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興国の結界術師  作者: aoi
第一章 杖の大柱
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第五話 レグナート辺境伯家

あれから数日が経ち、試験までは残り一週間となっていた。

宿り木亭の朝は静かで、ここがあの騒がしい王都とは思えないほどだった。


柔らかな陽射しが窓辺から差し込み、ビリーの机に置かれた魔法理論の教本のページをほのかに照らしていた。日々の勉強と訓練の甲斐あってか、魔力操作もいくらか形になってきた気がする。......ま、魔力はどうやっても増えないんだけどね。............と、


「ゴトン!」

ふと、隣の部屋から少し大きな物音がした。

「……シオン兄、なにしてるの......」

「はは、ごめんごめん。ちょっと寝相が悪かったみたい......」

「もう、あんまり大きい音立てると周りの部屋に迷惑だよ」


どうやら、寝るのが下手な人がいたようだ。

実は、何日か前に女将さんから、隣の部屋に入ってきた人たちの話をされていた。

なんでもおれと同じ学術院を受験する双子だとか。


わざわざ扉をたたいて声をかけるほどでもないが、どこかで出くわしたら話くらいはしたいなと思っていた。ま、そのまま出くわすことなく何日か経ったわけだけど。


時々、こうして隣の部屋から声が聞こえてくる。そのたびにおれは、ちょっとだけうらやましくて寂しい気持ちになっていた。


が、それからほどなくして、会話の機会は訪れた。それは、勉強がひと段落して外の空気でも吸いに行こうと部屋を出た時だった。


「「「あ」」」


ちょうど双子も外に行く用事があったらしく、扉を開けるタイミングが被ったのだ。

後から聞いた話だが、向こうも女将さんから話を聞いていて、話す機会を探していたらしい。

それからおれたちは、宿り木亭の外に出て話を始めた。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



「僕たちも気分転換にと外に出るところだったんだ。タイミングが合ってよかったよ。すれ違ったまま試験日になっちゃうかなって思ってたところだったから。」

宿り木亭の裏には、綺麗に整備された芝生がある。その隅には一本の大きなみかんの木が植えられていて、そのすぐ横には4人ほどが腰かけられるほどのベンチがあった。おれたちはそこに三人で腰掛け、自己紹介を始める。


「じゃあ改めまして、はじめまして。僕はレグナート辺境伯家が長男、シオン・レグナートだよ。女将さんから既に聞いているだろうけど、僕たち双子は王立魔法学術院の受験のため、宿り木亭に泊まっているんだ。」


「え!貴族様だったのか!......あ、でした......か?」

「あはは、いいよいいよ。ここは公式な場でもないし、僕たちが目指している学術院だって、身分に関わらない実力主義なんだから。僕は、身分に関係なく君と仲良くなりたいんだ。なんたって、学友になるかもしれないんだからね。」

なんとも優しく人当たりのよさそうな雰囲気を出している、シオンと名乗る少年は、慌てるおれをみてくすっと笑いながらそう言った。


「シオン兄の言うとおり。......すごいのはお父さんで、私たちが偉いわけじゃないから気にしなくていい。あ、私はリアナ。シオン兄の双子の妹で、レグナート家の長女。よろしく。」

シオンに続いて、シオンの隣に座っている女の子が口を開いた。リアナはシオンと見た目も声もそっくりだが、シオンに比べておとなしい雰囲気がある。


「そっか、ありがとう。貴族様と話すことなんて今までなかったから、そう言ってくれて助かるよ。おれはビリー。ギブスって町から来たんだ。おれも学術院を受験するよ。」


「よろしくビリー。僕たちのことも呼び捨てで呼んじゃっていいからね。」

「ああ、わかった。シオンにリアナ、よろしく。」


「ねえビリー、ギブスって確か冒険者の町だよね。うちの領地と方角が一緒でね、ギブスの町がある領の領主とレグナート家は仲がいいから、時々ギブスの町に視察に行ってたんだ。とても活気があっていい街だよね。」


