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興国の結界術師  作者: aoi
第一章 杖の大柱
9/11

幕間 冒険者エミリアの薬草採取クエスト

エミリア視点です。

朝靄がゆっくりと晴れ始めたギブスの町。町の中央を貫く石畳の道には、早朝の商人たちの呼び声が響き渡っていた。パン屋の焼きたての香ばしい匂いが風に乗って漂い、鍛冶屋の金属を叩く音が通りの向こうまで届く。そんな慌ただしい日常の中、私は静かに冒険者ギルドの扉を開けた。


木製の重い扉を押し開けると、ひんやりとした空気と紙の匂いが漂う。古びた掲示板の前には、昼間の喧騒とは対照的に静かな空気が流れている。いくつものクエスト依頼が貼り出されていたが、その多くは高ランクの冒険者にとっては些細なものであった。


「おはよう!カレンさん!」

受付に立つ女性が顔を上げて微笑む。カレンさんは穏やかな人で、誰にでも優しい受付嬢だ。彼女の柔らかな声が、騒がしい冒険者ギルドのオアシスになっている。


「おはよう、エミリアちゃん。今日もちゃんと来てくれてありがとうね」

「うん。今日も地味な依頼だけど、しっかり頑張るね」

カレンさんはふふふ、と笑いながら、掲示板の前に誘った。


「この町は高ランクの冒険者が多くて、みんな強敵退治や護衛任務に追われているの。だから薬草採取とかの地味な仕事は後回しにされがちなのよ。エミリアちゃんみたいに地道にこなしてくれる冒険者さんがいると、本当に助かるのよね」


私は頷き、掲示板をじっと見つめる。そこに貼られているのは、どれも町の人々の生活に必要な細かい仕事ばかりだった。


 「でも……私も早く、みんなみたいに強くなりたいな」

カレンさんは優しく微笑み、私の肩にそっと手を置いた。


「焦らなくていいわ。あなたにはあなたのペースがあるもの。というか、そんなに早く強くなられたら、また低ランクの依頼やってくれる人いなくなっちゃうわ。ギルドとしては、徐々に強くなってほしいところね。てことで、今日はこれ、どう?」


カレンさんが指差したのは、薬草の採取依頼だった。依頼名は『アロマシア薬草の採取』。薬草の採取依頼は今までに2度やったことがあるので、多少勝手は分かっているつもりだ。


......もしビリーが薬草採取をお勧めされたら、多分ちょっと嫌そうにするんだろうな。冒険者は魔物退治をしてこそだ!とか言って。


「エミリアちゃん、今回の薬草採取はいつも通りFランクなんだけどね、ちょっと気をつけてほしいことがあるの」

「どうしたの?」

私はカレンさんの方になおり、真剣な表情で顔を見つめる。


「この依頼のアロマシアっていう薬草の隣には、アロメシアっていうよく似た名前の草が生えているの」

カレンさんは掲示板の図鑑を指差しながら説明を続けた。


「名前だけじゃなくて見た目もほとんど同じ。葉の形や色も似てるんだけど……実は効果が真逆なのよ」

私は息を飲んだ。

「真逆……?」


「ええ。アロマシアは体力を回復する優秀な薬草。でも、アロメシアは麻痺や吐き気を引き起こす毒草なの」

カレンさんの口調は穏やかだが、その目は真剣だった。


「だから、採取のときは葉の裏にある模様をよく見て、香りも確かめてほしいの。アロマシアの葉の裏には斑点があるの。アロメシアにはないのよ。それに香りはアロマシアのほうが甘くて優しい。アロメシアはどこか尖った感じの匂いがするから」


私は手帳を取り出し、メモをしながら確認した。

「模様と香りで見分ける……わかった!。慎重に採取するね!」


「ええ、ありがとう。慣れないうちは間違えやすいけど、焦らずにね。ギルドとしても、エミリアちゃんに任せて安心してるわ」

カレンさんは優しく微笑み、私の肩をぽんと軽くたたいた。


「気をつけてね。いってらっしゃい」

私は軽く頭を下げ、依頼書を握りしめてギルドの扉を押し開けた。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



ギルドを出た私は、町の北端に位置するギブスの公共図書館へと足を運んだ。採取任務の前には、できるかぎり情報を集める———冒険には危険がつきものだからだ。ビリーとの約束を果たす前についうっかり死んでしまっては、墓の前で笑われてしまう。


