6話 ポイント制度の意味
ともあれ、それから俺は篠原さんと他愛のない話をした。自分の家族の話、休日の話、そんなプライベートな話だ。
俺も普段からそういう話はしているものの、こうやって初対面の人にプライベートな会話をしたのは初めてだった。
彼女は聞き上手に話し上手で、ふとした瞬間に自分の本懐を話したくなってしまう。多分それは分析するまでもなく彼女の反応が純粋で素直だからだ。
そうして色々と話していくうちに話は自然と、この学校のことに変わっていく。
「そう言えば僕ポイント制度についてまだ全然知らないんだよね。一応学校のススメはカバンに入れて持ってきたんだけど……。今のうちに確認しとく?」
「…そうだな。やるなら早い方がいい」
篠原とそんな会話をして俺はポイント制度について詳しい情報を調べることに。
机には『学校のススメ』というA4ほどの大きさの教科書が置いてあったのでそれをとって定位置に戻った。
「すごいページ数だよね。これ今日中に全部読み切れるかな」
『学校のススメ』に目を通した篠原は天を仰ぎながら唸る。
それを聞いて最後のページを見てみると380ページあった。
たしかに、とてもじゃないが1日で読み切れる量ではない。一応俺に『速読』スキルがあるとは言え、それを考慮しても全部読むとなればギリギリ明日までに間に合うかどうかだろう。
とは言え----
「大事な部分だけ見ればそこまで大した量じゃないし、ポイント制度については丸暗記する必要はないんじゃないか? 例えば学年暦の部分はスマホで写真を撮っておけばいいし、共通クエストも同じだ。特別クエストだって最初の1週間は決まってるって話だしスクショを撮っておけば問題ない。覚えるべきなのは学校の基本的なルールとかどんなイベントがあるのかくらいだよ」
「それもそっか。なら大丈夫だね。早速読み進めよう」
篠原のその言葉を皮切りに俺たちは学校のススメを読み始めた。俺は『速読』スキルを使い大事そうな場所から読んでいく。
その過程で分かったことがあるので脳内で整理しておくことにした。
まずは、ポイント制度についてだ。
ポイント制度は、衣食住を円滑にすると同時に、生徒間の競争心を刺激する目的で導入された、学校独自のシステムだ。
ポイントの使用用途は、大きく以下の五つに分類される。
1.食事
2.住居
3.日用品
4.娯楽
5.その他
1. 食事
この学校には、食堂やレストラン、コンビニなど、食事ができる場所が多数存在する。
敷地全体が一つの街のようになっており、そこでの食事はすべてポイントによる支払いが必要だ。
仕組みとしては電子マネーと同じで、レジでスマホをかざせば決済が完了する。
2. 住居
次に住所について。住む場所にも当然、家賃が発生する。
例えば、このマンションの家賃は1ヶ月あたり2万ポイントだ。
したがって、俺たちはこれから毎月2万ポイントを支払っていくことになる。
現在、生徒一人当たりの初期所持ポイントは10万ポイント。単純計算で5ヶ月分の家賃をまかなえることになる。
ただし、新入生に関しては最初の半年分は学校が負担してくれるため、実際に支払いが発生するのは半年後からだ。
そのため、今すぐ資金を確保する必要はないらしい。
3. 日用品
日用品は食事と同じで、ポイントを使って購入する。
校内にはスーパーや家電量販店、雑貨屋など、生活に必要な店舗が一通り揃っている。
食事のみならず買い物をする際はポイントを利用して購入する形だ。これは特に特質すべきことでもないのでこれ以上の情報は必要ないだろう。
4. 娯楽
ポイントは娯楽施設の利用にも必要だ。
この学校の敷地内にはカラオケ、ボウリング場、劇場などが完備されており、基本的な娯楽には困らない。
当然、それらを利用する際もポイントが必要になる。
これは葛飾先生も言っていたことなので特に驚くことはないだろう。
5. その他
その他の使い道についてはそこまで詳細な記載がなかったが、いくつか気になる点があった。
その一つが、ポイントの譲渡が可能だということだ。
例えば、俺が篠原に1万ポイントを渡したい場合、手続きを踏めば問題なく譲渡できるらしい。
もちろん、不正利用を防ぐためにパスワードと学籍番号の入力が必須で、勝手に誰かのポイントを移動させることはできないが、とはいえ、合意さえあれば簡単に譲渡が可能ということだ。何かと悪用されそうな気がするが……まあいい。深く考えても仕方ないことだな。
さらにもう一つ気になったのは、学生証の共有も可能だという点だ。
これは要するに、合鍵を作るようなものらしい。
例えば、俺が篠原と学生証を共有化すれば、俺が篠原の家賃を支払ったり、俺のポイントで篠原が買い物をしたり、篠原の部屋に俺が入ることも可能になるようだ。言わば画面を切り替えるだけで財布を共有し、それにより家も共有できるという優れものだ。
おそらく、こうしたシステムはルームシェアを前提に設計されたものではないだろうか。生徒の中には篠原のような寂しがり屋もいるだろうし、シェアハウスをしたいという生徒もいるはずだ。そういう生徒にとってこの制度はかなり使い勝手の良いものだと言えるだろう。
だが、特別そういう特性のない俺からすると、どう考えても犯罪の温床になりそうな仕組みだとしか思えない。
当然、俺は誰とも学生証を共有するつもりはないな。もちろん、篠原ともだ。
余計なトラブルを抱えるのは御免だからな。
ともあれ、以上がポイントの使用例である。
次はポイントの支給方法についてだ。
《ポイントの支給方法》
ポイントは毎月の初めから集計が始まり、月末の最終日に合計されて自動チャージされる仕組みらしい。
