第九話 戦闘課にする?研究課にする?それとも......
それとも......は言いたいだけ
春の訪れを感じさせる陽光が、宿り木亭の窓から差し込んでいた。
洗礼の儀を受けてからギブスの町を出るまで一か月、ギブスの町から王都までの馬車で二週間、王都に到着してから受験まで二週間、そして試験が終わってから合格発表まで一週間。発表が終わってから今日までに4日が経っており、おれとエミリアが約束を交わしてから実に約2カ月半が経過しようとしていた。
すっかり暖かくなった日差しを浴びて目を覚ましたおれは、机の上に置いてある学生証を手でなぞる。
「おれ、本当に合格したんだな......」
学生証には、
【王立魔法学術院】
【本学生一年次 ビリー(20)】
と書かれており、おれの顔写真と学術院の学章が刻まれている。
学章はシルジアの王鍾をバックに、王家の家紋にもあしらわれている玲瓏の杖と王冠がデザインされており、学術院の王立たる様がこれでもかと主張されている。
「すっげえゴージャスな学章だな......」
おれがそう言いながら学章をなぞると、学生証から空中に半透明のディスプレイが表示された。
「ほんと、すごい技術だよな」
四日前の合格発表の日、帰り道でリアナとシオンとこの学生証に使われている魔法技術について議論したが、結局見当もつかずに終わってしまった。
ディスプレイには連絡先を登録した学生とのチャット欄、学術院からの案内メール欄、その他掲示板やチャットルーム、学術院購買部オンラインなど、様々な機能があり、この数日は学術院からの案内メールを待ちながら学生証の様々な機能を三人で試していた。
「今日こそ何かメール来てないかな......っと、お!来てるな......どれどれ?」
おれは学術院からの案内メール欄に来ていたメールの送り主とタイトルを確認する。
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【王立魔法学術院 学生局より】入学案内のお知らせ
【入学予定者各位】
この度は王立魔法学術院特別方式試験の合格、誠におめでとうございます。
つきましては、入学式および今後の学生生活に関わる重要な情報について資料を送付いたしますので、ご確認のほどよろしくお願いいたしします。 学生局
【入学式及び入寮案内】資料はこちら
【学事暦】資料はこちら
【学術院規則】資料はこちら
【手続情報】資料はこちら
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お、入学案内か!入学式の予定とか、いろいろ書いてあるな......よし、リアナとシオンも呼んで、一緒に確認するか!
おれは着替えてから部屋を出て、隣の部屋をノックする。するとシオンが学生証を手にもって扉を開けた。
「おはようビリー。これのことだろう?僕たちもちょうど気づいたところだよ。朝ごはんを食べたら、みんなで確認しようか。」
どうやらシオンとリアナも学生証の案内に気づいていたらしい。おれたちは一回の食堂に降りて素早く朝食を済ませると、おれの部屋に集合した。
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おれの部屋に集合し、みんなで学生証を起動しながら会話をする。
「メールが来てるのを見て、学生になったんだなって実感がわいてきたよ。」
「ああ、ちょっとわかるぜシオン。」
「メール、開けていい?」
どうやらリアナが待ちきれないようだ。こいつ、相変わらずの無表情だけど絶対いまワクワクしているな。
「よし、じゃあ開けようか。」
三人は自然と椅子を寄せ合い、表示された内容に目を通し始める。
「よし、じゃあまず【入学式及び入寮案内】からいくか。」
おれは早速添付された資料を表示し、画面をスクロールしながら読み上げる。
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【入学式及び入寮案内】
入学式日程:4/19 08:00- 学術院魔法修練場 第一修練場
入学予定者数:399名
持ち物:学生証、学生バッジ
服装:制服(学生バッジをつけること)
諸注意:入学式当日の07:00、学生証に在籍クラスを表示する。入学式後、当該クラスでのオリエンテーションを行うため、必ず確認しておくこと。制服は、4/12中に現在滞在中の宿または自宅に郵送する。
入寮式日程:4/19 15:00- 王立魔法学術院学生寮 ルクスロット第一寮前広場
入寮予定者数:358名