石造りの落ち着いた建物の中には、朝の光が高い窓から差し込み、薄く埃の匂いが漂っていた。館内は静かで、人の気配もまばら。長机の一つに座ると、まずは植物学の棚を目指す。


「あ、あった!」

私が引き出したのは『ファーレス大陸薬草図鑑・第三巻』という分厚い本。ページをめくる指が止まったのは、目的の薬草――アロマシアとアロメシアの項。




——————――――――――――――


【アロマシア】


通称:白露草はくろそう


特徴:5枚葉、淡い青緑色。葉の裏に薄く白い斑点が規則的に並ぶ。


香り:清涼感のある甘い香り。砕くとややミントに似た芳香を放つ。


効果:軽度の体力回復、鎮静効果、疲労回復。


【アロメシア】


通称:毒霧草どくむそう


特徴:葉の形・色はアロマシアと酷似。ただし裏面は無地で艶がある。


香り:似ているが鋭く、嗅ぎ続けると頭痛を引き起こす。


効果:摂取で吐き気・めまい・軽度の麻痺を引き起こす。特に煎じると毒性が強まる。


——————―――――――――――――




「うーん、見た目じゃちょっと分かりにくいな……香りと葉裏の模様を頼りにした方がいいかも?」

私は図鑑の挿絵をスケッチし、詳細を手帳に転記した。


続いて、地理情報の棚から『ギブス地区周辺の薬用植物と自生地』という本を手に取る。そこにはアロマシアの生育環境がこう記されていた。




——————―――――――――――――


【自生地情報】


生育場所:ギブス地区北東部の丘陵地「モスリィの丘」に点在する小規模な湿地帯。


地形特徴:岩場のくぼみに水が溜まる場所に多い。朝露が残る時間帯が採取に最適。


注意点:丘陵の奥は見通しが悪く、倒木や急斜面も多いため足元注意。


——————――――――――――――――




「モスリィの丘……湿地帯の斜面か。滑らないようにしないと」


私はさらに魔物の資料棚に移動し、関連する脅威の情報を探した。『ギブス地区魔物分布記録・最近5年間』という資料の一節に、次のような記述が見つかった。




—————―――――――――――


【出現報告魔物】


名称:ケーニヒラット(King Rat)


特徴:単独行動、雑食、洞穴や湿地帯に潜む。夜行性。曇天や早朝は活動する例もあるが、動きは鈍くなる。


サイズ:体長1メートル前後、素早い突進攻撃と鋭い牙による噛みつきに注意。


弱点部位:頭部と後脚の関節部。特に頭部は毛が薄く骨格が露出気味で、防御が甘い。後脚の関節に衝撃を与えると動きが大きく鈍る。


備考:嗅覚が鋭く、食料や薬草の匂いに反応して接近することがある。


—————―――――――――――――




「でかいな......。でも魔物ランクはF、弱点が頭部と……後脚の関節。狙うならそこか……早朝は活動してる場合もあるみたいだけど、動きが鈍くなるならなんとか狙えるかも。」


私はページに書かれた骨格図を見つめながら、ケーニヒラットとの戦い方を頭の中でシミュレーションした。こんなときビリーがいたら、薬草採取なんて忘れて、ケーニヒラットの討伐がメインになってるんだろうな。


そうしている間に、いつの間にか太陽が空の真上に来ていることに気づく。

——出発は明日の朝かな。今日は帰ってからいろいろ準備しよっと。


全ての情報を手帳に写し終えると、彼女は静かに本を棚に戻し、図書館を後にした。地味な薬草採取といえど、命の危険は常に背中合わせ。準備を怠らないこと――それが、駆け出し冒険者エミリアの流儀なのだ。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



翌朝――。


ギブスの町に柔らかな朝靄が立ち込める中、私は町外れの石畳の道を一人で歩いていた。背には小ぶりな革のリュックサック、手には愛用の木製の杖。冒険者として活動を始めて、これが五度目の依頼。そのうち薬草採取は今回で三度目だ。


とはいえ、今回の依頼は見分けるのが難しい上、採取時間と魔物の活動時間が被っている可能性がある。初めての戦闘が起こる可能性もあるとあって、私はいつもより緊張していた。