つまり、どれだけポイントが欲しくても、月末にならないと追加されないということだ。生徒の中には計画的に使わない生徒もいそうだし、後半にポイント不足に陥る可能性がある。使用する際は注意が必要だろう。
クエストの達成判定について
次に、どうやってクエスト達成を確認しているのかについてだが、これはクエストの内容によって異なるようだ。
例えば、「勉強をする」クエストと「ランニングをする」クエストがあったとする。
勉強クエストの場合
勉強する場合は2パターン存在する。
まず一つが自室で勉強する場合だ。この場合は、自分で動画を撮影し、学校のSNSに送信する必要がある。
場所はスマホの「クエスト」項目から公式メッセージ欄にアクセスし、そこに動画を送る形だ。
学校で勉強する場合は校内の監視カメラが自動で記録するため、動画を送る必要はない。
カメラの映像を基に学校側が達成を判断し、ポイントを付与するシステムになっている。
ランニングクエストの場合
ランニングは屋外で行うため、学校の監視カメラに映ることで達成が判定される。つまり、自室で走ってもクエスト達成にはならないし、映らなければポイントももらえないという形だ。
詰まるところ、クエストは外でやるか家でやるかによって達成しても学校側が判断できるかどうかわからないのでその都度気をつけるべき、ということだな。
期間限定ボーナス
また、追加情報として期間限定のポイントボーナスが発生することもあるとのことだ。これは別に難しいことじゃない。
例えば、特定の期間中に指定された場所で勉強するとポイントが通常より多くもらえたり、決まったコースでランニングするとポイントが倍になるといったキャンペーンが実施されることがあるというもの。
俺も時間がある時は篠原を誘って、こうしたボーナスを活用しながら効率的にポイントを稼ぐのもアリかもしれないな、とは思うものの現在はこれと言ったキャンペーンはしていないようなので試しようがなかった。
なお、最新のクエスト情報やキャンペーンの詳細は、スマホの公式メッセージ(通知)
学校の掲示板(リアルの掲示板やオンライン掲示板)などで確認できるらしい。
ポイントを貯めたい人や、残高が危うい人は、こまめにチェックしておくべきだろう。
以上がポイント制度についてだ。
「こんなところか」
俺は最後にクエストの種類と報酬の書かれたページを写真に撮ると、学校のススメを閉じた。
小難しい情報は多々あったが一応全て読み終えたな。まあ、まだわからないことはあるかもしれないが、とりあえずはこんなもんでいい。
確認は終了だ。
問題は篠原だな。
「うぐっぎぎぎっぬぬぬっ…!」
さっきから呻き声を出しながら歯軋りしている音が聞こえている。
体調が悪いのか、いやおそらく理由は手に持った学校のススメのせいだろう。
篠原は教科書と睨めっこしながら唸っている。
「おい…大丈夫か篠原さん。あんまり無理はするなよ」
「ちょっと待って伏宮くん。今集中してるから。ノイズがあると頭破裂しそうなんだよ」
「ごめん」
苦しそうなマジ顔の篠原に俺は思わず黙り込む。
もう大体の内容を頭に入れた俺は特に焦る気持ちもないが、彼女の表情はまだ真剣なままだ。
「伏宮くんはもう覚えたの?」
ふと、教科書越しに篠原が聞いてきた。
「まあ大体は」
学校のススメを見始めて30分ほど。俺はあらかたの理解は終えている。
「そっか。頭いいんだね。僕は元々頭良くないから時間がかかるんだ。ごめんね、時間かけちゃって」
「気にしなくていい。俺も全部覚えてるってわけじゃない。……というか、結構適当に読んだだけだからな。篠原さんこそ、そんなに眉間に皺を寄せてたら覚えられることも覚えられないだろ。もっと気長に読んだ方がいいんじゃないか?」
「そうはいうけどさ。僕…この置いてかれる感がすごく嫌なんだよね。時間があればやれるのに気を抜いて人と差がつくなんて勿体無いじゃん」
「それはそうかもしれないけど」
誰かに置いていかれたくないという気持ちは、俺にもよくわかる。
周りができているのに自分はまだできていないとか、当たり前のことがこなせないとか——。そういう「置いていかれた」感覚は、時に自己嫌悪へとつながる要素になり得る。
たとえそれが、たかが宿題ひとつのことだったとしても、自分にとっては大きな後悔になりかねない。
そんな彼女の真剣な表情を横目に、俺はふと窓の外へ視線を向けた。
息抜きのつもりだったが、まだ見慣れない景色のせいか、思ったほど気は休まらない。
「あ」
しかし、外を見ていると、思いがけず役に立つこともあるようで——俺はあることに気がついた。
「そうだ、篠原さん。ちょっと息抜きに外に行かないか? 今日はいい天気だし、気分転換になるはずだ」
「……伏宮くん、聞いてた? 僕、今勉強してるんだけど」
「勉強なら移動先ですればいい。ここからちょっと歩いたところにカフェがあるんだ。そこなら、何時間でもいて大丈夫なはずだよ」
「!」
俺の提案に、篠原さんの目がぱっと見開かれた。
表情が少し柔らかくなったことを考えると、誘って正解だったようだ。
「それ、名案! このままじゃ息が詰まって死にそうだったんだ! お腹も空いてきたし、カフェならいろいろ食べられる! 帰りに買い物にも行けるしね! そうと決まったら、準備しなきゃ!」
彼女は早口でそう言うと、嬉しそうに『学習のススメ』を鞄に詰め込み、さっさと出発の準備を始める。
俺もモタモタしていると、気の滅入った篠原さんに文句を言われそうだなと思い、急いで準備に取り掛かった。
「じゃあ、行こう!」
準備を終えた篠原さんの弾んだ声に従い、俺たちは例のカフェへと足を進めた。