7話 性の意味
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モチベーションにつながります……。
カフェに到着すると、俺たちはさっそく中に入った。
初日ということもあってか、新入生と思われる生徒の姿はほとんどなく、店内には上級生らしき学生が数人座っていた。
この学校では、制服の名前の刺繍の色で学年を判別できる。
具体的には、一年生は緑、二年生は青、三年生は赤だ。制服そのもののデザインは共通だが、名前の色だけが学年ごとに違っている。
ともあれ、そんな上級生たちの視線を軽くやり過ごしつつ、俺たちは窓際のテーブル席に座ることにした。
カウンター席でも悪くはないが、テーブル席の中に窓から差し込む光がちょうど机を照らしていた席があるのを篠原が見つけ、あそこにしようと言い始めたのだ。
「うわぁ……どれも美味しそう! 僕カフェに来たの初めてだからすごくワクワクするよ」
メニュー表に手を出しその中を覗いては驚いた表情をする篠原さん。
「意外だな、てっきり普段から友人と行ってるとばかり思ってたが」
「うちの学校の近くにはカフェがなかったからね。昔一度だけカフェに寄ろうって話も出てたんだけど…大所帯で行くもんじゃないしやめたんだ」
昔の懐かしい記憶を思い出したのか彼女は懐かしそうに笑った。
そう言えば遊ぶ時クラスメイトみんなで遊ぶことが多いと言っていたからな。そのせいで遊びにくい場所もあったんだろう。
「少人数では行かなかったのか? カフェは元々そう言う場所だろう」
試しに聞いてみる。
「それは何度も言うように、クラスメイトとはみんな仲が良かったから無理なんだよ。僕は昔から置いてかれるのが嫌いでさ。誰かを省いたり誰かを蔑ろにしたらそれも置いていくって判断しちゃうんだ。だから僕はいつもみんなと行動してた。カフェも同じ」
「……」
諭すように篠原は説明してくれた。
つまり、彼女にとって『置いていかれる』ことは嫌で、『置いていく』ことも嫌ということだろうか。
でもそう考えれば彼女の行動も納得がいく。
中学の時彼女はテスト前に勉強会をしたと言っていた。あれも彼女なりに誰かを置いていきたくないから行ったことなんじゃないだろうか。
もちろん主観的な意見でしかないため真意は分からないが。
「別に絶対そうしないといけないわけじゃないけどね。僕のポリシーみたいなものだよ。じゃあ、とりあえず適当に注文するね。すみません、この抹茶パフェとパンケーキ、それからカフェラテとアイスクリームをお願いします」
「……多くないか? そんなに食うのかよ」
「そりゃ、僕だって男の子だもん。成長期は特にお腹が空くんだよ」
「あ、ああ……そうか。見た目と随分ギャップがあるな」
彼女——いや、彼の細い体つきを見て、てっきり少食だと思っていた俺は、意外な事実に少なからず驚く。
「って、待て。今なんて言った?」
「ん? 成長期は特にお腹が空くって?」
「違う、その前だ。お前今……男って言わなかったか?」
あまりの衝撃に、思わず彼の顔を覗き込む。
すると、彼は「ああ」と納得したようにクスッと笑った。
「もしかして伏宮くん、僕のこと女の子だと思ってたの? それは違うよ、僕は男の子。街中でもよく間違われるけど、歴とした男だよ」
「ま、マジか!!???」
衝撃の事実に、思わず机を叩いて立ち上がる。
まさかずっと女子だと思っていた彼が、本当は男だったとは……。
そんな、中性的な顔の人間なんてアニメの中だけの話だと思っていたのに。
「何だあいつ」
「うるせぇなぁ」
「なんかあったのか?」
突然の大声に、店内の空気が一瞬凍りつく。
「伏宮くん、シー」
「あ、わ、悪い。つい興奮して……」
恥ずかしくなった俺は、慌ててソファに座り直す。
やがて周囲も興味を失ったのか、店内はすぐにざわざわとした日常の空気を取り戻した。
「それにしても……お前、本当に男だったのか。どう見ても女の子にしか見えねぇぞ?」
「それ、よく言われるんだよね。たまに両親にも『お前は男に化けた女だ』って言われるし、間違えて女物の服を買われたこともあるし」
「……それを着せられたこともあると?」
「恥ずかしながら……」
「そうか」
彼も彼なりに苦労してきたんだろう。
その顔を見ていると、勘違いして悪かったなと思う。
嫌な記憶を思い出させたかもしれない——少し申し訳ない気持ちになった。
「悪い、変なこと聞いたな。勘違いするつもりじゃなかったんだが……」
「勘違いするつもりって……ふふっ。伏宮くん面白いこと言うなぁ。別に気にしなくていいよ。僕にとっては日常茶飯事だからね」
彼女——じゃない、彼は面白おかしく笑ってみせると、ふと優しい瞳で俺を見つめた。
その日常茶飯事ってやつも……なんだか地味に心にくる。
俺も所詮、その辺の有象無象と変わらない人間の一人だと言われた気がした。
「でも、悪いことは悪いことだ。本当にすまない」
できるだけ真剣な声で謝る。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。でも、ありがとう。謝罪は受け取る」
彼は少し気恥ずかしそうにしながらも、俺の謝罪を受け入れてくれた。
本当に謝るだけでいいのか……と考えつつも、その優しさに救われた気がする。
ちょうどその頃、注文した商品がテーブルに運ばれてきた。
「来たね。じゃあ、早速食べながら勉強しよう」
篠原はテーブルに教科書を広げながら、頼んだメニューを配置していく。
俺の注文はアイスコーヒーとアイスクリームだったので、それを自分の前に置いた。
……が、篠原はかなりの商品を注文していたので、彼のパフェやパンケーキが俺の陣地まで侵略してきている。
「これでさっきのはチャラだね」
そう言いながら、篠原は嬉しそうにパフェを食べ始めた。
俺が失礼なことを言ったことと、篠原のメニューが俺の領域に侵食していること——どう考えても釣り合ってない気がするが……まあ、彼が気にしていないならいいか。
そんな俺の考えなど気にも留めず、篠原はスプーンでパフェをすくい、ひと口、またひと口と頬張る。
「うーん! 美味しいぃ〜! 僕、ずっとカフェでデザートを食べるのが夢だったんだぁ〜!」
心の底から嬉しそうだ。
一々申し訳なさを感じている俺がバカみたいに思えてくる。
変に謝るのも、向こうからすれば面倒だろうし……ここは俺がこの店の代金を奢ることでチャラにしておこう。
そんなことを考えながら、俺もアイスをひと口食べた。
「美味しい」
俺が世界で一番好きなバニラアイス。特に北海道産の濃厚なやつが好みで、普段はそれ以外だと満足できないのだが……。
ここのアイスは、まあ90点ってところだ。
なぜか今日はいつもより美味しく感じる。
気のせいだろうか。
……いや、たぶん——友人と一緒に食べているからかもしれない。