなことはないだろう。何か有益な意見やアドバイスとかくれるはず……。くれるかなぁ?


「それにしても変わった商品ばかりだな」

「上に飾られたのぼり幕も鮮やかで綺麗だけど、これって何て書いてるの?」


興味津々に見ている三人からは今のところ敵意は感じない。社交的な国民性なのかもしれない。


「ええと、これは俺の国の言葉で『くじ引き』と書いてます」

「初めて聞く言葉だな。どういう物だい?」

「ええと……」


何とか言葉を捻り出して説明するが、くじ引きはこの国にはないシステムなのだろう。男たちは不思議そうにきょとんとしている。


:説明ヘタか

:てゆうかこれなんなの?

:今キタ、どういう状況?

:これ生だよな?収録してたやつを流してるんじゃないよな?

:生なわけないだろ、風景も時間もさっきと全然違うじゃん。

:視聴者置いてきぼりドッキリやめろ


チャットがざわついているが、そっちに反応する余裕はない。


「よくわからないが、一応、クジと言う物を売るんだよな?」

「あ、はい」

「この大通りで売買するなら、この国では特別露店許可証が必要だ。許可証は持っているか?」


これが彼らの本題なのだとわかった。

ざっと血の気が引く。


「……も、持ってない、です」

「許可証の発行に小粒石が3つ必要だ。今、払えるか?」

「い、いえ、手持ちがないです……」


やっぱり俺、捕まるかもしれない。

身を縮めていると、リーダーらしき男が「ふむ」と頷いた。


「このクジというのは幾らだ? 購入してあげるから、その売り上げから許可証分の代金を払ってはどうだ?」


一瞬、呆けてしまったが、男が気を利かせてくれたのだと気付いた。


「あっ、ありがとうございます!」

「隊長、さすが太っ腹ですね」

「クジとやらはひとつ、いくらなんですか?」

「ええと……このくらいです」


設定価格は五百円だが、こっちの単位がわからず、とりあえず片手をパーにして五を示す。

瞬間、童顔の青年が驚いたように声を上げた。


「えっ!? たかっ! 5粒? 小粒石で?!」


そ、そう、高いのか。5で高いのなら500とか言ってたらヤバかったかも。


「やめろ、ヒシナク。異国から運んできた品だろう? 多少は値が張って当然だ」

「とは言え、隊長。何が買えるかもわからないのに小粒石5つも出す人いますかね?」

「それはお前の見る目がないよ新人。こうやって見ても物珍しい商品ばかりじゃないか。俺は売れると思うね」


ああ、兵隊さんたちで議論が白熱している。

そして、チャットの方では『もしかしてこれ、本当に異世界に行ってるんでは?』という意見がようやく出てきだした。

そうだよ。俺もまだよくわかってないけど、多分異世界だよ。


「じゃあ、ひとつ頂こうか」


そう言って隊長が俺に何かを手渡した。手のひらに乗せられたのは、小指の爪ぐらいに小さい茶色の石。それが5個。

金か粘土か、ただの石かはわからないけど、これがこの国の通貨なら、もし帰れなかったとき助かるはずだ。


「……ありがとうございます。では、こちらの箱から紙を一枚引いてください」


男たちに箱を差し出し、抜き出したそれを破ってもらって中を見ると、


「──10等、ですね」


ちなみにクジ番号は1から10まである。つまり10等はハズレだ。

俺はかなり気まずい思いで、10等の景品『スーパーボール』を差し出した。

やだなぁ、「これが小粒石5個?!」って言われそう。もう1個おまけに付ける?


「これは……魔光石か? いや、魔力は感じないが……」

「え、これが小粒石5個?!」


やっぱり言われた!

言われたけど………あれ? 悪い意味ではないっぽいか?

