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興国の結界術師  作者: aoi
第一章 杖の大柱
8/11

第八話 王立魔法学術院入学試験 終幕

朝日が差し込む食堂には、まだまばらにしか人がいない。

試験から一週間、揃って早起きした三人は、いつもより静かな空気の中で朝食をとっていた。


「……落ち着かないな」

さっきからそわそわと落ち着きがないシオンが、フォークを持つ手を止め皿の上でくるくると回す。

「シオン兄、行儀悪い」

「だってぇ......」

それもそのはず、今日は合格発表当日だ。


昨日の晩に雨が降ったこともあってか、宿り木亭の食堂はいつもより心なしか肌寒く感じた。

「合格発表、10時からだよね?ビリー」

「ああシオン、あと二時間ある」

「試験の二時間と同じ二時間とは思えないほど遠く思えるね......」


シオンなら大丈夫だろうに、何をそわそわしているんだろうか。リアナなんてまだ目半分もあいてないぞ。寝ぐせだらけでとてもじゃないが他人様にお見せできるような表情じゃない。一応ここ共有スペースなんだが、それでも貴族令嬢か。


必要以上にそわそわしているシオンと必要以上にリラックスしているリアナを対面に、おれは朝食のパンをポトフにつけて食べていた。肌寒い日の朝は、体にしみる汁物に限る。


「あんたたち、今日発表なんだって?受かってるといいねえ。」

朝の仕事がひと段落したのか、女将さんがそう話しかけながらこっちに向かってくる。


「はい、これから学術院に合格発表を見に行こうと思っています。」

シオンがそう返事をすると、女将さんが口を開いた。

「うちは学術院と提携してる宿だから合否通知書が宿に届くけど、見に行くのかい?」


「はい、やっぱり現地で見てみたいっていうのもありますね。緊張感が違うといいますか......」

「どうせ受かってるから、そのまま入学手続したい。」

「お前らほんとぶれないな......」

「ははは、いいねえ。そうかいそうかい、じゃあ職員の人には断っておくよ。気を付けていってくるんだよ。」


そう言い残して、女将さんは仕事へと戻っていった。

「な、なあシオン、この宿って学術院と提携してたのか?おれ、そんなこと知らなかったんだけど......」


「そうなのかい?学術院の受験には関係者が毎年1万人近くが来ると言われているからね。そのための宿の確保を円滑に進めるために、王都にはこういった提携先がいくつもあるんだよ。その方が予約とか楽に済むしね。それに、学術院と提携してるとなれば安全面の心配も必要なくなるからね。僕たちみたいな貴族も気兼ねなく利用できるんだよ。」


「なるほど、確かに平民の俺と貴族の二人が同じ宿に泊まってるの安全面的にちょっと不思議に思ってたけど......提携先の宿ならどこも一緒ってことなのか。それなら納得か......」


「ごちそうさま」

「あれ、もういいのかいリアナ?今日はまだおかわり一回しかしていないようだけれど」

「うん、もうちょっと寝たい」

「はは、なるほどね。本当に、マイペースなんだから......」


リアナはそう言うと席を立ち、食堂から二階に上がっていく。

「寝過ごすなよー」

おれがそう言うと、リアナは何も言わず親指を立てた。


その後しばらくしておれとシオンも朝食を終えると、おれたちは学術院へと向かうために身支度を始めるのだった。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



おれたちは身支度を終え、宿り木亭を出発した。

肩に下げたかばんには、合格した際の入学手続きに必要な様々な書類が入っている。これをなくしてしまうと大変なことになるので、絶対に無くさないように注意しなくてはならない。


おれたちは入学試験当日の行きの道と同じくらい会話がないまま、15分ほど歩いて学術院へと向かっていった。しばらくすると、学術院の正門が見えてくる。王立魔法学術院の正門前には、早朝にもかかわらず人だかりができていた。


黒と白と水色の三枚の大きな掲示板が、門前の広場に設置されている。

黒の掲示板には【一般方式】、白の掲示板には【特別方式】、水色の掲示板には【実技順位表】と記されていた。


「……やっぱり人が多いね」

シオンが緊張した声でつぶやいた。


「大丈夫だって、シオンは絶対受かってるから。それよりはおれが受かってるかどうかの方が......」

「ビリーは大丈夫に決まっているでしょうが」

「ビリーが落ちてるわけない」


おれとしては意外な返答だった。嬉しい。優秀な二人にそう言ってもらえると自信がつくってもんだ。

「ビリーは自分がどれだけ優秀なのか、分かっていないようだね。」

「......?どういうことだ?おれは特別方式だし、二人より出来悪いと思うけど。」


「そこだよ。確かに特別方式は多少難易度が下がっているけど、実際のところは並の一般受験生ならまずまともに解ける難易度じゃない。十分難しいのさ。それをたった一か月かそこらの期間で間に合わせるなんて、少なくとも僕にはできない芸当だよ。」