持ち物:学生証
服装:自由
諸注意:入寮予定者は4/16 20:00までに入寮手続き及び入寮を済ませておくこと。
部屋割り:席次順に第一寮の3階、2階、1階、第二寮の2階、1階となる。席次は学生証の学生氏名横に記載してある。第一寮3階は1人部屋が20部屋、第一寮2階以下は2-4人部屋となる。
ルクスロット寮について:本寮は新入生(一年次生)のみの学生寮である。寮長、副寮長は個人部屋を使用する生徒の中から選抜する。その他の事項については入寮式で説明する。
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「なるほど、今日が4/12だから、入学式は一週間後だね。制服は今日届くらしいよ。」
「おお!ついに制服が届くのか......!」
おれは今日制服が届くと知ってテンションが上がってきた。
「学生証の名前横にある数字って席次だったのか。おれ20って書いてあるけど、これって受験方式加味して混ぜた後の席次ってことだよな。......意外と高いな。」
おれはどうやら第20席らしい。特別方式で受験した割に席次が高くて驚いた。
「特別方式の席次が一桁だった生徒は特別に本学生として認められるみたいだし、そのあたりも加味されてるんじゃないかな?ちなみに僕は第9席だったよ。」
「やるなあシオン、おれも頑張らないと」
「わたし、首席」
「「でしょうね」」
リアナの学生証の名前横には、1という数字が記されていた。
「クラス分け、楽しみ。」
「リアナは一番上にきまってんだろ。」
「わかってて言ってないかい?リアナ」
と、まあそれはいったん置いといて、
その後おれたちは学事暦についての資料を読んでいく。
「おお、来月なんかイベントがあるみたいだな......玲瓏大祭?」
「ああ、玲瓏大祭か。」
「ん、知ってんのか?シオン」
「うん、王都で有名な祭りだよ。リリーエラ王国中から魔法自慢が集まってその腕を競い合うのさ。学術院からは毎年代表で何人か出場しているね。」
「そうなのか、面白そうだな」
「ああ、毎年違うユニークな競技が行われているから、そのたびに盛り上がるよ。」
「なるほどなあ」
玲瓏大祭というものは初めて聞いたが、とても面白そうな大会が催されるんだな。
「これ」
「どうしたリアナ?」
リアナが指さす先には【6月】クラス対抗魔法戦 という文言。
「絶対勝とうね」
リアナはこういうのが好きらしい。ちなみに、おれも大好きだ。
「クラス一緒だったらな」
おれが一番別のクラスになる可能性あるからな。一緒であることを祈るばかりだ。
「ほかにもいろんなイベントがあるね。学生生活がますます楽しみになってきたよ。」
「ああ、そうだな」
学事暦をあらかた見終えたおれたちは、続いて学術院規則についての資料を見る。
学術院の詳しいシステムについては入学式後のホームルームで説明されるらしく、ここには学術院の校則のようなものがずらずらと書かれてあった。その中には停学・退学処分になる者や、成績不良者に対する除籍処分などの罰則についても記載があり、おれたちの気が少し引き締まった。
「学術院規則についてはこんなものかな。最後に手続情報の資料があるから、これ見よっか」
「ああ。」
シオンが自分の学生証から手続情報についての資料を開く。
ビリーとリアナも各々の画面に表示された最後の資料を開いた。
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【課程選択について】
入学後、一か月の基礎課程期間を経たのち、以下のいずれかを選択してください。
①戦闘課:実践魔法技能の習得を主軸とした授業を展開。主な進路は魔法騎士団、魔導近衛隊、冒険者。
②研究課:魔法理論・応用研究を主軸とした授業を展開。主な進路は魔法学研究者。
選択期限:5/21 17:00
※なお、課程選択によるクラスの再編は行わないものとする。
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「これは......」
おれはふと固まってしまう。
「……戦闘課か、研究課か……」
おれは............どっちを選べばいいんだ?古代属性の研究をするってんなら間違いなく研究課だ。おれが学術院に来た目的がそれだからな。でも、最終的な目標は冒険者になることであって、研究はあくまでその手段であることを考えると、学術院に来た根底の目的は冒険者になることともいえる。となると戦闘課......いや、どっちだこれ?