ラメに陽光が当たってキラキラ輝いてるボールに、男たちがまじまじと見惚れている。


それから隊長さんは「良い物を貰った。ありがとう」と大切そうに懐に収め、許可証をこちらに渡すと、兵士たちはこの街での注意事項やおすすめの宿を言って、笑顔で去って行った。

なんか、結構あっさり解放されたというか、終始友好的だったというか。


そして三人が去ってすぐに、遠巻きに眺めていた人たちがドッと押し寄せた。それはもう、チャットとか見る余裕がないぐらいに。天手古舞いとはこのことか……。

意外とスーパーボールがお目当ての人がかなりいるようで、10等が出てボールを手渡すとみんな嬉しそうだ。何なんだ、このスーパーボール人気。


優しそうな中年女性に「これ何に使うんですか?」と売ってる側が聞くのはありえない質問をしたら、「もちろん窓辺に飾るわ」と返ってきた。

何がもちろんなのかわかってない顔をしていたせいか、隣の高齢男性が「いかにも精霊が好きそうだからね」と付け足した。

うん……よくわからないが、喜んでもらえてるなら、こっちも嬉しい。


そんな中、初めての高額景品である4等を当てたのは、お手伝いさんらしき女性を連れたご老人だ。隠居した商人みたいな雰囲気で、見るからに良さそうな物を着ている。


「お、おお、4等ですね!」


4等より上はガランガランとベルを鳴らせと言われているが、省略でいいよな? でかい鐘の音に敵襲の合図か!と兵士が集まったら怖いし。


「景品はスケートボードになります!」

「ふむ……」


手渡しておいて何だけど、この爺さんがスケボーとか大丈夫かな……。ちらりとチャットを見る。


:ブルジョア階級っぽいじいさんだな

:本物のメイドさん初めて見た

:ジジイにスケボーはミスマッチだろ。気をきかせて他のをやればいいのに

:爺さんきょとんとしてんじゃん

:実際にAHOがスケボーやってみせてやったら

:こいつこんなにいっぱい外人役者雇ってマジで何がしたいの

:7chから来ました。これマジで異世界なの?

:んなわけない。異世界っていうネタに乗ってやって、楽しんでるだけ

:え、この映像見ててまだ否定してるやついんの?


いつの間にか、同接が過去最多だ。半分くらいは初見ぽい。多分あちらこちらで晒されているのだろう。

接客がひと段落ついたら、リスナーに今後について相談したいんだよなぁ。


「これはいったい何じゃ? どのように使う?」


とりあえず今は、売れる物を売って、万が一のためにこちらでの生活資金を貯めるべきだろう。

というわけで、不思議そうに尋ねてくる爺さんに了承を得てから、スケボーに乗って実演してみせる。さすがに凝った技は出せないけど、片足で地面蹴りながら滑るくらいなら、何とか。


ちょっとがたつく石畳を慎重にターンして戻ると、「ほぉ……」とか「わぁ……!」とか声が上がって、無駄に照れながら爺さんにスケボーを返す。


「なるほど、上手いもんじゃのう。しかし、繊細な造りじゃが、これはお前さんの国で作った物かね?」

「はい、そうですね」


チャットに「嘘つけ」「あれ、日本のメーカーじゃないぞ」とツッコミが並んでいるが、見ないふりで爺さんに対応する。

その後もブルジョワ爺さんは複数回引いて、結局スーパーボールを数個とスケボー、ペーパーヨーヨー、なわとびなどを興味深そうに持って帰って行った。


ちなみにペーパーヨーヨーとなわとびは、9等の賞品で2つから1つ選べる。一応、実演してみせたが、爺さん本人が遊ぶのかは不明である。


:ペーパーヨーヨーなつかしす

:じいさんに縄跳びだのスケボーだの骨折して寝たきり一直線じゃねぇか

:さすがに孫とかにやるんじゃね

:実演するたびにすごい歓声が上がるの笑えるんだが

:明るく素直な国民性

:もし本当に異世界だとしても言葉通じるし、見た目もそこまで差異ないし、普通に暮らしていけそうだよな


たまにチャットをチラ見しながら、次々に来るお客をさばいていく。

その時、不意に応対していた人波が割れた。

現れた銀髪紫眼の少女は、隠しきれない高貴なオーラを放っていて、そんな少女を、真面目そうな美女と腰に長剣を携えた男性が付き従っているように見える。

……これってもしかして……。


:うおおおめっちゃ美少女!

:お姫さまじゃね?

:気品溢れる感じは完全に姫様

:着てるドレスも高そうだな

:隣の美女は侍女、男は護衛か

:まだCG疑ってるけど、この子の美しさは天然ならではな感じ!