「特別方式は一般方式の三倍の受験者がいる。でも定員は一般方式と変わらない。平民の方が貴族より数が多いから。それも難しさの一つ。」

シオンとリアナが順番に特別試験の難しさについて語る。


言われてみれば確かにそうかもしれない。今まで全くそんなことを考えていなかったが、よく考えると特別方式ってめちゃくちゃ難しいんじゃ......。え、だとしたら余計に不安になってきたぞ。


「だったらなおさら、おれ落ちてる気がしてきたんだけど......」

「「だから大丈夫だって」」


そんなことを言っていると、だんだんと掲示板が近づいてきた。

「一般方式も特別方式も順番に見ていこうぜ」

「ああ、構わないよ。僕もみんなの結果が気になるしね」

「どっちでもいい。早く確認して入学手続きしよ」

「リアナはもうちょっと緊張感を持ちなさい」


三人は人の流れに従って、まずは一般方式試験の結果が張り出されている黒の掲示板へと向かう。

定期的に掲示板に群がる人が入れ替わり、しばらくするとおれたちの番がやってくる。


「ついにだね。さあ、名前があるといいんだけど......」

掲示板は合格者の情報が上から順位順に並んでおり、

【席次】、【受験者番号】、【氏名】、【合格者の筆記試験点数(順位)】、が明記されている。




—————――――――――――――――――――――――


王立魔法学術院 一般方式入学試験 合格者一覧


総受験者数 3896名  合格者 196名



首席 102193 リアナ・レグナート 800/800(1)


次席 109211 フアン・デ・リリーエラ 791/800(3)


三席 101552 リリー=ボーウェン 768/800(8)


四席 101561 ドーラ 786/800(5)


五席 104478 クロッカス・シレジエ 795/800(2)


六席 103253 シオン・レグナート 747/800(9)


 ・

 ・

 ・


—————―――――――――――――――――――――




「あった」

掲示板を見始めて一秒でリアナがそう言った。


「「え?」」

少し遅れておれとシオンが掲示板に目を向ける。と、そこには掲示板の一番上、首席の欄にリアナの名前があった。一位だったのか、そりゃあそうなるわな。びっくりはしたが、リアナに関しては今さらだ。もはや騒ぎ立てるほどのことじゃない。


ここには実技の結果は表記されていなかった。実技は一般方式と特別方式で区別がないから、水色の掲示板に書いてあるのだろう。


ふと周囲に目を向けると、みんな掲示板を見て一喜一憂している。

「主席って、あの9秒で翠環色出した奴か?」

「いや、そいつは双子の兄の方だ。主席はそいつの妹、10秒の方だよ」

「まじかよ、兄弟そろって化け物じゃねえか」

「筆記でも総合でも一位なのか。ああいうのが国を背負っていくんだろうな。」

「おれ、193位だった」

「受かってるだけいいじゃねえか。エリート中のエリートだぜ、お前。おれは落ちてんだ。それはケンカを売っているとみなすぞ」



「おめでとう、リアナ」

シオンが柔らかく笑い、少し下に並ぶ自分の名前を見上げた。

「僕は六席か。やっぱり、リアナにはかなわないね。」

シオンの筆記の順位は9位、総合で六席ということは、実技で順位を上げた形だろう。


「おめでとう、シオン兄」

「ふたりとも合格……やっぱすごいな、お前ら……!」

おれたちは二人の名前が張り出されていたのを確認した後、近い順位の合格者の名前をちらっと確認した。


「あれ、四席の子、家名がないね。」

ふとシオンがそうつぶやく。


え?

おれはシオンが何を言っているのか分からなかった。さっきはリアナとシオンの名前を探すので他の名前に気など向かなかったが、言われてみてみると確かに、四席の位置にはドーラという名前があった。


「平民が一般方式を受けて四席......?」

「すごい」

おれは言葉を失い、シオンが言った言葉を繰り返すしかなかった。

さすがのリアナも驚いているようで、目を見開いて掲示板にくぎ付けになっている。


しばらくおれたち三人の時は止まっていたが、そこにこんな声が聞こえてきた。


「次席は第三王子か。まあ、例年なら首席で間違いない成績のはずなんだけどな......満点取られちゃあ敵わないわな」

そう聞こえて少し上に目を向けると、フアン・デ・リリーエラという名前が次席の欄に張り出されていた。リリーエラ、確かにこの国の名前だ。第三王子って同い年だったのか。


おれたちは四席のインパクトが強すぎて、第三王子の話はあまり頭に入ってこなかった。その後しばらく順位表を確認してから、おれたちは白の掲示板へと向かっていった。



「よし、今度はおれの番だな。まあ正直合格してると思うけど、やっぱこういうのは緊張するな」

合格していなければ困るという気持ちもあり、おれは少し不安な気持ちを抱えていた。列が一歩、また一歩と進んでいき、ついにおれたちの番がやってきた。




—————―――――――――――――――――――――


王立魔法学術院 特別方式入学試験 合格者一覧


総受験者数 10824名  合格者 204名


※なお、本方式での合格者の内、二桁席次以下の合格者については準学生扱とする



首席 205563 ベック 750/800(3)


