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妖精の悪戯  作者: 彩流
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第七章-3 永遠の樹液提供者

 森の入り口で、私は一度だけ深呼吸した。

 森の空気を吸い込むたび、舌の根に薄い味が立つ。花の匂いが濃い。私の足首に根が触れ、すぐに離れない。膝裏、腰骨、うなじへ、木の温度が少しずつ移ってくる。冷たくない。人の手より、わずかに重い抱擁だ。

「案内するわね」

 ミルの声は静かで、情け容赦がない。緑の衣の小さな影だが、眼差しは長い年輪を通過してきた成熟した者の深さを湛えている。

 ベルは金の光をまとい、口元にいたずらの名残を浮かべた。けれど、その笑いもまた、掟を知る大人のそれだ。

 幹が背に当たる。私は寄りかかるようにして体重を幹にかける。

 樹皮の起伏が、肩甲骨と背骨の溝を正確になぞり、私の形に馴染むまで、ゆっくり圧をかけ続ける。

 胸が前へ押し出され、腰の先も逃げ場を奪われる。

 脇の下に入ってきた細い枝が、汗の粒を拾った。塩を含んだ湿りは、木肌に触れた瞬間、音を立てずに吸い込まれる。皮膚が、軽くなる。

「始めましょう」

 真紅の女王――長老が、黒く縁取られた羽根をひと揺らぎさせた。合図と同時に、幹の内部から蔓がいくつも顔を出す。

 肘の内側、膝の窪み、鎖骨の下、耳たぶの後ろ。柔らかな産毛のある蔓が、ためらいなく貼りつき、少し吸い、肌を走り、間を置く。

 汗が、喉の渇きに応えるみたいに湧く。吸い口は鋭くない。皮膚を傷つけず、ただ密着して水分と塩を引く。軽い痺れが走るたび、筋肉が反射で収縮し、その波をまた蔓が拾いながら、私は快感に身をゆだねる。

