第三話 シルジアの王鐘
「___ふぅ。こんなもんか」
馬車の中で日課の魔力操作を終えたビリーは、そう言って姿勢を崩す。
「結構慣れてきたかな」
最初は糸みたいに細くしか感じ取れなかった魔力を、今ではしっかりと感じることができている。
「_____っと!見えてきたな。王都!」
長い旅路の果て、ビリーはついに目的地――王都シルジアの外門を目の当たりにする。
視界の先にそびえ立つ灰白色の城壁は、圧倒的な存在感を放っている。まるで山そのものが街を囲っているかのような錯覚に陥るほどだ。壁の高さは三十メートルを優に超え、その表面には魔法陣のような刻印がいくつも浮かび上がっていた。
検問所前には、多くの旅人と荷馬車が列をなしている。その中には、おれが乗っているのと同じ、学術院受験者用の馬車もちらほらと見受けられる。
ビリーはそんな列の最後尾に並び、背中の小さな荷物袋をぎゅっと握りしめた。
(ここが......)
城門の上部には、巨大な鐘が吊るされている。
王鐘――ここ、”王都シルジア”の象徴として知られるその鐘は、王家の家紋を正面に刻んだ青銅製の大鐘だ。その存在は王国建国の歴史まで遡ると言われ、リリーエラ初代国王が自らの魔法によって創造した“遺物”だそうだ。建国から実に7000年もの間、王鍾は王都、ひいてはこの国を見守り続けている。
――ゴォォォォン......。
まさに7000年の歴史の重みそのものであるかのような威圧感に、呑まれぎみになりつつもながめていると、ふいに時報の王鐘が鳴った。
重く澄んだ音が空に響き渡る。その音色は、少年の胸の奥を震わせた。故郷の町の雰囲気とはまるで違う、深く、威厳のある響きだった。
まるで王都そのものが「よく来たな」と語りかけてくるような、そんな感覚。
「……来たんだな、王都に。」
ビリーは小さく呟くと、列を進み、ついに検問所へとたどり着いた。
検問所の扉も城壁に負けず巨大だが、そんな城壁の荘厳な雰囲気とは少し違い、どこかモダンな印象を受け取れる。
「旅人証を確認する。どこから来た?」
門番の一人が無表情に言った。ビリーは学術院から発行された旅人登録証兼身分確認用の受験票を取り出して見せる。
「辺境の町、ギブスからです。王立魔法学術院の受験のために……」
門番は書類に目を通し、ちらりとビリーを見る。そして......
「そうか、ギブスか!おれはこの仕事につく前は冒険者をしていてな。あの町にはよく行ったよ。いい町だった。そうかー、懐かしいなあ。」
そう言った門番は、先ほどまでの無表情とは打って変わって、彼が冒険者だった頃の面影を感じさせるような、優しい笑みを浮かべた。
「……ふむ。推薦状もあるようだし、通ってよし。ただし、王都内ではルールを守ること。魔法の不法使用は重罪だ。くれぐれも王都の治安を乱さないように。いいな。......試験、頑張るんだぞ」
「......!はい!」
「いい返事だ。ようこそ、王都シルジアへ。」
ビリーは深く頭を下げ、巨大な門をくぐる。
視界が開けると、そこにはまるで異国の世界のような景色が広がっていた。
魔導ランプが光を灯す石畳の大通り、五階建ての建物が軒を連ねる商区、空を飛ぶ小型の配送ゴーレム、様々な種族の人々――何もかもが故郷と違う。
ビリーは立ち止まり、そのすべてに目を奪われた。
ギブスの町では見たこともないものばかりだ。胸の奥から、ざわざわと何かが湧き上がる感覚がする。それは恐れなとではなく。
冒険の始まりを告げる高鳴りだった。
「これが、王都……俺の、新しい冒険の物語の地だ!」
そのとき、再び鐘の音が鳴り響いた。
ゴォォン。
「......あれ、もう1時間経ってたのか?」
————―――来たね、少年。待っていたよ―――――
———王鍾が、少年を歓迎していた。