だよなぁ、やっぱりそうだよな。絶対お姫様だ。百歩譲ってお嬢様だ。

だって、店を取り囲んでいた一般のお客さんたちがしずしずと下がって場所を開けたし、少女はそれが当たり前のように瞳をキラキラ輝かせながら、こっちへずんずん進んできたもん。

やだぁ、押しが強そう。


「探したわ。あなたが『クジビキ』とやらの店主ね」


店の前まで来た少女は紫色の瞳で、楽しそうにこっちを見つめた。

年相応に高く澄んで可愛い声だが迫力がある。上に立つ者として培われた威圧感だろうか。


「は、はい、ええと……」


思わず言葉に詰まっていると、侍女らしき美女が一歩前に出た。


「店主殿。先ほど、元宰相閣下のムータンアルビレオ様がお求めになったスケイトボウドという乗り物を、アルムドニアセレスティア姫も所望しておられます。そのクジというものを姫様に引かせていただけませんか?」


ちょっと横文字多くて、読み解くのにワンターンかかった。

元宰相閣下って、あの爺さんか。そして、スケートボードをアルなんとか姫様が欲しがってる。はい、姫様確定。


「店主、代金はこれで合ってるわね? そうしたら次は箱から紙を引くのでしょう? 早く出しなさいな!」

「は、はい!」


ずずいっと身を乗りだしてくる姫様の勢いと圧力に後ずさりしながら、慌てて箱を差し出す。


:圧がつよい

:AHO、怯えてるの笑える

:こんな美少女に迫られるなんて役得じゃん

:侍女のお姉様もお美しいわ

:後ろの護衛の男の目つきはやばいがなw

:確かにAhoが変なことしたら叩っ切られそうww


こっちの気も知らず、チャットの流れは最高潮に近い。

まぁ、早々お目に掛かれないような最高級の美少女だしね……。


そんな姫はまるで獲物を狙う鷹のように一枚の紙をしなやかな動きで抜き取った。

破った紙を一緒に覗き込んだ俺は思わず絶句して、姫を見た。姫はキョトンとしている。


「店主? この、真ん中にひとつの棒は何なの?」


:え、1等?!

:おいおい、ウソだろ

:姫様さすが豪運すげぇ!

:スケボーじゃないけど一番良いじゃん!

:これが生まれついての王族か

:一等の当たりクジって、マジで入ってるもんなんだな

:1等の景品って何?説明あった?

:switchii2だよ、最新ゲーム機

:すげぇ一発で1等当てるかよ

:AHO固まってるw


「お、おめでとうございます! 1等です! この店で最も良い物が当たりました!」


俺は棚の最上段から『Switchii 2』のパッケージを降ろした。だが、姫様は怪訝な顔だ。


「これが最も良い物?」

「は、はい、これは遊具で、画面に『光の映像』を映して遊ぶんです」


箱から本体を取り出すが、画面は真っ暗だ。姫様が覗き込む。


「光の精霊を閉じ込めているの?」

「いえ、電気という特殊な力で動くんです。ちょっと待ってください、充電を……」


本体にケーブルを繋げてから、ふと動きが止まる。コンセント……は、異世界にない。

となると、パソコン用のモバイルバッテリーか。でも、配信閉じてゲームを充電すんの? あとからネットに復帰できるかわかんないのに? 

え、むりむり、こわい。もしダメだったら日本との繋がりも断たれて、異世界に俺一人じゃん。


:お?

