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吉原遊狐  作者: kumi
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尊子との約束


廊下を足早に歩く。冷たい床が私の感情を冷やしてくれる。私の駆け足を引き留めることない。この足を止めちまったら 瞬時に心は怯むだろう。

私の息は弾んだ。

勢いに任せて このまま進むしかねえ。


部屋に戻ると私は尊子を呼んだ。尊子は他の女と話していた。


「尊子」

その声に尊子は振り向き 息切らす私の元へゆっくりと歩いてきた。私の肩は大きく上下を繰り返す。

「ねっちゃん なあに?」

私の胸の内に感づくことなく 尊子は無邪気に近寄って来た。


尊子は

これから話すことの意味を理解できるのだろうか


そもそも

尊子に何から話すというのか


今更私の中で 物事の順序だてが主張する。


「ねっちゃん どうした 何かあったの? 」

私の様子を近くで見て何か感じたのだろう。尊子が心配そうに私の顔を覗き込む。

私は思わず視線を避けた。尊子の視線が私の動きを追う。


「尊子 座り あんたに話すことが在る」


次の言葉も用意してないまま話を進める。普段とは違う私の様子を前に尊子は少し怪訝そうな表情を見せた。そして着物の寄れを気にしながら私の前へと正座した。


「尊子良く聴き」

私がそう言うと尊子は背筋を伸ばし姿勢を正した。


「あんたは このままではいられねえ」

尊子は真っすぐと私を見つめ耳を傾けている。

「あんたも もう 女っつうもんになる」

尊子は微動だにしない。瞬きさえせず私を見つめている。

驚くことのない尊子の様子は 既に 命運を飲み込んでいる様に思える。


「時が満ちちまった」


私は尊子に吐き捨てる様に言った。こんな場所にさえいなければ この娘は時が満ちたって好きなだけ自分のままでいられる。好きなだけ子供でいられるっつうのに。


身体はまだ幼くたって ここでは時が満ちちまったら その体に拒否権はねえ。


「女になるということが何つうことなのか 尊子 あんた 分かってるか?」

私は尊子に尋ねた。


「はい 分かります 

ねっちゃん達みたいに 男の人のお相手をするということ」

正しい場所で正しい言葉遣いを成す。この娘はちゃんと 分かっている。


「そうだ あんたが まだしたことがない 男の相手だ」


尊子は私の言葉たちに同調するように頷いた。姿勢の良い身体とは裏腹に不安を覚える表情が広がる。隠しきれない不安だ。


「ここで生きていくことは あんたのその身体を売りものにすることだ

対価が身体だ その対価によってあんたはな 生かされる

これは あんたがここへ来た時 姉さんから言われたことだよな それに違いないな」

念を押す。


「分かってる」

尊い子ははっきりと答えた。そして続けた。


「でもねっちゃん 私は誰の相手をすればいいの?」


尊子の問いかけに私は即座に答えられなかった。沈黙が急かす。

閉じた私の口は答える機会をうかがっている様に見えるが 葛藤にあっただけだ。


「安治に頼もうと思ってる」

そう小さく言うと大きく息を吸い込んだ。

そして自分に言い聞かすように今一度声にした。


「あんたの 初めての相手は 安治さんに頼もうと思ってる」


覚悟を決めた声は大きくなった。

吐き出す息が過剰に肩を揺らす。上がっていた肩は小刻みに震えながら下がっていく。

尊子は目を丸くし固まった。そして


「なんでえ 

ねっちゃん 安治さんはねっちゃんの・・   」


眉を下げて本音を口走ろうとする。私は最後まで言葉が現われることが無いように すかさず遮断する。


「だからだ」


思いもよらない大きな声に尊子は口を閉じた。私は尊子を見つめていた。


「安治は私の信頼する男  だからだ」


私は尊子のそばへ近寄った。そしておでこに張り付いている髪の毛を撫でた。


「ここに居る男の中に あんたのことを頼める男なんて居やしねえ 安治だけだ 

安治はな 他のとは違う」


「でも ねっちゃん」


尊子は指をもぞもぞと動かしながら口を挟んだ。そして それが今正しい行いでないと察知し すぐさま口を噤んだ。


そして 

今度はゆっくりと口を開いた。


「安治さんは

 安治さんは ねっちゃんの大切な人でしょ」


尊子は確認するように私に問いかけた。

尊子の幼い口から出た言葉に 鼓膜を振動させないようにした。


違う なんていう嘘っぱち

そうだ なんていう本物


どちらも 今この娘には吐き出したくはなかった。

私は尊子に近づいた。そして 尊子の左耳に遊んでいるおくれ毛をかけた。


「尊子 あんたさんにはな 私と同じにはなってもらいたくない

あんたには

神の居ないここで出来る限り 良いものを持ってもらいたい

怖い思いは もう持ってもらいたくない

辛い思いを その胸に抱えてもらいたくないんだ」


「ねっちゃん」


その言葉を残し尊子はその後何も言わなかった。 

だからと言って不安そうな表情が消えることはなかった。


私は尊子に背を向けて立ち上がり 

その場を後にした。



後は安治に頭を下げるだけだ。


首を垂れて

願いを叶えてもらうだけだ。


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