 胸の先へ、別の細い触れが来た。

 羽の縁――羽根そのものを道具にして、妖精たちが衣の下から形を整える。擦れないように、しかし逃さない角度で。

 私の大きくなった乳輪の外側を半周、もう半周。じわり、と熱がそこに集まり、重さが増す。重さに引っ張られて、胸の根が疼く。

 柔らかな舌が何かに触れた。吸わない。舐める。確かめる。少しだけ引く。

 呼吸が一段高くなり、胸の奥から、甘い気分の波が押し寄せる。波の縁は、塩の味をしている。

 下のほうでは、別の準備が進む。

 太腿の付け根を蔓がゆっくりとまたぎ、内側のやわらかいところに沿って位置を決める。

 布の扉が開かれ、皮膚が直に空気へ晒される。涼しさより先に、多くの妖精たちに見られている、という羞恥心が立つ。

 そこに、かすかな風。金の羽音がゆっくり近づいてくる。ベルだ。

 唇で触れる前に、息を吹きかける。

 熱と冷が交互に、細い筋に沿って行ったり来たりする。

 一拍遅れて、白く濁ったしずくが、皮膚の表面へ滲んだ。自分で分かる。粘りがある。

 それをベルが舐め掬い蔦へ、蔓が少し搾り、またベルの舌に戻される。

 嫌悪は上がってこない。上がったとしても、甘さが追い越していく。

 背から幹の内部に吸い込まれながら、私はまだ口を自由にしていた。

 そこで、木が私の顎をとらえる。

 蔓の先に透明な滴が揺れている。匂いは薄いのに、唇へ触れた瞬間、心拍が興奮の域に達する。

 唇から流れる蜜を飲むことを、咽喉が忘れないように。そして眠りが来ても、意識だけは途切れないように。

 一滴、また一滴。

 味はほとんどない。ただ、体が勝手にそれを受け入れるように書き換えられていく。

「力を抜いて」

 ミルの声が額の近くでした。

「我慢しすぎないで」

 ベルは下から笑う。

 同時に、両側の羽がわざと軽くかすめ、くすぐりを続けてくれる。

 笑いと喘ぎの境目で、声が漏れる。肩甲骨が幹に押しつけられ、胸の先が妖精たちに舐められ噛まれる。そこへ、舌と微かに吸う。

 快感にに合わせた速さで、ほどよく、しつこく。

 やめる気配がない。やめる理由がどこにもない。

 絶頂へ達する。その数は意味がない

 成熟した妖精たちが、次々に位置を変える。

 誰かが脇の陰で塩を舐め、誰かが指と指の間の浅瀬で汗を集め、誰かが耳の後ろで噛み留め、誰かが背骨の脇の筋を辿る。

 くすぐりは絶え間ない。

 羽の縁は柔らかいが、角度がいやらしい。笑いが怒濤のように押し込んできて、しかし、すぐその下で別の波が待っている。

 笑ってから、樹液が絞られ、腰が沈む。腰が沈んでから、また笑う。

 その繰り返しの中で、体から余分な水分と塩が抜け、代わりに濃いしずくが作られていく。

 樹液を出して、そしてさらに下の泉が、完全に目覚めた。

 蔓が縁を囲い、搾らないように、しかし逃さないように、形を保つ。

 舌が内側の壁を舐め、指ほどの手が根元を支え、別の舌が先端を摩擦し、羽が息を合わせる。

 白い濁りのあとの透明な泉の液が、鼓動と一緒に飛び出る。

 一潮。二潮。

 粘りは無く、香りは甘く、塩の味がある。

 森はそれを歓待する。

 木々は囁き、蔓は礼を尽くし、幹は抱擁を深くする。

 私は腰を前へ押し出され、背を固定されたまま、波の下に潜る。

 恥ずかしい場所の奥――裏の口の周りにも、蔓がやわらかく貼りついた。

 ゆっくり広げられるが、痛みはない。

 温い膜で覆うように密着し、吸い出す。出てきたものを汚れとして扱わない。

 余剰のもの、水分、塩、体の向こうへ捨てるはずだったものまで、森は礼として受け取る。

 そこに今まで感じたことのない快楽を与えられる。

 ただ、拒絶のかわりに安堵が来るよう、温度を揃えてくれる。

 羞恥は焼けるほど熱いが、蔓はそれも汲み取って、体の奥へ返さない。

 私は、軽くなる。

 それを見届けるように、胸の先がふるえ、そのふるえに舌が返事をする。

「あなたが選んだのよ」

 ミルの囁きは冷たい。裁きではなく、事実の温度。

「でも、幸せでしょ?」

 ベルが笑う。下から吹き上がる息に、甘い粘りがこぼれ、すぐに舌が受け止める。

 私は頷く代わりに、波の頂で崩れる。

 樹皮の硬さに肩を押しつけ、指を握り、指をほどき、息を吐き、吸い、また吐く。

 そのたび、幹が背面からやさしく押し戻してくる。私の形が、木に覚え込まれていく。

 昼の明るさが来る。

 森は暗くならない。

 羽音は少し高さを変え、交代が行われる。

 休みなく、絶え間なく、誰かが私の上にいる。

 胸の先は濡れて、塩の縁取りができ、舌がそこを外さない。

 下の泉はときおり小さく収縮し、白い糸が新しく伸びる。

 蔓は裏の口で、余分をさばく。

 口には、透明の滴が途切れず落ちる。

 眠りは来ない。つねに目が開いたままの、永いまどろみ。

 恐ろしく甘い。甘さの手前に羞恥があるだけで、それもすぐに飲まれてしまう。この羞恥心が程よい刺激になっている。

 どれほど続くのか、数える術がない。

 指の関節に乗っていた汗は舐め尽くされ、また湧く。耳の裏が軽い歯で噛み留められ、舌で慰められる。脇の窪みは、吸われては撫でられ、撫でられては吸われる。

 胸の先端から、乳白の滴がときどき滲み、舌がそれを拾って頬張る瞬間、肩が勝手に震える。