:AHO固また

:コンセントないんじゃねww

:バッテリーぐらい持ってきてないのかよ

:充電できなきゃただの黒い箱じゃん

:これ1等が一番のハズレだな

:あーあ、せっかくの最先端技術で姫様たちをあっと驚かせる機会が


「あ、あの、これは『電気』という特殊な力のチャージが必要でして……俺の力では不十分みたいで……」


恐る恐る伝えると、姫様は不満そうに本体を侍女に押し付けた。


「最も良い物と言うから期待したのに。無理なら、これはもういいわ」

「すみません……」

「もう一度引くわよ。私の欲しいのは動く乗り物、あのスケイドボウドだわ!」


侍女が次の代金をサッとテーブルに置き、姫様が鼻先でフンフンと息を吐いた。


「さあ、早くクジを引かせなさい」


姫様の命令は絶対である。

俺はササッとクジ箱を差し出した。ちょっと対応慣れてきたな。

姫様が次に引いたのは8等だ。

確率的にも8等以下はかなり多いから妥当な結果だろう。

景品はシャボン玉、鼻ひげ眼鏡、マラカスの三択になる。


「どれも初めて見るものだわ。店主、どう使うものなのか教えてちょうだい」

「かしこまりました。まず、こちらはシャボン玉です」


すでに何度か他のお客さんに実演して教えているので、慣れたものである。

見本用のシャボン玉を辺りに吹くと、姫様の紫色の瞳がキラキラと輝いた。


「まぁ! これがシャボンダマ!? すごいわ! 光の精霊が纏わり付いてる!」


ふわふわと飛んでいくシャボン玉に自分が纏わり付くように、姫様がきゃあきゃあと軽やかに付いていく。


:可愛い

:かわいいの極み

:見てるだけで幸せ

:この子うざかわいいなw

:一生見ていたい


侍女と護衛と俺とリスナーと、おまけに周りの国民たちが微笑ましそうに見守っているのにハッと気づいたのか、姫様がコホンと咳払いしてそそくさと戻ってきた。


「ま、まぁ、悪くないわね!」

「ありがとうございます。もうひとつは鼻ひげ眼鏡です。これは……そちらの女性が付けるとわかりやすいかな?」


俺なんかが付けたところで全く面白くはない。

現に他の8等が当たった人全員、鼻ひげ眼鏡を選ぶことはなかった。俺が試しに付けて「こういうのです」ってしても、「それで?」みたいな滑ってすらいない無風の空気で終わった。こういうのは美人かイケメンが付けてこそなんだよな……。


「え、私ですか?」

「はい、もし許されるなら、お願いします」

「そうね。悪意や呪力も感じないし、セーラ、良ければ試してみなさいな」

「はい、わかりました姫様」

「ええとですね、こう、眼鏡をかけるように──あ、眼鏡って知ってますかね?」

「はい、モノクルではなく、これは両眼鏡ですね。存じております」


そう言って、美人のお姉様が鼻ひげ眼鏡をかける。

凜々しくも美しい顔に、太く黒い眉毛とちょび髭がくっつき、一気に中年男じみた顔へと変貌した。

ぶふっとくぐもった息が姫様と護衛の兄さんから漏れる。


「姫様? 大丈夫ですか?」

「え……ええ、うん、大丈夫、ちょっと咽せただけよ。……セーラ、付け心地はどうなのかしら?」

「眼鏡はよく見えるためにかける魔道具ですが、これは特に視界に目立った変化はなさそうです。眼鏡に付いている黒い飾りの意図もよくわからず……。我が国の眼鏡の方が優秀だと思います」

「そ、そう。有益な情報ね!」


自分の国を誇らしそうにドヤ顔する鼻ひげ眼鏡美人に、姫様が視線を泳がしている。笑っていいことかどうかわからないのだろう。


:爆笑

:腹筋こわれるw

:侍女から漂う残念臭w

:姫様笑いたいけど我慢してあげてる、優しい

:護衛の男、地味に肩が震えてる。あれ、あっち向いて笑ってんだろw


「ついでにこちらも良ければ試してもらえませんか? マラカスと言います。こう、手をリズミカルに振る感じで」

「こう、ですか?」

「あ、はい、上手ですね」

「これは楽器ですよね? 我が国にも似たような物はあります」


鼻ひげ眼鏡美人が両手にオモチャのマラカスを持って、シャカシャカと揺らしている。

本人的にマラカスの感触がなかなか面白いのだろう。だが、周りはその倍面白いようで、姫様も護衛も吹き出さないよう頬を歪に膨らませ、必死に耐えている。

こういうのって真面目な人ほど、えも言われぬ面白味がでるよね。


結局、姫様はシャボン玉を選んだ。まぁ、そうだろうなって感じ。


「ふう……今度こそ、スケイドボウドを引くわ!」


勢い込む姫様だが、その後は泥沼だった。


9等の縄跳び。

10等のスーパーボール。

8等のシャボン玉。

そしてまたスーパーボール、スーパーボール、スーパーボール、マラカス……。

いつの間にか応援に来た他の侍女が持つ籠の中に、大量の景品が溢れかえっていく。


もう在庫のスケボーをプレゼントしたいくらいだが、プライドの高そうな姫様だ。忖度したら怒られそうだし、どうしよう……。


「姫様、もう充分ではございませんか? この魔光石に似た石だけでも、大変価値がございますよ」

「でも、セーラ! 私が欲しいのは、あの風を切って走る乗り物なのよ! じいさまったら弟のアルブにだけアレをあげて、私の方が絶対うまく乗りこなせるのに!」


そう言いながら、姫が勢いよくクジ箱に手を突っ込む。

すでにお代は宝石みたいな大きな塊を貰っての、まとめて前払い制になっている。侍女の手持ちの小粒石が無くなったのだろう。


:今ので合計何回引いたんだよw

:じいさん、スケボーは姫の弟にやったんか

:棚にスケボーあるじゃん、もう無料であげたら?