町からモスリィの丘までは徒歩で一時間ほど。いつの間にか舗装された道はなくなっており、草花に囲まれた獣道を進みながら、私は昨日まとめた手帳を何度も確認した。


「アロマシアの葉裏には白い斑点……香りは甘くて優しい……それに、湿地帯の岩場のくぼみ……」


しばらく歩いていると、視界が開けた空間にでた。うねるような小高い丘陵が連なり、ところどころには朝露に濡れた岩場と、かすかに立ちこめる湿気。木々はまばらで、ある程度遠くまで状況が確認できる。ただ、地面はぬかるんでおり、足元を取られそうな箇所も多かった。


私は足場を慎重に選びながら、目的地である北東の湿地帯へと進んでいった。途中、アロマシアによく似た植物を見つけるたびにしゃがみこみ、葉の裏や香りを確認する。

「これは……斑点なし。香りもちょっとツンとしてる……アロメシアだ。危ない危ない」


ちゃんと見分けられたことにほっとして、私は小さく息を吐いた。図書館で調べたことが早速役立っている。自分の選択が間違っていなかったと、少し自信が湧いた。


そうして湿地の中ほどにある岩陰のくぼみに、ようやく本物のアロマシアを発見した。

「……これね!」


葉の裏には確かに白い斑点。香りも昨日読み上げた通りの優しい甘さ。彼女は小さく頷き、丁寧に根元から掘り出して、革袋に一つずつ収めていった。私はその後も慎重に歩を進めながら、斜面のくぼ地や、倒木の根元、日陰になった岩のそばなどを丁寧に探っていく。



ここにも……でも、葉裏はつるつる。アロメシア、これは避ける

これは……うん、白い斑点。香りも大丈夫



手帳で見比べながら、一つひとつ確認を重ねる。採取のたびにナイフを使い、根を傷つけないように慎重に土を払う。繊細な薬草は、力任せに引き抜いては台無しになってしまうからだ。


「……ふう。これで十株目」

リュックの中で薬草の入った革袋が、しっとりと重くなっているのを感じる。


足元のぬかるみに気をつけながら、さらに湿地の奥へと歩みを進めた。そこには、苔むした倒木の間にぽっかりと空いた窪地があり、朝露をたっぷり含んだアロマシアが三株ほど群生していた。


「お、まとまって生えてる......きれい……。」


 そっとしゃがみこみ、群生を乱さないよう注意深く一本ずつ収穫していく。地道な作業だが、私は腐らずに集中して、淡々と作業を行っていく。


依頼の最低目標は十五株だし、もう少しで十分だ。

そう思ったその時――。


風が止まり、背後の草が「ざわり」と揺れた。


私の動きがぴたりと止まる。耳を澄ませば、草を踏みしめるような微かな音。鼻をつく、獣のような臭気――。


くる……!

直感と同時に、彼女は杖を握り直し、音のした方へと身を構えた。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



ざっ……ざっ......


湿った草を踏みしめる、低く重たい足音。


私は静かに立ち上がり、ゆっくりと音の方に身体を向けた。視線の先――倒木の影から、灰色の巨体がぬるりと現れた。


体長およそ一メートル。濡れたような毛並みと鋭く光る赤い目。まるで小型の獣ではなく、巨大な病魔のような異様な気配を纏っている。


「ケーニヒラット……!」


図書館の資料と寸分違わぬその姿に、エミリアは背筋を冷たくする。向こうもこちらに気づいたらしく、鼻をひくつかせながら、じりじりと距離を詰めてくる。


逃げ道はない。魔法で対処するしかない……!

落ち着け......落ち着け......


初めて相対する魔物が放つ殺気にあてられて、私は体を震わせる。

............ビリーも頑張ってるんだ。私はここで............



私が使える魔法は、たったひとつ。これで、こいつを倒すんだ!

私は狙いを定めて、魔法を発動する。


水槍(アクアスピア)!」



水魔法の基本中の基本。魔力を練り、手元から細く鋭い水の槍を生成し、対象に向けて放つシンプルな攻撃魔法だ。


震えるからだから決意を固めて発射した水の槍は、空気を裂きながらケーニヒラットの肩口に命中した。――が、


「ギャッ!」

致命傷には至らなかった。緊張からか、狙いが少しそれてしまった。獣は怒りに駆られ、牙を剥いて突進してくる。


 エミリアは咄嗟に横へ転がり、泥にまみれながら体勢を立て直す。


頭部が弱点。でも、動きが速くて正確に狙えない……!動きは遅いって書いてあったのに......!もしかして、遅くてこれなのだろうか。だとすれば、少し魔物を侮っていたかもしれない......!