「シオンとリアナはどうするんだ?」
おれは一度自分のことを置いておき、シオン達にどうするのか聞いてみることにした。
「僕かい?僕は戦闘課だね。戦闘課って言っても座学はあるし、領地経営や歴史、魔法理論について学び
ながら、辺境伯領の跡取りとしてふさわしい力をつけたいと思っているよ。」
確かに、辺境伯領は隣国からの脅威に立ち向かえる力がなくてはならない。当然、その領を治めるものにもある程度の力量は必要だろうし、シオンが戦闘課ってのはイメージ通りだな。
「わたしは研究課。いろんな魔法を研究したい。シオン兄、実験台になってね。」
「さらっと怖いことをいうんじゃありません!リアナはいつも僕のことそう雑に扱うんだから......」
リアナは研究課か。こっちもイメージ通りではあるな。どうやら、この中で選びあぐねているのはおれ一人らしい。
「ビリーはどうするんだい?」
「おれか?そうだな......」
二人の選択を聞いて、おれはもう一度考えてみる。古代属性という未開の属性に適性を持っているおれ。ゆくゆくは王様に称号を貰えるほどの冒険者になりたい。でも、そのためには古代属性のなぞを暴かなくてはならない。
おそらく研究課に入らないと古代属性の研究はできなさそうな気がするから、研究課の方がいいのかもしれないが......。
おれは悩んだ末、選択を急ぐべきではないような気がして、どちらかをここで選ぶのはやめておこうと思った。
「俺は……まだ決められないな」
ビリーの言葉に、リアナとシオンが振り返る。
「どっちも必要だと思う。俺にとっては……戦うことも、知ることも」
沈黙が一瞬流れた後、シオンが口を開いた。
「うん、それでいいんじゃないかな。ビリーにどういう事情があるかは分からないけど、こういうのは多分あんまり焦らない方がいい。まだ一か月あるし、じっくり考えて選べばいいと思うよ」
「私もそう思う。悩めばいい。」
「そっか。二人ともありがとうな。」
全ての連絡を見終えたおれたちは、ディスプレイを閉じ、雑談を始めた。
この選択が、今後のおれにとって大きな分岐点になるかもしれない。
焦らず、しっかり考えて答えを出そう。そんな決意が心に芽生えていた。
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———翌日。
昨日はあの後、制服が届いた。そして今日はルクスロット第一寮へ引っ越す日。おれたちはそれぞれの学生証に記された入寮案内に従い、入寮手続きを済ませるため、何日か余裕をもって宿り木亭を出ることにした。はやく学生気分を味わいたいという理由からだった。
「……さあ、ついにお別れだね。この一か月、あっという間だったよ。まさか、全員受かっちまうとはね」
早朝、この時間はまだリサちゃんは眠っている。受付に立っている女将が、おれたちの顔を順番に眺めながらそう言った。
「本当にお世話になりました。王都に来て初めて出会ったのが女将さんでよかったです。」
シオンがそう言った。
「おや、どこかで誰かが同じようなことを言っていたね。何度言われてもうれしいもんだね。」
女将さんはおれの方を見ながらそう言った。確かに言ったな、とおれは宿り木亭に来た当時のことを思い出す。
「女将のロックバード料理は至高。また食べにくる。」
「ああ、ありがとうね。悪いけど、何度言われてもレシピはくれてやらないからね、リアナ」
リアナは女将に何度もレシピを尋ねていたらしい。いつの間にそんなことしてたのか。
———宿り木亭は、王都の片隅にある、どこか懐かしい空気をまとった宿だった。
勉強がうまくいかなかった日も、試験を前に緊張した夜も、故郷を思い出して寂しくなったときも、この宿の温かい灯と食事、それに女将とリサちゃんがおれたちを支えてくれた。
おれたちにとって、ここは紛れもない宿り木だったんだ。
「じゃあ……三人とも、忘れ物はないかい?」
女将が、いつもと変わらない穏やかな声で声をかける。