:いや逆だろ。こんな太客もう来ないぞ。全部クジを売ってしまえ

:小粒石5個ってそこそこ高そうだったよね。姫様、王様に怒られない?

:たくさん売り上げ金たまってるけど、こっちではどのくらいの価値になるんだろうな。ぱっと見ゴールドぽいけど

:焦げ茶色だし、銅とかかもよ


チャットでは小粒石についての雑談が始まっている。

そうだなぁ……手触り的には金属? いや鉱石? そういえば俺、金に触ったことないかも。


「あら? 初めて見る文字だわ!」

「え、見せてください」


姫が抜き出したクジ紙。そこに書かれていたのは、


「おお、2等です!?」


思いがけない高額景品に思わず声が上擦る。

棚の上の方にデーンと飾られた折り畳み自転車を、椅子に乗って引っ張り下ろして、カシャン、カシャンと手際よく組み上げていく。

その複雑な構造は、異世界の人々には魔法のように見えたのかもしれない。姫や侍女たち、そして人波がざわついた。


「おめでとうございます、折り畳み自転車です! スケートボードよりも速く、高価な乗り物です!」


完成した自転車を姫の前にゆっくり差し出すと、姫の紫の瞳がキラキラと輝いた。

銀青色のフレームが太陽光を反射し、対称的な二つの車輪を持つ機械は、なかなか堂々とした存在感である。


「これは……! まぁ!まぁ!すごいわ店主! スケイドボウドとはまた違う、複雑で立派な造りね!」


姫が自転車をぐるぐると回って、いろんな角度から見回している。


「店主、これはどのように動かすのです?」

「これはですね。ここに座って、このペダルという部分に足を乗せて踏むと、連動して車輪が回って進む人力の乗り物です。もし許可を頂けるなら実際に乗ってみせますが」

「あっ、お待ちください……その場合は店主殿の臀部をこちらに乗せるということですか?」

「え、はい、そうなります。見本用の自転車はないので」


侍女のセーラさんに聞かれたので答えると、その美麗な眉をかすかにひそめられた。


「もう、こちらは姫様の所有物ですので、御不浄の物を触れさせるのはお控えください」


えっ……御不浄……。

くそ、チャットが爆笑してる。

仕方ないのでペダルをこぐようなジェスチャーを自転車の横で見せることになった。無駄に「ほぉ…」とか「おぉ…」とか感心されて、逆に恥ずかしいわ。何このパントマイム。


「乗ってみたいわ!」


姫が目を輝かせて自転車に手を伸ばしたが、すぐに侍女が制した。


「お待ちください姫様。まだ魔導師長が確認されてもない魔導具に触れてはなりません」

「それに、このような粗雑な路面でお乗りになるのは危険でございます。その乗り物には、馬車のように制御の魔術が施されているようにも見えません。もし転倒なされば大変です」


相次ぐ諌めの言葉に、姫がむぅっと尖らせる。


「もう、わかったわよ、乗らないわよ、今日は! しかし、これは本当に素晴らしい品だわ!」


姫はたいそう満足そうに頷いた。

うーん、良かった良かった。乗り物という条件を満たし、しかもスケートボードよりも凄そうというので、姫様の姉としてのプライドも満たされたっぽい。


「よし、セルジューク、これを城へ運んで! ……あ、そうだわ」


不意に姫様が俺に振り向いた。


「店主、動かない箱は返してあげるわ。貴方の国でなら問題なく動くのでしょう?」

「はっ、はい、もちろんです!」


まさかswichii2が帰ってくるとは思わず、浮かれた声が出る。

やったー、これ、俺が貰ってもいいのかなぁ? 