「え、ギブスを知ってるのか?そうなんだ、おれの大好きな故郷なんだよ。そういってくれてうれしいな。」

おれは確信した。シオンはいいやつだ。なんてったって、ギブス好きに悪い奴はいないからな。


「ごめんシオン、おれはレグナート辺境伯領?のことをよく知らないんだけど、辺境伯家ってことは、国境が近いんだろ?どんなとこなんだ?」

おれは自分の故郷の話をしてくれたシオンに、同じ故郷の話題で返すことで交流をはかった。


「興味があるのかい?うれしいね。そのとおりだよ、レグナート家は辺境伯領、隣接するカル=グラナス連邦との国境を仕事をしているよ。ギブスの町ほどではないけど領内ににいくつか稼げるダンジョンがあるから、冒険者もよく来るんだ。冒険者がよく食べるロックバード料理のロックバードは、うちの名産だよ。」


「ロックバードが!?そうなのか!?知らなかった!おれ、今朝もロックバードの焼き串を食べたんだ。」

「大通りにある屋台のこと?私たちも昨日見つけた。あのたれは革命。絶対にお父様のところにレシピを持ち帰らなくてはいけない。」

「リアナは食べるのが好きなんだ。特にロックバードは大好物でね。領外でおいしいレシピを見つけては、こうして逆輸入して領内で流行らせようとするんだよ。」

「ロックバードは世界一うまい。」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「そういえば、シオンとリアナは貴族だよな。ってことは多分、一般方式で受験するんだろ?おれは特別方式で受験するんだけど、受かった時のクラス分けってどうなるんだろうな」

「受ける前からクラス分けの話かい?ずいぶん自信があるようだね。......まあ、そういうのは嫌いじゃない。僕たちも落ちるつもりは毛頭ないからね。」

「たしかに私たちは一般方式で受験するけど、クラス分けは受験方式とは関係ない。点数でクラス分けするから、同じクラスになれる可能性はゼロじゃない。」

「そういうことさ。まあ、点数でクラス分けするって言っても、試験問題の難易度が違うから、準入学者は点数割り引かれて最初のクラス分けだけ不利だけどね。」


「なるほど、そうだったのか。おれ、シオンとリアナと同じクラスになりたいな。」

おれは初対面ながら、この二人とは仲良くできそうな気がした。

「そうだね、僕もビリーとは仲良くなれそうな気がする。まあ、そのためにはまず合格しなきゃだね。」


「そういえばビリー、僕たちは辺境伯家として恥ずかしくないだけの力と教養を学ぶために学術院を受けるけど、君はどうして学術院を受けようと思ったんだい?冒険者の町で生まれ育ったならなおさら、冒険者にあこがれを持っていてもおかしくはないと思うのだけど。」

「お兄、それは............」


「あー、ちょっと事情があってね。確かに冒険者になりたいとは思っているけど、おれが目指してるのは最強の冒険者なんだ。そのために自分の力についてよく知ろうと思ったってところかな。」

仲良くなれそうとはいえ初対面だ。一緒に学ぶと決まったわけでもない、ただの隣部屋の双子相手に、古代属性のことを話すつもりはない。まあ、嘘は言ってないし問題ないだろう。


「そうだったんだ。ちょっと質問を間違ってしまったかな、ごめんね。悪気はなかったんだ。」

「ああ大丈夫、変な質問ってわけでもないしな。ま、ゆくゆく話すさ。」

「そっか。それならゆっくり待つとするよ。」

「ふたりとも、受かった前提で話しすぎ。落ちたらどうするつもりなの。」

「「あ」」


同年代で同じ学術院を目指す仲間?ライバル?に会えたことで、二人は少し浮かれ気味なようだった。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「二人とも浮かれすぎ。まずは座学のテストでしょ。」

