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吉原遊狐  作者: kumi
19/23

尊子と安治


私は尊子の待つ部屋の前で

あがった息を落ち着かせた。


突然吹き荒れた感情に

今を明け渡すわけには行かねえ。

理性は遊郭に生きる私の命の恩人だ。


私は部屋の扉を静かに開けた。

尊子は小さな両手を胸に添えて背を丸めて待っていた。

私が部屋へ入ってくると 慌てて胸に添えた手を退けた。


不安なんだろうな


どんなに大丈夫だって言ったって 

大丈夫なはずはねえ


だけど


ねっちゃんが大丈夫だって言っている

そう言い聞かせているんだろうな。


ねっちゃんが言うことに不安を持つなんて失礼だ

尊子はそう思ってんだろうな。


従うことと信頼というものは

非常に見間違いやすい。


ここに居る女にだって義理や人情というもんはある。一度持った信頼は崩さねえ。


崩したくねえんだろうな


私は部屋の中に散らばる女達を数えた。

女という点と点を私の視線が結ぶ。


人は誰かを信頼していたい生き物なんだろうな


人間を信頼していたい


じゃなきゃ

人間の自分を嫌っちまう


そんな縋りもあるのかもしれねえな


それを自分自身でどう扱い どう処理していくか

折り合いをつけて生きていくのか

忠誠心を持つのか


後悔なく そうする 覚悟を持って生きるんだろうな


点在する女を星座のように結ぶ。


「尊子 来な」


私の声を聞くと尊子は勢いよく立ち上がった。

気持ちが先に歩き出したのか 焦る気持ちに追いつき損ねた足がふらついた。

安治の部屋を出る私の足が震えたのと同じだ。

身体と心が連動していない。


怖いよな

そりゃ怖いよな

尊子の姿を見て自分への同情心が胸に滲み出てくる。


子供みてえな様を見せつけやがる。憐れみを向けてほしいのか。惨めさを慰めてもらいてえのか。

蔦の様に這い上がってこようとする感情を睨みつける。


尊子と私は無言のまま廊下を歩く。足の裏から冷たさが伝わってくる。

床が冷てえのか

私の足先が冷たくなっちまっているだけなのか


床を擦る様に歩く尊子の足元を見る。


大丈夫だ しっかりと歩けてる

ふらついてねえ


地につく足は心を現わす。


その時尊子が立ち止まった。着物の裾を少し持ち上げながら下を向いている。

私も足を止めた。


「ねっちゃん」

吐き出された息にさえ

消されそうな声で私を呼んだ。


「どうした」

私は足を戻した。尊子は進みだす様子はない。私は尊子の顔を覗き込んだ。


「ねっちゃん・・」


視線を合わせようとしても尊子はそれを求めない。


「ねっちゃん 部屋に居てくれる?」


掴んだ着物をぎゅっと握りしめ

視線を横にずらしたまま 申し訳なさそうに言った。


胸が一つ大きく鼓動を打つ。打った鼓動に表情が動かされねえように口を結んだ。


「尊子 

あんた 私に居てほしいのか?」


尊子は瞳を閉じ 言葉ないまま幾度も小さく頷いて見せた。

そして閉じていた瞳を大きく開いた。


「怖い ねっちゃんに いてもらいてぇ」


封を切ったように尊子は懇願した。

瞳のすぐそばで順番待ちしている泪を 今落とさせたくはねえ。


「分かった」


私は一言だけそう言った。


一時の宥めだ。

でも私は


嘘つきは嫌いだ。


懇願を吐き出した尊子を 自らの足で安治の居る部屋まで

連れていくことは難しくなると感じたからだ。


これは私達だけの秘密だ。

誰にも知られちゃならねえ。


廊下に涙粒さえ落としちゃならねえ。


私たちは再び歩き出した。

私は部屋に着くまでに 尊子の吐き出した懇願に

見え合う自分を創り出す覚悟を定めていた。



安治の居る部屋の前に着き尊子が扉を叩く。中から安治の返事が聞こえてきた。

耳に聞きなれた声が 今日は私のためにかけられているのではなく


尊子のために 

初めての娘のために

かけられているものだった。


尊子は膝をつき扉を開けた。

頭を下げ ひざまついている尊子を安治は見ていない。安治はその後ろに居る私を見ていた。


「入っていい」

安治のその言葉に尊子は再び頭を下げ 

そして立ち上がると部屋の中へと上がっていった。

私も尊子に続いて入ろうとした時


「久子」


姉さんに呼び止められた。私は急いで扉を閉めた。

尊子にはこれ以上の不安を持たせたくはない。

安治には何も聞かせたくない。


姉さんは私にゆっくりと近づいてくると


「なあ 久子 あんた 本当に これが 

正しいことだって思っているのか」


そう問いかけた。

何も答えないまま扉を開けようとする 私の腕を姉さんは掴んだ。

そして自分の方へと私を強く引き寄せた。


「なあ」


答えを急かす様に私に言葉を投げかける。


姉さんが見ている

私の本音を聞きたいんだ


「これで いいんだ 

姉さん これが いいんだ」


私は答えた。

姉さんはそれを聞いて掴んでいた私の腕を払い捨てた。

私は姉さんの方を振り向くことなく扉を開け部屋へと上がった。

そしてひざまついている尊子の横に並んで

ひざまつき 二人共にて安治へと頭を下げた。


「安治さん 

あなたは尊子にとって初めてのお方となります 

どうか どうか この娘を 大切に扱ってやってください」


整えられた息が床へと吐き出された。


ここへ連れてこられた時のことを思い出す。

お父 お母の前で土下座した時