―――――――———————————————―――――――――――――――――――――
王都シルジア南区。
学術院へ向かう者たちが滞在しやすいと評判の地区に、ビリーが目指す宿はあった。
石畳を踏みしめながら歩く途中、王都の繁華な日常が彼の目に飛び込んでくる。
左手には、煌びやかな光を放つ魔法具店。"浮遊灯"、"風圧スニーカー"、"小型冷却珠"など、見たこともない日用品がずらりと並ぶショーウィンドウに、ビリーの足が自然と止まる。
「落ち着いたら、ちゃんと寄って見ていきたいな......あ!こっちも......」
右手には、鎧を陳列する装備屋。"魔導強化革"と記されたジャケットを眺めながら、ビリーはギルド塾で教わった"魔装具"という言葉を思い出した。
そして角を曲がると、居酒屋の入り口から香ばしい焼き肉と香辛料の匂いが漂ってきた。喧騒の中には、酔った冒険者たちの笑い声と、吟遊詩人が奏でる楽器の音。
「……にぎやかだなぁ。全部が初めてで、目移りするや」
初めて見る景色に感動しながら、ビリーは地図を頼りに目的の宿を目指す。
そうして少し進んだ先、細い通りを一本入って右に曲がったところに、その宿はあった。
小さな木造の三階建て。看板には『宿り木亭』の文字。屋根には小鳥の飾りが取り付けられていてとてもかわいい。なんだかあたたかみのあるような雰囲気を漂わせていた。
ビリーは扉を押して中に入る。
「いらっしゃいませ。――あらまあ、小さなお客さまじゃないの。もしかして、受験に来た子かしら?」
受付にいたのは、穏やかな笑顔の女性だった。灰色の髪を後ろで束ねた中年の女将で、奥では年頃の娘が布巾を手にコップを磨いている。
「はい。ビリーです。王立魔法学術院の受験生で……ええと、これ、受験票です」
ビリーは鞄の中からしっかりと保管していた紙を取り出す。受験者として学術院から宿泊予約がされているため、こうして受験票を提示すればいいのだ。
女将はそれを丁寧に受け取り、目を通すと頷いた。
「確認できたわ。ビリー様ですね。今日から二週間、ご滞在いただけます。宿り木亭へようこそ」
そう言って、カウンター奥から鍵を取り出す。
「まずは簡単に宿のご案内を。食事は1日2回。朝食は六つの鐘の後、夕食は十八の鐘の後に出します。お風呂は一階の奥にありますが、夜の二十二の鐘までにはお済ませください。門限も同じく二十二の鐘、施錠しますから気をつけて」
女将の声は穏やかで、けれどはっきりしていた。宿屋として長年旅人を迎えてきた風格がある。
「夕食は共同の食堂で出すけど、メニューは基本的にお任せよ。アレルギーはある?」
「いえ、ありません。なんでも食べられます」
「わかったわ。部屋は三階の一番奥。個室を用意してるから、周りのことを気にせずに集中して過ごせるわよ」
横にいた娘が鍵を差し出してくれる。ビリーはぺこりと頭を下げ、それを受け取った。
「ありがとうございます。お世話になります!」
「坊やは礼儀正しいんだね」
三階までの階段は少し急だったが、ビリーの足取りは軽い。
廊下の突き当たりにある扉を開けると、そこには木製のベッドと机、小さな棚と洗面台が備え付けられた清潔な部屋が広がっていた。
豪華ではない。だが、落ち着きがある。何より、一人だけの空間だ。
「……ふう」
靴を脱ぎ、荷物を壁際に置いて、ビリーはベッドに飛び込んだ。
ふかふかとまではいかないが、固すぎず、旅の疲れを受け止めてくれる感触。寝返りを打って天井を見上げる。
「ここが、しばらく俺の拠点になるんだな。よろしく、宿り木亭」
窓の外から、遠く王鐘の音がうっすらと聞こえてくるような気がした。
ビリーはその音に耳を傾けながら、小さく笑った。
「そうだ、少し休んだら王都の冒険者ギルドに行こう............たしかここから......近かった......はず............」