「「はい、その通りで。」」

おれとシオンは、リアナにごもっともな指摘を受けて少し落ち着いた。


「私はずっと座学をやってきていたから大丈夫だけど、ビリーはどうなの?特別枠とはいえ、勉強は間に合ってる?」

「ちょっとリアナ?お兄ちゃんもずっと座学やってたよ?私()ってどういうことかな?」


「座学かあ、今日も朝からやってたけど、どうにも算術と物理科学が苦手なんだよね。」

「なるほど、確かにその二つは積み重ねが重要な教科。対策できる期間が短いとそうなりがちなのもわかる。」

「ちょっとリアナ?それにビリーまで、聞こえているのかい?聞こえているよね?」

シオンが何か言っているが、さわやか君はいったん無視だ。なにやらリアナが勉強できそうな感じを出している。もしかしたら教えてくれるかも———


「よかったら私が教えてもいいのだけれど。どう?」

「いいのか!?ありがとう!」

「お礼はロックバード串50本でいいわ」

「一週間は食べ物に困らなそうな量だな......」

「いいえ、一食分よ」

「一食分なの!?」

見かけによらず、リアナは食いしん坊らしい。


と、おれとリアナが取引をしている横で、シオンは言葉を失っているようすだった。

「リアナが、初対面の男に勉強を教える......!?事件だ......あまり人になつかない、あのリアナが......」

なにかぼそぼそ言っているが、隣に座っていてもその内容が聞き取れないくらい声が小さい。なにやら真剣な表情をしているが、急にどうしたのだろうか。シオンは案外、変な奴なのかもしれない。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



あの日はリアナに勉強を教えてもらう約束を取り付けた後、しばらく話したおれたちは部屋に戻った。


それからというもの、おれとシオンとリアナは、試験日まで三人で試験に向けて勉強をした。女将さんも三人分の間食を用意してくれたし、リサちゃんもおれたちを応援してくれた。この二人の期待に応えるためにもと、おれたちはより一層集中してこの一週間を過ごした。


今日は試験の前日で、いつものように三人で俺の部屋で勉強会を開いていた。既に外は暗く、宿の夕食も済ませてある。消灯の時間まではあと二時間といったところだろうか。


ちなみに算術と物理科学は、リアナの教え方がうますぎてみるみると出来が良くなった。実のところ、ギブスの町を出発してから自力で勉強を進めていたものの、自力ではわからないところも多く、少し不安を抱えていたところだった。リアナの教え方は、アルトネ先生に匹敵するほど、いや......下手をしたらそれ以上にわかりやすかった。


多分リアナは、まじで頭がいい。それこそ領地経営とか、正直シオンより向いていそうだ。


などと思っていると、シオンがふと口を開いた。


「ビリー、リアナ、いよいよ明日は試験だね。いよいよだ。調子はどうだい?」

「私は問題ないわ。」

リアナは短くそう言った。


「おれもリアナのおかげでだいぶわかるようになったよ。正直おれが一週間でここまでできるようになるなんて、自分でも思っていなかったんだ。リアナ、本当にありがとうな。」

「当然。私が教えるのだから、これくらいはできるようになってもらわないといけないわ。」

「はは、ビリー、リアナにはちゃんと報酬の肉を渡しておかないとね。」

「ああ、正直50本でも安いくらいだよ。」

そういっておれは、リアナにもう一度お礼を言った。おれは冗談じゃなく、50本は安いと思っていた。


「さあ、僕たちは宿り木亭で出会った仲だ。明日の試験、全員で突破して学術院生になろうじゃないか。」

シオンが少し高めのテンションでそう言った。


「ああ、みんなで合格して、学術院で学ぶんだ!くれぐれも落ちるなよ?シオン」

「落ちないでね、シオン兄」

「やめてね?それ僕だけ落ちちゃうやつだから」


そうしてこの日は少し早めに勉強を切り上げ、おれたちは試験当日に向けて、それぞれのベッドへと戻っていった。

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