ふざけるな!とお茶会中に怒鳴り込んでくるあなたはもう平民なので無礼打ちが適応されますから命があるだけ感謝してください
「ふざけるな!」
学園で友人たちとお茶会をしていると元が付く婚約者が乗り込んできた。給仕をしていた使用人が壁になるように彼の前へ立ち塞がる。
「邪魔するな。退けっ」
最初の怒鳴り声で退いてもらえると思っているお花畑思考にやれやれと首を振る。分家の令嬢たちに目配せしてしばし時間をもらう。
「何用ですか?先ぶれの手紙をはもらっておりません」
「は、はぁ?婚約者同士にそんなもの」
「もう婚約者ではありません。それとあなたは……もう平民なので。わたしに気安く話しかけないでくださいます?無礼打ちにされたいのですか?」
睨みつけると彼は目をカッと開けて声を上げようとしたが「無礼打ち用のムチを」とルミィラが使用人に告げると真っ赤な顔が青くなる。床屋にあるランプの色だわと、周りの令嬢たちはクスクス笑う。
「な、なにを」
まさかとは思うが、無礼打ちをされないとでも?
「今のあなたは、あなたの実家の使用人として雇用されてある立場。ギリギリ許されている身内の身内雇用枠なのです。それを、自ら壊そうとするなんて。たかだか平民が貴族の使用人として雇われるなんて、奇跡、なのですよ?」
普通の平民は下男や馬の管理、庭師が雇われるライン。それなのに使用人という本来あり得ない雇用。
腐っても身内であり、家族だから見捨てられない当主が頭をこちらに下げて、それだけはさせてほしいとルミィラに願った。
仕方なく慰謝料の増量と彼の母親の持つ、価値の高いアクセサリーで手打ちにした……というのに。
彼はそれを不意にしたのだ。嘆きは計り知れないだろう。
「……それは、母上の」
青白くなりながらもこちらの首元に光る、美しい宝石に元婚約者は目を開く。
「わたしに権利が譲渡されたのです。彼にムチを」
また話しかけたので、使用人が彼を捕らえて傅かせる。
「や、やめ、離せ!僕を誰だと!ひぃ!」
「ふう。また口にしましたね。彼らも貴族です。三倍に増やして」
回数を指定して、彼の背中を出すとムチがしなる。ばつばつと鈍い音。口には猿轡がされたので、声は漏れない。くぐもった悲鳴。最後にはなくなっていたが、痛みが酷く声を上げられなくなったのだろう。
「終わりました」
終了したのを見届けると再度説明をする。
「あなたが男爵令嬢に恋をしたのはいいけれど、エスコートも手紙もなくなるという家門に砂をかける真似は許されません。入婿が浮気などそもそも、わたしの家族を激怒させない保証があなたにあったの?」
問いかけても彼にはもう答える余裕は無さそうだ。打ち上げられた、死にかけの魚のようにピクピクしている。白目もむいているので、しばらく意識は戻らないだろう。
今回のことで身元引受人の、彼の家へ慰謝料をまたもらわないと。正直牢に入れた方が良いのかもしれない。
彼の家にも責任が多大にある。彼に甘い家族だ、相変わらず。
「彼を警備兵に引き渡して。牢屋に入れて」
学園に存在する特別な牢屋へ指示して、彼はズルズルと引きづられていく。紅茶を飲む。
令嬢たちに向けて、お待たせしましたわと笑みを見せる。彼女たちは心得ているので目で心配をして、落ち着いてお茶会を続けた。
この冷静さがちょっとでも、あの人にあればこうなることはなかったのに。
後日、慰謝料とまた、義母になりそこなった人からの宝石が送られてきた。手紙を読むと彼は、三年間牢屋に入れられ続けることが決まったらしい。反省の色が見られないこともある。
平民になったのにまだ貴族の意識が残っていて、平民のへりくだり方を教えなければ外に出せば死ぬと思ったのだろう。
確かにルミィラではなかったら無礼打ちが鞭ではなく刃物を出されて、処されていたに違いない。
浮気相手の男爵令嬢は、元婚約者が平民になった途端に学園にいる貴族たちが男爵家ごと潰した。なぜか?