漏れた息で曇った床を思い出す。



「分かった」


安治の短い返事が返ってきた。


「一つ」

私は続けた。


「お願い事があります」


安治は私の顔をじっと見た。胡座をかいている安治の背筋が一瞬伸びた。

その瞳に期待が現れた。


「何だ」

安治は間髪入れずに答える。


「私をこの場に居させてください」


更に深く私は頭を下げた。


「なぜ」

安治は小さく溜息とともに吐いた。その吐き出されたものには 

苛立ちが諦めが入り込んでいるのが分かった。あからさまに出せないものものが 偽った姿だった。

伸びていた安治の背筋が縮んだ。


「尊子の願いです 不安で張り裂けそうな娘の願いです」


尊子も私と共に頭を下げる。

安治は返事をすぐにはしなかった。私達は頭を下げ続けていた。


しばらくして


「分かった」

安治の返事が聞こえてきた。安治が私達の願いを受け入れた。

顔を上げた私と目が合うと 安治は顔を即座に顔をそむけた。彼の目が水っぽく見えた。


尊子はゆくりと敷かれた布団へ横たわった。白い布団の上では尚幼く見える。

身体は硬直したまま顔は天井を向いている。

尊子は私の方を見た。


大丈夫だ

その想いを目線に託し頷く。


ねっちゃん 来て


尊子の瞳がそう私に伝える。

私は少しばかり尊子のそばへと寄った。横では邪魔になる。

私は尊子の頭の上あたりに正座をした。


安治は何も言葉を発さなかった。安治は頭上に居る私に目を向けなかった。


在るのに無い。

無いように振舞う


私は今ここでは亡霊の様な存在だ。


尊子の小さい体に安治さんが覆いかぶさると 尊子の姿は見えなくなった。


目をそらしては目を向けて

目を向けては目を逸らして


私の視線は定まらなかった。


ううん 定めたくはなかった。でも見ようとしてしまう。


尊子のぎこちない動きに合わせ 安治は着物を開けていく。


安治は尊子を気遣うように 

尊子のおでこに引っ付く髪の毛を優しく退ける。

汗を拭くように再びおでこを撫でる。そして頬を撫でる。


そして首筋に顔を埋めた。


尊子の声が漏れる。


安治は尊子の首筋越しに私の方を見た。私の視線と安治の視線がぶつかる。

安治の息遣いが聞こえてくる。


私は目を固く閉じた。

いくら目を閉じたって耳から音が入ってくる。


その時私の膝を何かが触れた。

目を開けると尊子の左手が私の膝に触れていた。

私は尊子左手を自分の両手に一つ包み込んだ。


そして 

そっと私の膝から離し 在るべき元の位置へと戻した。


安治は自ら着物を脱ぐと尊子の中へと自身を少しずつ入れた。

尊子の身体がのけ反ったかと思うと同時に上へ逃げようとした。

安治はすかさず 尊子の頭を自分の胸に抱え込んだ。逃げないように抱きかかえた。

そして尊子の耳元で何か言う。

安治が何を言ったのか聞こえなかったが尊子は安心したのか 体の力が緩んだように見えた。


安治は尊子の肩を抱きながら 

ゆっくりと腰を動かした。


痛みに顔をしかめる尊子の様子を気にしながらも 安治の動きは早くなっていった。

肌のぶつかる音が激しさを増すにつれて尊子の声が大きくなる。

安治の声が漏れる。


私は無い存在として 

その場に在りながら二人を見ていた。


出来してしまうもんなんだな 

男っつうもんは


どんな状況であっても 

相手が誰だって構いやしない 


安治は他の男と大差変わりはねえ


愛なんて無かった



娘にとって初めての相手をする男は最後の最後まで しっかりと相手をする


安治はそれを承知だった。中途半端な手出しは意味がない。


尊子の中から自身を勢いよく引き抜くと

尊子の下っ腹にを出した。


糸引くように伸びる液体を尊子の腹へ幾度かこすりつけた。


目に焼き付いた。


安治の射精と同時に私の中に在った何かが外れた。

外れたものが何なのか分からねえ。


期待なんて無かった

憧れなんて無かった

望みなんてなかった


なのに なぜだろう 

窒息するほど胸が苦しかった。


後に子になる可能性達が空気にさらされて可愛そうだからじゃねえ。


愛は無かった 


その事実を感じた瞬間だったんだ。


愛は無かった


もう曖昧じゃねえ


私の中で幾度も繰り返される。今目の前にて目撃したものが証言してくれている。

今まであったものが 全て意味のないものになった気がした。

視線合わせも 左腕に抱かれたことも 約束も


それでいい

これで良かったんだ


布団の上で果てる二人を見る。

安治は尊子の腹の上に出したものを置いてある布切れで拭った。

そして尊子の上気した頬を優しく撫で開いていた着物を閉じた。


優しく扱われる尊子を見ながら


ここで亡霊のように居る

自分の存在が疑わしく思えた。


これで良かったんだ

そう胸の内で繰り返し 納得しようとする



そして

自分を感じているうちに気づいちまったんだ


これ以上安治を好くことがないように 

強制的に線を引くように

安治を他の男と同じだと位置づけたくて


大事だと思う尊子を使って


嫌いになれる

最もな理由を 創り出した


私は

安治を 陥れた罠にしか過ぎなかったのかもしれない




自分の罪に気づくことになった。

全ては

自分を守るために起こした偽善まがいのことに過ぎなかったんだ。








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