次席 206311 アン 761/800(1)


三席 201978 カナタ 742/800(10)


四席 200612 サーシャ 751/800(2)


五席 209080 モック 746/800(5)


 ・

 ・

 ・


八席 208823 ビリー 708/800(51)


 ・

 ・

 ・


—————―――――――――――――――――――――――




おれの名前は、総合順位の上から八番目に、はっきりと刻まれていた。


「……あった」

胸の奥に熱が湧いた。体の芯がじんわりと温かくなる。リアナとシオンの二人に比べたら筆記の順位はお粗末だが、総合じゃ見劣りしていないだろう。おれはエミリアと交わした約束を思い出し、たがえることなくその一歩を踏み出せたことに安堵した。


と、おれがぼんやりと自分の名前を見ていると、周囲のざわめきが耳に入る。

「あの八席のやつ、筆記51位で総合8位ってすごくないか?配点的にそんな動かないだろ。筆記の上位が団子になってたから変に見えるだけか?」

「あいつだよ、無色の受験生」

「は!?平民だったのかよ。てっきり貴族とばかり......」

「実技は平民も貴族も変わんねえって」

「まじか......今年はとんでもない受験生が多いな。」


「ビリー!すごいじゃないか!八席だぞ!

「準学生じゃなく、本学生として認められるって。これはクラス分けにも期待」

掲示板の上には、一桁席次の合格者は本学生扱いとする旨の記載があった。どうやらおれは、準学生ではなく本学生として認められるらしい。こんな制度があることなんて知らなかったが、棚から牡丹餅といったところだ。


「おめでとうビリー、やっぱり大丈夫だったじゃないか。これから学友として、よろしく頼むよ」

「これからもよろしく、ビリー」

「ああ、二人とも、改めてよろしくな。」


おれたちはその後、水色の掲示板で実技の順位を確認した。おれが1位で200/200、シオンが189/200で2位、リアナが188/200で3位だった。実技はおれたちで上位独占の形となった。おれとシオンの差が少し開いていたが、どうやらこの試験は相対評価だったらしく、7秒で無色を出したおれのせいで点差が変なことになってしまったらしい。



おれたちはすべての看板を確認したあと、入学手続きを済ませた。すべての必要書類を提出し、実技試験の際に水晶に登録された魔力と本人の魔力かどうかを認証された。あの時に魔力登録まで済ませていたなんて、手際がいいな。


おれたちはそれぞれの魔力情報が登録された学生証と学生バッジを受取り、もろもろの説明を受けた。

学生証は学生同士での連絡手段として使うことができるほか、学術院からの連絡などもすべてこの学生証に届くらしい。早速、入学予定者あてのメールが届いていたが、これは宿に戻ってから確認することにした。


学生バッジは王立魔法学術院の在学生であることを証明するもので、これを付けていると王都でのあらゆる活動に係る費用が例外なく半額になるらしい。そのほかにも様々な優遇を受けることができるらしく、さすがは天下の学術院だな、と思った。


他にも、学生の所属するクラスや席次などの様々な情報がこの学生証に載るらしい。学年が変わると自動で情報が更新されるようだ。


なんともハイテクだが、どんな魔法の組み合わせでこんなことができるのだろうか。早速連絡先を交換したおれたちは、宿り木亭への帰路にそんなことを話していた。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



余談だが、帰り道、街の通りの両脇には新入生に向けた露店がずらっと並び始めていた。

「合格祝いにどうぞ!」「新入生用の文具割引!」という声が飛び交っている。どうやら王都では、学術院の他にもさまざまな学術機関の合格発表が一斉に行われているらしく、その影響か街はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。


ふと、リアナがおれに声をかける。

「ビリー、ここ」

リアナが目を輝かせて店先を指さし、おれをじっと見つめる。


リアナが指さす先には、【新入学生歓迎!ロックバード料理全品食べ放題!時間無制限!】と立て看板がたててあるお店があった。


「そうだな、約束してたし、今日は合格祝いってことでここで夕飯を食べるか。おれのおごりで」

おれがそういうと、リアナが見たことない笑顔を向けた。......こいつ、合格が分かったときの何倍も喜んでいやがる。


「宿近いし、いったん戻って荷物置いてから出直そう。女将さんにも夕食いらないって伝えないと」

「わかった。じゃあ急ごう。......それとビリー、財布に別れを告げておいて」

しれっとリアナが恐ろしいことを口走る。


「え?マジ......?俺ら今日から半額で食えるんだけど......?」

「半額ってことは、倍食べられるってことだよ、ビリー」

「そうなんだけど、そうじゃないんだよな......」


翌朝、部屋で目を覚ましたおれの横には、すっからかんになったおれの財布の亡骸があった。

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