それは、今回彼がいなくなったら自分たちの婚約者が狙われて万が一、自分のような婚約がなくなったりすることがあり得るかもしれないからだ。
寄生先をなくした女が次に狙うとしたら、同じ貴族。次々狙われてはかなわない。
将来的なリスクもあり、今ここだとなんの後ろ盾もなくした令嬢はあっという間に学園からいなくなった。ルミィラの家がそもそも訴えていたから潰れたけれど、彼らの支払い義務は消えていない。娘はおそらく稼がないといけないので、ろくな目にあってない。
別に恨んではいない。彼のことは好きじゃなかった。彼が好きになる前に恋心を違う人に淡く持っていたから。彼も浮気したし、心だけ好きな人がいてなにもしてないルミィラに悪いところなどない。
入婿なのだ。悪いのはどちらにしても相手側。せめて、エスコートをしながら、婚約者の義務をこなせば家族も半分は怒りは出なかったと思う。
ルミィラの恋心を知っているので。相手は結婚が敵わない相手だからと、また目を伏せた。元婚約者はずるい。
ほんの少しでも、本当に好きな人に好きと伝えて相思相愛になれたのだから。
自室で憂鬱に過ごしていると、ドアが叩かれて使用人がお客様ですと伝えてくる。客室に向かうと父と母が揃っている。
「え、お母様?お父様?……えっ」
口元に手をやってしまうほど、叫び出しそうになった。
「すまない。急に」
「い、いえ。お久しぶりです」
恋をした相手が目前にいて動揺しない者はいない。挙動不審になりながら、なんとかカーテシーをする。
「いや、こちらこそ。きれいになった」
褒め言葉にポッと赤くなる。不意打ちだわ。
「あ、ありがとうございます」
相手の男は、辺境の家に養子に出された後継者へと決められた人。幼馴染だったから、遠くへ行ってしばらくは泣いて暮らした。
そんな時に婚約の打診を元婚約者の家に言われたことから、実はあの家ごと本当は恨んでいたのかもしれない。
「実は……向こうの家に後継が数年前に生まれて……」
「え……」
「しかも、双子で。柔らかくて可愛らしい子達でね」
子供のことを語る彼。そんなことを言っていられない。
「その、後継ぎにはなれないが、中継ぎと彼らの補佐を願われていて。わたしは特に……あはは、当主になりたいわけじゃないから、なれなかったことは残念に思ってなくて」
ルミィラの父が引き継いだ。
「彼がね。お前の婿になりに来たのだ。断っても彼の将来は変わらない。お前が決めなさい」
「え、お父様?」
「今回の婚約者はアレで、まあ選び方が失敗したわけだ。お前に裁量を任せたい。それに彼は当主の教育を受けている。これほどまでに、任せて安心できる婿もいるまい?」
「え、あ……む、むこ」
思わず舌っ足らずになる。
「なんだか、空白期間ができたから狙ったように思われるから、その、契約書でもなんでもサインする。皆が安心するなら何枚でも」
こちらを見る目は昔よりも熱く、情熱的。
「い、いいえ。でも、その、よろしいのですか?」
彼ならば選べるのに。中継ぎとはいえ、結婚は許されるだろう。
「君がいい。君と別れた時、君と将来共にお茶を飲むこともできない苦しみに比べたら……この数年は、ずっと忘れられなかった」
同じ気持ちの自分。彼への共感。
「わ、わたしは。わたしはっ、あ、あなたがよいです」
彼へふらりと近寄り、ひたりと手を顔に当てる。本物なのか、今が夢ではないのか確認したくて。温かさに涙が溢れる。
「ありがとう。君の隣に立てるのなら、少しだけ今までの苦しみが、報われる」
「わたしもです。ずっとあなたのことが好きで好きで。忘れられなくて。時間は忘れさせてくれなかった」
元婚約者が男爵令嬢に注いだ愛を最初から理解していた。だからこそ、浮気自体はそこまで気にしていなかった。一言、相談してくれればよかったのに。
それを無視してあの人は、好き勝手にし始めたから彼女と一緒になれなかった。
ルミィラは彼へ向けてゆっくり男らしい手を取る。本物だ、血が通った人の手だ。
「結婚してください。一緒に歳を取ってください」
父と母もうっすら目に涙を浮かべ、釣られるように相手も鼻水声で頷く。
「一緒に歳を取ろうなんて……最高のプロポーズだね」
彼はこちらの手をギュッと握ると、古いアルバムを見る目でこちらを見る。
ルミィラの瞳も今、過去の出来事を思い出している目をしているだろう。昔はこうやって、子供だけに許される仕草で走った。
二人は両親が揃う部屋で、将来を誓い合うという素敵な瞬間をもたらす。両親の目にはかつて見た、二人の幼い頃の姿が重なり合う。
花冠を互いに乗せ合って走り回る光景を。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。他の作品もありますのでよければ