「そ・の・か・わ・り!」


ずずいっと姫が近づいて、俺の顔を覗き込んだ。視界いっぱいに繊細な糸のような銀髪が広がり、美少女のどアップが目と鼻の先に来て、思わず息が止まる。


「次はもっと面白いものを仕入れて、またこの国に来ること。いいわね? 絶対よ!」


そう言うと笑顔を残して、姫様ご一行は颯爽と去って行った。

またも割れた人波と共に、その後ろ姿を呆然と見送る。


:あああ、姫様行っちゃった

:奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です

:AHO、惚れた?

:いいなぁ、俺もお姫様とイチャイチャしたい

:また来いって言うか、もしかするとずっと居るって言うか

:縁起が悪いこと言っちゃだめ

:姫様に保護を求めればよかったのに


好き勝手言うチャットから目を逸らすと、テーブルの下にひとつ、スーパーボールが転がっているのが見えた。


「はぁ……。って言うか、日が落ちる前に、そろそろ宿とか取った方がいいよな?」


異世界のギラギラした強い太陽はとっくに頂点を過ぎていて、日本よりも日が落ちる速度は速い気がする。


「とりあえず店は切り上げて、リスナーと相談だな……」


ゆっくり腰をかがめて、スーパーボールを拾いつつ溜息を吐く。

そして身を起こした、その瞬間――


景色が、一瞬で反転した。


影を伸ばしつつあった異世界の太陽は消え、代わりに闇に染まる日本の境内の光景が目に飛び込んでくる。


「……へ?」


さっきまで自分を囲んでいた異国の群衆は、浴衣やTシャツ姿の日本の祭り客に変わっている。自分の周りには綿菓子やイカ焼きの屋台が並び、上には提灯が飾られていた。

肌に触れる空気も全然ちがう。乾燥してホコリっぽくも、スパイスの香りが漂っていた熱気溢れる空間は消え去り、ソースが混じったような日本の蒸し暑い夜店の空気に変わっている。


「嘘だろ……。なに? 何がきっかけ? え、それとも白昼夢?」


呆然と立ち尽くしていると、背後から陽気な声がした。


「やぁ、栗木くん! どうだい、繁盛してるかい?」

「あ…………」


声の主はこの屋台の持ち主でもある、上条さんだった。

タコ焼き屋から戻ってきたのだろう。首にタオルを巻き、額には汗を滲ませている。


「んん? 栗木くん、何だいコレ?」


上条さんは山積みの小粒石を見て、不思議そうな顔をした。

テーブルの上には中身が詰まった手提げ金庫が無造作に開けたままになっていた。黒ずんだ焦げ茶色の小石で埋め尽くされていて、ふたつみっつ、大きい石が転がっている


「……ええと……いや、外国の人が来て、母国の貨幣でクジを引いていかれて……」

「母国の貨幣? そりゃ参ったな……こんなにたくさん、断れば良かったのに……」

「で、ですよね。すみません、あの、マイナス出たら弁償します!」

「うん、まぁ、栗木くん、押しに弱いもんねぇ……。こっちも無理言って店番引き受けてもらったとこあるし、祭りの終了までまだあるから、今からでも売り上げ出るよう頑張ってみて!」


上条さんは励ますように俺の肩をたたき、持ってきたタコ焼きを渡して「じゃあ、また後で」と自分の屋台へ戻っていった。

お礼を言って見送ってから、俺は大きく息を吐く。


「……帰ってきちゃった」


結局、あれが何だったのかはわからない。もしかしたら、ここ神社だし、お狐様に化かされたとかあるのかもしれない。

ただ手元に異世界で使われていた通貨があるのだから、白昼夢や幻覚ではないのだろう。たぶん。


「あ、そうだ! 配信!」


慌てて顔を上げて、パソコンの画面を見る。


:やべぇ、マジで行って戻ってきたんか

:いや、これやっぱドッキリじゃね? うまくオチが付きすぎじゃん

:外国の人が母国の貨幣でクジ引いたw 嘘は言ってないなw

:俺もヤラセだと思う。でも面白かったぜ!

:おじさんAHOの不甲斐なさに呆れ顔だったなw

:『栗木くん、店番も出来ないの…?』

:狐に化かされたんじゃない?小粒石、全部土になってたりしてないか?

:俺は信じてるよ。おかえりAHO!