予想外に機敏なケーニヒラットの動きは、10歳の彼女には大きな脅威だった。


けれど――。

だったら……動きを止めればいい。


エミリアは冷静に周囲の地形を確認し、足元がぬかるんでいる場所を探す。この湿地帯の泥は重く粘ついているため、獣の動きを鈍らせるには、地の利を活かすしかない。


私は周囲を確認した後、ケーニヒラットを()()()()()()()()を発動し、誘導を試みる。

「――こっちだよ!」


私はあえて、ぬかるみの深いエリアへと後退した。ケーニヒラットは後を追うが、ケーニヒラットもまた足元のぬかるみへと踏み込む。だが、私と違ってぬかるみ具合を把握していなかったケーニヒラットは、泥の中でバランスを崩す。その拍子に、後脚をくじいたようで、ケーニヒラットが鳴き声を上げた。


後脚をもっていけたのはラッキーだ。これでほとんど身動きはとれなくなったはず!


———今しかない!


膝をついたケーニヒラットの頭部が低くなった瞬間、エミリアは全身の魔力を両手に集中させた。

水槍(アクアスピア)――っ!」


放たれた水の槍が、真っ直ぐに額を貫く。

悲鳴もなく、巨体が泥の中に倒れ込む。

しばらく、湿地の空気が静まり返る。


私はゆっくりと杖を下ろし、魔力の流れを止めた。心臓がドクドクと鳴り、汗が首筋を伝う。まだ、立ち上がってくるかもしれないからだ......。


――だが、

ケーニヒラットの体が、再び動くことはなかった。

「……やった。やった……!」


唇が震え、自然と笑みが浮かぶ。魔物を倒せたという安堵と、恐怖を乗り越えた自信。ソロ冒険者としての、確かな一歩。その声は小さかったが、誇りに満ちていた。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



ギブスの町――冒険者ギルド。


受付の前に立った私は、泥と汗にまみれた衣服のまま、慎重に袋を差し出した。袋の中には、正しく採取されたアロマシアが十五本、そして――


「これが、ケーニヒラットの牙と爪だよ」


カレンさんが少し驚いた顔をする。

目の前に置かれたのは、鋭く湾曲した牙、太く硬い爪、泥にまみれた血の跡。間違いなくケーニヒラットのものだった。

「……エミリアちゃん、ケーニヒラットをひとりで倒したの?」


私は自信満々にこくんと頷いた。

「アロマシアとアロメシアの違い、ちゃんと見分けて採取したよ!図書館でちゃんと調べて、魔物対策も考えてから行ったよ。まあ、ちょっと予想外のことは起きたけど......。」


カレンさんの表情が驚きから柔らかさへと変わっていく。

「……すごいじゃない。はじめての魔物との戦闘で、ちゃんと準備して、冷静に対処して……それって、一人前の冒険者がやることよ」


書類に確認の印を入れながら、彼女は静かに言った。

「ケーニヒラットは全身余すところなく素材になるわ。ここにある分は全部買取でいいわよね。」

「うん、よろしく!」


「わかったわ。じゃあ今回は通常の採取報酬に加えて、追加報酬も申請しておくわね。ちょっと時間はかかるけど、ちゃんと評価項目に沿って、ポイントも加算しとくから。」


「……ありがとう!」

私はぺこりと頭を下げ、ギルドを後にした。空は薄曇りだったが、私の心は晴れていて、気持ちがよかった。歩きながら、エミリアはそっと胸に手を当てる。


わたし……ちゃんと、やれてるよね。


まだ魔法はひとつしか使えないし、誰かと組んで行動する経験もない。だけど――

ひとりでも、考えて、動いて、乗り越えることができた。


今日は確かに成長できた。そんな感覚が、私の足取りを軽くする。

次のクエストも頑張ろう!王都で頑張ってるビリーに負けないくらい!


駆け出し冒険者エミリアは、今日もギブスの町で活躍中だ。

冒険者ランクは、AからFまでの6段階評価で分けられています。ですがリリーエラ王国では、Aランク冒険者の中でも秀でた冒険者に対し、王の名のもとに称号が与えられます。称号を与えられたAランク冒険者は当然他のAランク冒険者よりも格上のため、ギルドでは便宜上、彼らをSランク冒険者として扱います。現在、リリーエラ王国には現役のAランク冒険者が487名おり、そのうちSランク冒険者は6名です。

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