おれは少しだけ休むつもりで、そっと目を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「......zzz............zzz......zz......」
心地よいベッドの感触に身を沈めたビリーだったが、思いのほか疲労がたまっていたのか深い眠りについており、目を覚ます様子はなかった。
—————しばらくした頃、鐘の音がなるのと同時に、
コンコン
と軽いノックの音が部屋に響いた。
「……ビリーさん? ごはんのじかんですよ。おきてますか?」
少女の声。それは宿り木亭の女将の娘、リサだった。妹と同じ歳くらいだろうか、どことなく雰囲気も似ていて親しみを感じていた。
「……あ、ああ......あれ、もうそんな時間か。はーい、今行きます!」
慌てて身体を起こしたビリーは、寝ぼけまなこのままベッドから転げ落ちそうになりながらも何とか立ち上がった。
顔を洗い、寝ぐせを手でなでつけてから一階の食堂へ向かう。そこには温かい食事と、微笑ましい空気が待っていた。
この日の宿泊客はビリー一人だったため、夕食は女将とその娘のリサ、そしてビリーの三人で小さなテーブルを囲む形になった。
テーブルの上には、野菜と鶏肉のシチュー、焼きたての黒パン、そして香草を添えたサラダが並んでいた。器から立ち上る湯気と香りが、空腹に気づかせてくれる。
「いただきます」
「はい、どうぞ。今日のはリサが野菜を切ってくれたのよ」
「けっこううまくできました」
照れたように笑うリサに、ビリーもつられて笑う。しばらく馬車で一人冷たい食事をとっていたため、こんなふうに食卓を囲むのが少し懐かしく、温かく感じた。
「そうだ、ビリー。王都に来るのは初めてなんでしょう? どう思った?街の印象は」
ふいに女将がパンをちぎりながら尋ねる。
「全部が大きくて、きらびやかで……正直、目が回る感じでした。でも、なんかこう、全部が“生きてる”って感じがして……」
「わかります!あさのおおどおりとか、ギルドまえのとおりとか、すごいざわざわしてます」
リサは元気にそう言った。
「......あっ!!ギルド!!」
ビリーは思い出したように声をあげた。
「本当は、チェックインしたあとにそのまま冒険者ギルドを見に行くつもりだったんですけど......今日はもう無理か......」
「ふふ、旅の疲れが出たんでしょうね。」
「......はい。それじゃあ明日の朝、行こうと思います。おれ冒険者目指してるから、世界一大きいって言われてるギルドを一度見に行こうと思って。」
「へえ……おにいちゃん、ぼうけんしゃになるの?」
リサは首を傾げてたずねた。
「ああ!おれ、世界に名を轟かせる冒険者になりたいんだ。そのために、まずは魔法の研究をしようと思ってね。」
「!」
女将が、ふと表情を和らげた。
「……真っ直ぐな目をしてるわね。そういう子が来てくれると、なんだか応援したくなるわ」
おれは古代属性魔法の話を隠しつつ、嘘にならないよう話をした。少し申し訳ない気もしたが、変な同情を誘いたいわけじゃないし、言わなくていいことはできるだけ隠すつもりだ。
「明日はギルドに行って、そのあとはは勉強でもするのかい?」
「うん、受験までの二週間は訓練と勉強漬けけだね。残りの時間、できることは全部やるつもり」
「そうかい、なら特別に間食でも作ってやるから頑張んな。応援してるよ。」
「いいんですか!?ありがとうございます!!女将さん、リサちゃんも、おれ王都にきて初めて会ったのが二人でよかった」
「そうかい、うれしいこと言ってくれるじゃないか」
「おにいちゃんうれしいの?リサはたのしいよ!」
温かい食事、優しい人に囲まれたこのひとときは、王都という巨大な街に訪れたビリーの、はじめての安らぎとなった。