どうやら異世界の映像を見ていたのは俺だけじゃないようで。

苦笑か安堵か、また深く息をついた。









1ヶ月後。

いつものように自分の部屋でライブ配信を開始する。


「えー、こんばんは、AHOです!」


:わこつ

:待ってたぞ

:更新めっちゃ遅いじゃん

:異世界貨幣、黄金だった?

:この前のってヤラセで結論出たんじゃなかったっけ?

:あれCGでもAIでもないって有識者言ってたよ

:誰だよ有識者w

:あの後、おっちゃんに弁償したの?

:そういやswichii2どうした?aho着服した?


いろいろ質問されてるけど、とりあえず台本通りに入る。


「みんな。先月の『夏祭りだよ!屋台バイトで生配信!』見てくれたよな? イケメン兵士たちや美少女姫様やブルジョワ爺さんが来た、あの生配信だ」


:はいはい見ました!また姫様に会いたい!

:あんなのまともに信じる奴、情弱だけだわ

:あれ見てまだ疑ってるやつこそ病気だよ

:登場人物も異世界の町並みも華やかですごかったな

:姫様、自転車乗れたかなぁ

:あれから俺も異世界転生信じるようになったわ

:わかる。俺も異世界行ったときのためにチート出来そうなこと今探してるw


チャンネル登録者数も一気に増えたし、今回の同接もかなり高い。前回と同じくまたトレンドランキング入りしそうだし、長い間、底辺配信者をやってた身としては緊張するけど、いい風向きではあるのだろう。


「で、今回はその後のご報告ね。あの時、貰った茶色い石ころ、小粒石。『汚ねぇな』とか『ただの粘土』とか言ってた人も多かったし、俺もそう思ってたけど……鑑定したところ……」


:なになに!

:金だった?!

:やっぱりゴールドか?!

:マジで!?AHO億万長者になっちゃう?!


にわかに沸き立つチャットを焦らしに焦らしてから、口をゆっくり開く。


「金ではありませんでした!」


:なんだよ

:だろうな

:あーあガッカリ

:クソつまんね

:いちいち溜める必要あった?

:てゆうか、もしかしてもう全部ヤラセじゃねぇだろうな


悪態がひどいが、俺もすごいガックリきたから気持ちわかる。

小粒石、色合い的に黄金っぽかったよな。

一応、証拠として鑑定機関の正式な鑑定書を掲げる。

そこにははっきりと「GOLD 00.00%」と記されている。


「それで、じゃあ、これは何なのかという当然の疑問が浮かぶと思うんだけど、どうやら地球上でまだ確認されたことのない未知の金属なんだって。なんか今、各所機関で地味に騒ぎになってるっぽい。衝撃与えるとすごいエネルギーを発するとか何とかで」


:は?

:マジで?

:未知の金属ってガチ異世界じゃん!

:ちょっと待て、信じられないんだが

:衝撃で高エネルギー?ウソだろ?

:え、新レアメタル誕生?

:待て待て、騙されんなって

:さっきの今でそんなこと言われても

 

チャット欄が一気に騒然となった。

それをヒートアップさせるかのように、俺はいぇーいとピースサインを決める。


「というわけで今度、俺、テレビに出ます! 先月のアーカイブ映像がメインだけど。すごくね? こんな底辺配信者が地上波デビューとか!」


まぁ、テレビと言っても『嘘か真実かを暴く!世界のミステリー特集』みたいなやつで、完全に異世界ってのを信じられてるわけではない。

いろいろな角度から、映像や物的証拠を検証していく特番だ。

正直、当事者の俺もいまいち現実感ないし、疑われるのも仕方ないだろう。


「そんなわけで、番組放送前に告知するから、ぜひ見てね! 俺に起きた出来事は一体何だったのか? 俺が言ってる未知の金属というのは本当なのか? 番組を見ればすべてわかる!かもしれない!」


おお、チャットがものすごい騒ぎだ……。

すごい勢いで流れていくコメントのひとつに、ふと、目が留まる。


:一度あったことは二度ある。また異世界トリップするかもしれないな


最後の約束を思い出す。

……まぁ、またいつか行けたら面白いかもな。


小さく苦笑した後、チャットとの会話に戻って、あの後の上条さんへの言い訳やswichii2の行方についてとかを、配信枠の時間いっぱいまで、おもしろおかしく語るのだった。



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― 新着の感想 ―
続きを良ければ書いてほしいです!! すっきりとさっぱりと面白かったです。
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