 下から新しい波が上がるたび、両脚の付け根が熱く、重くなる。

 白い濁りは途切れない。そして時に潮を吹かせられる。

 後ろから入った蔦は快感を与えながら排泄され、森はそれを栄養と呼び、礼として受け取る。私の体は、そのために調律されていく。

 長老の羽根が遠くで鳴った。

「森の掟、全ては巡る」

 誰も争わない。妖精たちは、列を乱さず位置を譲り、各々の技で私の体をほどく。

 羽でくすぐる者、舌で描く者、指で支える者、蔓を整える者。

 恥ずかしさが押し寄せる瞬間には、必ず冷たい風が頬を撫で、呼吸が戻る。

 私は降伏ではなく、同意の反復で沈んでいく。

 選んだのは私だ。

 やめる合図は口に出せるはずなのに、口は滴を受け入れるために忙しい。

 その滴が、私を眠らせず、目を閉じさせない。

 永遠の快感は、地獄でも天国でもなく、この森の礼儀だ。

 どこかで、ベルが囁いた。

「見て。あなたが出したもの、塩も甘さも揃ってる。とても綺麗で美味しい」

 ミルが低く言う。

「ここでは、何ひとつ汚れではない」

 私は、笑いなのか嗚咽なのか分からない声を一度だけ漏らし、肩から力を全部落とした。

 幹が、私を形どおりに受け止める。

 胸の先がもう一度ふるえ、下の泉が、深く揺れて、潮が新しく飛ぶ。

 蔓が裏側で礼を取り、舌が正面で礼を言い、羽が合図を送る。

 世界は呼吸だけになり、呼吸は甘さだけになり、甘さは塩の縁で美しく立ち上がる。

 やがて、私は自分の頭の中の記憶という書斎へ手を伸ばした。

 そこに、私の名の刻まれた本がある。

 紙は柔らかく湿り、端が少し波打っている。

 私はそれを閉じようとする。

 終止符は、見つからない。

 甘さが続いているからではない。

 この森には、文末という制度が初めから存在しないのだ。

 それでも私は、本だけを、そっと閉じる。

 閉じた表紙の上に、白い滴が小さく落ちる。指で拭うと、指先が甘くなる。舌でそれを舐め取ると、胸の先がまた、控えめに主張する。

 ベルが笑う。「ほらね、幸せでしょ」

 ミルが冷静に頷く。「あなたが選んだ。だから、ここにいる」

 幹は深く、夜は薄く、意識は途切れない。

 胸は濡れ、下は濁りと潮を吹き、裏の口は静かに軽くなる。

 口は礼を言い、蔓は礼を返し、羽はくすぐりを絶やさない。

 私は物語に終止符を打てない。

 ただ、甘美な恐怖の中で、静かに本を閉じる。

 それが、ここでの私の、最後の言葉だ。

 永遠快感End





最後までお読みいただき、ありがとうございます。

本作は「やさしい童話が、ある瞬間から取り返しのつかない儀礼へ反転する」感覚を、五感のすべて――触覚・湿度・体温・匂い・聴覚――で追いかけた官能ホラーです。怖さと快楽が拮抗する境目を、読者の身体感覚の中に直接つくることを目標にしました。


妖精は“小ささ”のイメージがしばしば幼さと結びつきます。しかし本作の妖精は、長命で掟と礼を知る成熟した存在として描いています。これは倫理上の配慮であると同時に、儀礼共同体の重み――「快楽ですら統治と規律の言葉をもつ」というテーマ――を成立させるための選択でもあります。


繰り返し出てくる言葉「嫌は法」は、官能と暴力の線引きを作品世界の根幹に据える合言葉です。掟の宣言は、快美の連続を“同意の反復”へと変換します。他方、代償(記憶・日常・言葉・選択権)が静かに削られていくことで、ホラーとしての冷たさが立ち上がる――この両輪が本作の設計でした。


また、終盤をマルチエンディングにしたのは、読者それぞれの「身体観/幸福観/恐怖観」を鏡に映したかったからです。


「新しい自分へ」:露見と羞恥を抱えながらも、昼と夜を往還する選択。


「そのままの自分」:社会を守りつつ自律の一部を“服”へ委ねる共犯。


「永遠の提供者」:痛みなき連続意識という甘美の裏側で、言葉を手放す決断。

どれも“正解”ではなく、“あなたの身体”がどこで頷くかの物差しです。


題材上、危うさは避けられません。束縛・変容・儀礼の描写は、現実のいかなる暴力を肯定するものでもありません。フィクションだからこそ可能な「安全な危険地帯」として、感覚の端をそっと押す――その距離感を最後まで自戒しつつ書きました。


創作面では、比喩の反復を避け、水分・塩分・重み・擦過・温冷差といった具体に寄せること、音楽的な表現が独り歩きしないよう“匂い”と“触覚の遅延(触れてから立ち上がる反応)”を軸に置くことを心がけました。読後に体のどこかが少しだけ熱を帯び、同時に薄い寒気が残る――そんな後味を目指しています。


もし本作のどこか一行でも、あなたの呼吸や脈拍に触れたなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。感想やレビューは、次の作品の羅針盤になります。よろしければ、好きだった場面や嫌いだった場面を一言でも教えてください。賛否どちらも、大切に受け止めます。


最後に、制作の過程で助言と勇気をくれた友人たち、読み手のあなたに、深く感謝します。

また別の物語でお会いできますように。


2025年


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