「はい。女将さん……おれたち、頑張ります!」
おれがそう言って深く頭を下げると、リアナとシオンもそれに続いた。
女将は三人の頭を順に撫でるように見て、ふっと微笑んだ。
「無理しすぎないことだよ。疲れたら、また帰っておいで。宿り木亭はいつでも開いてるからね」
その言葉が、胸の奥にじんわりと染み入る。
「また来る。絶対に」
リアナがそういって頷く。
「じゃあ、また!」
おれたちは宿を出る。玄関先には見慣れた看板が朝日を受けて光っていた。
木製の枝に、緑の葉が宿る意匠と――“宿り木亭”の文字。
肩にかけた布製の鞄の中には、これまで使ってきた魔法理論の教本や、練習用の杖、そしてリサちゃんからもらったお守りが入っていた。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
ルクスロット寮 第一学生寮。
灰色の石造りの建物は、王都の中でもひときわ目を引く荘厳な造りだった。
緑に囲まれた中庭を抜け、受付で手続きを済ませたビリーたちは、寮母さんのもとに案内された。
「わたしがこのルクスロット寮の寮母、ジャンヌです。よろしくね。」
「「「よろしくお願いします」」」
おれたちは息をそろえて挨拶をした。この寮母さんどこかで見たことがあるような......
「あなたたち、宿り木亭から来たんでしょう?あそこの女将はね、私の姉なのよ」
「え!そうなんですか!!どうりでどこかで見た顔だなと......」
口調はおっとりとしていて、見た目の性格は全く似ていないだけに、おれたちは驚いた。
「ふふ、世界って意外と狭いわよね。さ、荷物も重いでしょう。早速部屋を案内するわ。あなたたちはみんな個室よ。個室組は今日、他にも何人か来るようだけれど......みんなとっても優秀なのね。」
おれたちは席次が上位20ということで、確定で個室を貰えることになっていた。
早速それぞれの部屋に順番に案内される。ルクスロット第一寮の三階は、第二寮やほかの階と比べて部屋の数が少ない。そう、つまり個室なのに一部屋も広いのだ。まさに特別待遇。
リアナとシオンが案内された後、おれも自分の部屋へと案内された。
「ここがおれの新しい拠点か......」
扉には18号室と書かれた札がある。
おれは扉を開け、中へと入っていった。
「おぉ......」
部屋は広く、日の光がいっぱいに入ってきていた。部屋の奥には机やベッドなどの家具が備え付けられていたほか、専用のシャワー室までついている。自分で新しくいろんな家具を置くスペースもあるな。
第一寮の三階はすべて同じ間取りのようだが、各々で部屋のレイアウトを変えられる余裕があるので、それぞれ違った部屋になっていくんだろうな。
おれは荷物を一度置き、窓を開けた。すると、春のあたたかい風が部屋に入ってくる。ふとどこかで、学生らしき人たちの声が聞こえてきた。学生課からのメールが来た翌日の早朝ということで、おれたちは一番乗りのつもりで寮に来たのだが、既に入寮を終えたほかの学生たちが交流しているのだろうか。
「あとは、やることといったらこれだよな」
おれはそうつぶやくと、備え付けられていたベッドに飛び込んだ。
ふかふかで気持ちがいい。学術院で学んだあとの疲れが十分にとれそうな心地よさだ。
こっからだ、こっから全部、始まるんだ。
おれはベッドの上でしばらくぼーっとした後、宿り木亭から運んできた荷物に手をかけ、荷解きを始めた。
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———教務室。
「——あの少年が入寮したそうです。」
「ビリー君か。それはよかった。」
「それと、あの少女も......」
「——ああ、もう一人の古代属性持ちの彼女じゃな。名前は確か————」
——そうして数日が経ち、ついにおれたちは入学式の朝を迎えたのだった。
明日は投稿お休みします。再開は明後日です。